表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大切なものを失った伯爵が奴隷のダークエルフ少女を買ったら、いつの間にか最強の領地になっていた……  作者: 積と和〝
第1章 出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/27

サラの小さな反抗心

翌朝、屋敷の大きな窓から柔らかい光が差し込む。

白いレースのカーテンがゆるやかに揺れ、その隙間からこぼれる朝の光は、まるで部屋の空気を優しく包み込むようだった。

庭の方からは小鳥のさえずりが微かに聞こえ、静かな屋敷に穏やかな命の気配を添えている。


サラは昨日の掃除の続きをするため、部屋の中でそっと手を動かしていた。

雑巾を絞る手つきは丁寧で、指先にまで気を配っているのがわかる。

だが、その動きはどこかぎこちなく、時折視線が宙を彷徨う。


だが、どこかそわそわして落ち着かない。

胸の奥が妙にざわついて、理由のはっきりしない緊張が続いている。

昨日の失敗が頭をよぎるたび、心が少しだけ縮こまるようだった。


「伯爵様、今日は……少しだけ、意地を張ってもいいでしょうか」


サラの小さな声は、静かな室内に溶けるように響いた。

アルフレッドは書類から顔を上げ、ほんの少しだけ首をかしげる。


「意地を張る……?」


その声音には疑問と同時に、どこか面白がるような柔らかさがあった。


サラは小さく頷く。

その仕草には、ためらいと決意が入り混じっている。


「昨日は失敗してしまいました。

今日は、自分でやりたいことを、自分で決めて……うまくいくか試したいんです」


言葉にすることで、胸の奥にあった思いが形になる。

少し怖い。けれど、それ以上に“やってみたい”という気持ちが、サラの中で確かに芽生えていた。


アルフレッドは一瞬だけ彼女を見つめ、それから穏やかに微笑んだ。

その微笑みは、否定も干渉もせず、ただ背中を押すような温かさを持っている。


「わかった、君のやり方でやってみるがいい」


その一言で、サラの胸の緊張がふっとほどけた。



サラはふわりと肩の力を抜き、自分なりの手順で掃除を始める。

昨日とは違う順番で棚に手を伸ばし、埃を払う。

光の当たり具合を見ながら、細かな汚れを見逃さないように目を凝らす。


埃を払う順番、机の上の書類の並べ方も、昨日とは少し違う方法だ。

「こうした方がやりやすいかもしれない」

そんな小さな工夫を一つひとつ試していく。

そのたびに、少しだけ胸が弾む。


自分で考えて動いている――その実感が、何より新鮮だった。


しかし、思わぬ失敗が起こる。

ふとした拍子に、肘が机の端に触れた。


軽い音を立てて、書類の一部が床に滑り落ちる。


サラの顔は一気に赤くなる。

「あっ……!」


心臓がどくんと強く跳ねた。

せっかく自分で決めてやっていたのに、という悔しさが胸を締め付ける。


アルフレッドは静かに立ち上がり、優しく近づく。

慌てる様子はなく、落ちた書類を一枚ずつ丁寧に拾い上げた。


「落ち着け、君が真剣にやっていることは、誰にも非難させない」


その声は低く、しかし確かな温もりを帯びていた。

責める響きは一切なく、ただサラの努力そのものを認めている。


サラはその言葉に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

けれど同時に、恥ずかしさも込み上げてくる。


「す、すみません……」


思わず俯いてしまう。

けれど、その視線の先にある床さえ、どこか柔らかく見える気がした。



そこへ、サンが稽古から戻ってくる。

扉が軽やかに開き、外の空気がふっと流れ込む。


サンは少し汗をかき、肩で息をしていたが、姉のサラに気づくとぱっと表情を明るくした。


「姉さん、今日は自分で考えて掃除してたんだっ!」


その声は誇らしげで、まるで自分のことのように嬉しそうだ。


「うん……でも、少し失敗しちゃった」


サラは小さく笑いながら答える。

その笑みには、悔しさと、それでもどこか前向きな気持ちが混ざっていた。


サンは少しだけ首を振り、優しく微笑む。


「でも、ちゃんとやろうとしているのはすごいと思うよ」


まっすぐな言葉だった。

飾り気も遠慮もない、その一言がサラの胸にまっすぐ届く。


サラは一瞬だけ目を見開き、それからゆっくりと息を吐いた。

胸の中の不安が、少しだけ軽くなる。


「……ありがとう」


その声は、とても小さかったが、確かに温かかった。



午後、アルフレッドは書斎で仕事をしていた。

重厚な机の上には書類が整然と並び、窓から差し込む光がインクの黒を静かに照らしている。


サラは差し入れの茶を運ぶため、そっと部屋に入る。

湯気の立つ茶器を両手で支えながら、一歩一歩慎重に歩く。


だが、茶を運ぶ途中で足が引っかかり、手元がぶれる。

床のわずかな段差に気づくのが遅れた。


「わっ……!」


視界が揺れ、茶器が傾く。


その瞬間、アルフレッドは咄嗟に手を伸ばした。

素早く、しかし乱暴さはなく、しっかりと茶器を受け止める。


わずかな静寂。


サラの顔は赤く染まり、思わず目を逸らす。

心臓の音が自分でもはっきりと聞こえるほど早くなっていた。


「ありがとう、気にしなくていい」


アルフレッドは穏やかに言う。

まるで今の出来事など些細なことだと言うように。


「は、はい……!」


サラは慌てて頷くが、胸の鼓動はなかなか収まらない。


そのとき、ふと感じた。

ただ優しいだけではない、守られているような安心感。


サラは胸の奥で小さくつぶやいた。


「……私は、もっとこの家の役に立ちたい」


それは義務感だけではなかった。

もっと認められたい、もっと近くで支えたい――そんな想いが、静かに芽生えている。



その夜、部屋に戻ったサラは小さな鏡を覗き込む。

ランプの柔らかな灯りが、彼女の頬を淡く照らしていた。


自分の頬の赤さを確かめる。

まだほんのりと熱が残っているようで、指先で触れると少しだけくすぐったい。


小さな意地と挑戦。

それに対する伯爵の優しさ。

そして、サンのまっすぐな言葉。


今日一日を思い返すたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……尊敬、だけじゃない……のかな」


ぽつりとこぼれた独り言は、誰にも届かない。

けれどその言葉は、サラ自身の心に静かに響いた。


今日という日は、彼女にとって特別な一日だった。

初めて自分の意思で動いた充実感。

そして、アルフレッドへの想いが、ほんの少しだけ形を変え始めた日。


サラは鏡から目を離し、そっと灯りを落とす。

暗闇の中で、胸の奥の温もりだけが、やけに鮮明に残っていた。

今日はあと2話投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ