静かな朝
数日後。
王都には再び、穏やかな日常の空気が戻っていた。
空には淡い朝霧が漂い、石畳の街路には人々の笑い声と馬車の蹄音が混ざる。
あの混乱の影はもうなく、王都を覆っていた不安や恐怖は、少しずつ風に流されていた。
ローゼン侯爵の陰謀は、王家によって正式に裁かれた。
侯爵の罪状はあまりにも重く、誰もが戦慄する内容だった。
伯爵夫人の冷酷な殺害、令嬢の無慈悲な誘拐、禁術の研究、街の破壊――そして決定的だったのは、王家の乗っ取りを狙ったその野望が、証拠とともに明るみに出たことだ。
通常ならば侯爵といえども毒杯でひっそりと処罰されるところ、今回はその規模の重大さゆえに、公の場での公開処刑が決定している。
王国中の目が、侯爵の末路に注がれることとなった。
公爵位は没収され、侯爵自身は王家の管理下に置かれ、自由を失ったままその日を待つこととなる。
反対にサラとサンは奴隷から解放となり、自由の身となった。
通常であれば奴隷市場での購入金と同額を主人と王都の役所の両方に払わなければならない。
これは奴隷にとって事実上不可能な大きな金額となる。
さらに面倒な役所での手続きもあり、過去に自力で解放された奴隷は皆無だ。
その点、今回は伯爵からの解放申請で金銭的な問題もなく、ローゼン侯爵事件での活躍もあり、役所での手続きが即日決裁という異例の対応となった。
ダークエルフたちもまた、長く縛られていた鎖から解放された。
森深く眠る彼らの故郷に戻るか、王都で新しい生活を始めるかは本人たちの自由に委ねられている。
彼らの瞳に映る世界は以前と比べて、少しだけ光を取り戻したように見えた。
王都の人々、そして王国全体は今、ノード伯爵家の噂で持ちきりだった。
アルフレッド伯爵がローゼン侯爵の陰謀を暴き、娘クリスティーナを救い出したことの称賛はもちろんだが、それ以上に事件の陰で戦い、成功に導いたダークエルフの姉弟への関心が密かに、しかし確実に高まっていた。
ダークエルフとして、また奴隷として蔑まれ続けた彼らが、こうして人々の称賛の対象となるのは稀有なことだった。
まだまだ偏見や忌避の目は消えないものの、王都の貴族たちの間では、かすかな恐れと畏敬の念が入り混じった視線が向けられている。
アルフレッドは、その噂話に耳を傾けながらも、心中では別の思いを巡らせていた。
「少しは、王国民の――特に貴族たちの意識が変わってくれれば良いのだが……」
過去の偏見と差別の根深さを思えば、簡単にはいかない。
しかし彼には信じたいものがあった。少しずつでも、人々の心に変化の種が芽吹くことを。
⸻
ノード伯爵家の屋敷。
広大な庭では、春の陽光が柔らかく芝生を照らし、花壇の花々は穏やかに揺れていた。
その中で、サンの声が高く響く。
「姉さんー!」
サラはふと振り返り、弟の笑顔を見た。
「どうしたの?」
サンは息を弾ませ、目を輝かせながら答える。
「クリスが魔法暴発させた!」
遠くで、ぱん、と大きな爆発音が庭にこだました。砂埃が舞い上がり、花びらが舞う中で、クリスティーナは慌てて駆け寄ってくる。
「ご、ごめんなさい!」
サラは慌てるクリスティーナを優しく見つめ、笑顔を向ける。
「大丈夫。怖がらなくていいのよ」
アルフレッドは、少し離れた木陰からその様子を静かに見守っていた。
家族が、ここに揃った――。
かつて失ったと思った娘、クリスティーナ。
そして、長い間彼の心を支えてくれたダークエルフの姉妹、サラとサン。
微風がアルフレッドの頬を撫で、太陽の光が彼の胸を温める。
自然と笑顔がこぼれる。
これまでの苦労や戦いの記憶が、静かに報われる瞬間だ。
胸の奥で、長く閉ざされていた安堵が広がる。
久しぶりに、心が満たされる幸福感――アルフレッドはそれを、全身で感じていた。
空の青さ、風の匂い、そして家族の声。
すべてが、彼にとっての宝物になった。




