魔物化した人間
オルランドは何か所かで魔素濃度を測る魔道具を覗き込んでいた。
「結果はどう?オルランド」
「濃度は低いな。村の方が高い。とはいえ、通常値よりは数倍の高さだがな」
「じゃあ、やっぱり・・・」
「ああ。残念だが、俺達の予想は当たっているようだ。近いうちに村にドラゴンが現れるだろう」
魔物化した人間。
私は、それを知っている。
私は、それに殺された人を知っている。
私は・・・それが人を殺す瞬間を見たことがある。
私は慌てて首を振る。
こんなところで、トラウマでパニックになるわけにはいかない。
うん、そうだよ。
私は、両親が死んだ光景が目に焼き付いて忘れられない。
その恐怖が忘れられない。
思い出しただけで、パニックになってしまう。
「サーラ、大丈夫か?」
オルランドが私の顔を覗き込んでいた。
「う、うん。大丈夫」
オルランドが私の頬に触れた。
「顔色が悪いな。どうした?魔力を使い過ぎたか?」
「ううん、ちょっと嫌なことを思い出しただけ」
「そうか。まあ、ちょうどいい。休憩にするか」
岩の上に腰を掛け、オルランドは自分のマジックバックから干し肉とパンを二つ取り出す。
その一つを私にくれた。
「食っておけ。お前は大事な戦力だ。さすがに俺も、ここで単独戦闘はしたくない」
「うん」
パンに齧りつく。
固いパン。前世の記憶の中ではフランスパンに近い。味は・・・だいぶ素っ気ないけどね。干し肉は昨日のバッファロー肉の残り。
そう、こういうのが普通の食事だよ。
しばらく街の生活で、オステリアばっかりだったから忘れていたけど・・・。
日帰りのゴブリン狩りとか行っても、マジックバックに店で買ったサンドイッチとか入れてたし・・・。
けど、お腹に何か入れたら、少し落ち着いた。
食事は偉大だ。
「オルランド・・・さん」
「ん?なんだ?」
地図を眺めていたオルランドが顔を上げる。
「私の・・・以前に住んでいた村は、魔物化した人間に滅ぼされたんです」
険しい顔になるオルランド。
私は、目を伏せて続ける。
「私の両親も・・・その時に死にました。魔物化した人間は・・・魔法を使えます。強力な攻撃魔法です・・・」
声が震えてしまった。
続きを話したい。
話したいけれど、体が・・・体が震えて・・・こ、声が出ない。
「いいんだ、サーラ」
オルランドが私の肩に手を置いた。
「いいんだよ、サーラ。そうだ。魔物化した人間は、魔法が使える。最上級魔法に匹敵する威力の魔法だ。力も強い。体も頑強になる。体長はあまり変わらないがな。だが、それがむしろやっかいだ。見た目で判断が付かないからな」
ため息が聞こえた。
オルランドのため息だった。
「俺も、一度、見たことがある」
私は、はっとしてオルランドの顔を見た。
「やつは、仲間を八つ裂きにしたよ。田舎の寄り合い馬車のステーションでのことだ。やつはふらふらとステーションに入ってきて、そしてそこにいた人達を突然、無差別に襲い始めたんだ。なんの目的も理由も無く、だ」
帽子を被っていない私の頭をオルランドが優しく撫でる。
「サーラは悪くない。お前なら、あの化け物を止められる。だからこそ、お前は両親を失わずに済んだのではないかと後悔するのだろう?だが、それは無理な話だ。予測など付かない。俺の目の前で、見知らぬ男女3人が死に、仲間が剣を抜いた。仲間はやつに風魔法で切り裂かれた。アデルモがアイススラッシュで足止めをし、俺は剣を振り抜いた」
そこまで言ってオルランドは再びため息をついた。
「剣は・・・役に立たない。腕を切り落としても、やつは平然としていた。痛みなど感じていないかのように。何度も切りつけ、アデルモが氷魔法でとどめを刺した。戦いが終わった時、辺りは地獄のような景色に変わっていた。ステーションの建物は崩れ落ち、多くに人が巻き込まれて死んだ。トルネードか何かが通り過ぎたみたいな景色だった。ロレーナとアデルモは治癒魔法で助けていたけれど、俺にはそんな魔法は使えないからな。呆然と立ち尽くす以外に何も出来なかったさ」
自嘲気味にオルランドは笑った。
「なあ、サーラ。過去は、過去だ。経験があるなら、次はもっとうまくやればいい。俺達は生き残った。今回は予想も出来る。先手を打てば、被害は最低限に抑えられるはずだ。そうだろう?俺達は、やつを知っているんだからな」




