トレント
翌朝、目が覚めるとテントから這い出た。
ロレーナは既に起きていて、火をおこしていた。
「おはよう、サーラちゃん。コーヒーを淹れるわね」
私は髪を手で梳きながらロレーナの側へ。
「隣においで、サーラちゃん」
ロレーナは優しく呼ぶ。私はロレーナにくっついて座った。
「甘えんぼになったわね、サーラちゃん」
「う・・・」
「いいのよ。あなたも辛い思いをしてきたのよね?私達、みんなそう。だから、寄り添って生きていくのよ」
「ありがとう、ロレーナ・・・」
私は、たぶん、メンタルが弱い。
前世は頑張って、頑張って生きてきたけど、事あるごとにちょっとしたことで落ち込み、何度も何度も後悔し、追い詰められれば、すぐに取り乱し、他人には強く物を言えない性格だった。
サーラになってからは、最近まで幸せな田舎暮らしをしてきたこともあり、自分のメンタルの弱さを自覚することも無かったけれど・・・。
こうなってみて思う。
私はメンタルが弱い。
昨夜のことを思い返す。
でも、思考が止まる。
オルランドの「プーラ村を襲うドラゴンは、人間が変化した魔物だ」という一言で、思考が停止する。
そんなんではいけないのはわかっている。
わかっているのだけど、その最悪な結論に辿り着くのが嫌で、私は思考を止めてしまう。
「コーヒー、いる?」
ロレーナがコップを差し出してきた。
「うん、ありがとう」
私はロレーナからコーヒーを受け取る。湯気の立つコーヒー。夏とはいえ、朝はひんやりとしていた。ふうふうとして、コーヒーをすすった。
「あち」
ちょっと熱かった。
ふと視線を感じて目をあげると、アデルモがこっちをじっと見つめていた。
反射的にぴくっと耳が動いてしまった。
アデルモがにやりと笑った。
「お、コーヒーか。俺にもくれ」
いつの間にかオルランドが来ていた。
ジャンも一緒だ。
「俺も」
ロレーナが二人にもコーヒーを渡す。
「今日の仕事は、主に村人への説明と根回しだ。まあ、このあたりはアデルモとロレーナの仕事だな。サーラは俺の仕事を手伝ってくれ」
オルランドがコーヒーを片手に仕事を割り振っていく。
「ジャンはサンテレナの冒険者ギルドに連絡を。応援の要請だ」
コーヒーを飲み終わるとアデルモがロレーナに声を掛ける。
ロレーナは、私の頭をひと撫ですると「無理しないでね」と微笑んだ。
二人は村長に会いに出かけて行った。
ジャンは片道15キロの行程に備え準備をする。装備の点検や食料、水。今夜はサンテレナに泊まり、明日、応援に来てくれる冒険者とともに戻って来る予定だ。
オルランドと私は・・・。
「じゃ、サーラ、行くか」
村から離れた場所の魔素濃度を確認するよ。
村の周辺では、確かに村の中が一番魔素濃度が高かった。けれど、それだけで村の中からドラゴンが出現するとは言い切れない。
ひょっとしたら、ここよりも高い場所があるかもしれない。
村の中の魔素濃度が異常値であるとしても、いつもは村の北の森でドラゴンが発生していたのだ。今回は、そうじゃない、とは言い切れない。
確認は大事だよ。
私とオルランドは、プーラ村を後にして、森の中へ入った。
そこは、この20年ほどで立ち入る者もほとんどいなくなった、魔物の棲む森である。
前衛にオルランド、私はその後をついて行く。
オルランドの指示で魔法攻撃で支援をすることになっている。
森の中、襲ってきた魔物を数体倒している。
最初の魔物はブラックボア。イノシシの魔物。オルランドが剣で倒した。
突進してくるだけの魔物。普通のイノシシが魔素の影響で狂暴化したものだよ。
この森は、ほとんどすべての生物がなんらかの魔素の影響を受けている。
聞いた話では、この数年で急激に悪化しているらしい。それは草食動物よりも肉食動物、小型の動物よりも大型の動物の方が影響が大きい。
けれど問題なのは、動物の魔物化だけじゃない。
程度の差はあっても、現在の所、魔物化した動物の戦闘力は、元の動物の能力プラスアルファくらい。
ちゃんと対処すれば倒せる。
問題は、元々魔物だったもの。
それと、植物の魔物化だ。
元々魔物だったものは、体内の魔石に魔素を蓄え、体は一回り大きく、知能も発達する。
その中でも、魔素を貯め込んだ個体が「ドラゴン」と呼ばれるようになるわけだけど、ドラゴンの出現パターンには何種類かあるらしく、完全には解明されていないらしい。
オルランドとアデルモは、その出現パターンを調べ、原因を突き止めようとしている。
それと、今、問題は、植物の魔物化だよ。
そう、トレントだね。
周囲の木と見分けがつかない・・・こともないんだけど、パッと見はわからない。
当たり前だけど、森の中にはたくさんの木があって、その全てを注意深く見ながらなんて進めないので、どうしても発見が遅れるのだ。
そうやって襲われたトレントを数本、燃やしたのは私。
インフェルノで焼き尽くそうか?とオルランドに提案したら、そんな魔力の無駄遣いをする必要は無い、と怒られてしまった。
「フレイムでいい、フレイムで」
単体攻撃火魔法、フレイム、は、狙った場所に火を点ける魔法だ。
人によって威力に差はあるみたいだけど、私の場合、おおよそ50センチくらいの球状で火を点けられる。
ファイヤースターターだね。
前世の記憶で言うと。
トレントには、それが一番効果が高い。
トレントの枝を剣で切り落としても、枝は何本もある。
トレントは移動は出来ない魔物だけど、生木なので、普通に火を点けるのは難しい。
水分があるからね。
でも魔法の火は、燃料が無くても燃え続けるし、熱せられれば生木でも火は点く。大量の煙を出しながら。
そうやって森の奥深くまでやってきた。




