悪役令嬢は驚愕する
ストレートに「井戸でゲロっていた」と暴露する声に、ギョッとする。
私はこのデリケートな問題を、オブラートに包んで伝えるつもりだった。さすがにリバースでは通じないと思うから「強いお酒を何杯も飲み、気分が悪くなり、井戸でお戻しになられていたのです。それを助けようとしただけなのですが」とでも言おうと思っていたのに!
しかも、これ、言ったのは……。
「アドルファス第二王子殿下……!」
カーチスが慌ててミーガンから離れ、姿勢を整える。急にカーチスが離れたので、ミーガンはよろっとして、チュールのスカートがぶわっとめくれた。ばっちり膝が見えてしまい、カーチスや私の両親、特に女性陣から「まあ」「なんてことかしら!」と悲鳴が起きる。
悲鳴をあげたくなる気持ちは、よく分かる。この乙女ゲームの世界では、脚とは秘しておくべき部位なのだ。
あ~、も~、ヒロインなのに! しっかりしてよ。今、ヒロインを動かしているプレイヤー、酩酊状態なのでは!? こんなぐだぐだヒロイン、見たことないのですがー!
「殿下はミーガンが、ゲ……気分が悪かったとおっしゃるのですか……?」
「そうだ。この女、酒を飲み慣れていないのだろう? おそらくは甘いカクテルを、ジュースのように何杯も立て続けに飲み、気分が悪くなった。庭園をふらふら歩きながら、少しずつ吐き散らしていたぞ、あちこちに」
「ま、まさか、ミーガン……」
いや、これはカーチスではなくても衝撃ですよ。ヒロインが をまき散らしながら歩いていたなんて!
カーチスが青ざめた顔で、ミーガンを見た。一方のミーガンは、アドルファスとカーチスが会話している時、ドレスのポケットから携帯用の小さな香水を取り出すと、顔のあたりにぶわっと吹きかけていた。つまりはアルコールの匂いを、消そうとしていたわけです。
顔を横に向け、バレないようにやったつもりだろうけど……。私が分かるぐらいだから、カーチス以外はみんな、気づいているのでは?
でもヒロインは懸命に弁明する。
「ま、まさか、カーチス様! そんなはしたないこと、するわけありませんわ」
「嘘つけ。わたしは見ていたぞ。別荘の二階に特別室として、わたし専用の控室が用意されていた。バルコニーに出ると、庭園を見下ろすことができ、海も一望できる。そこで見ていたんだよ。お前が庭園を、吐き散らしながらウロウロして、井戸に向かう姿を。そこであろうことか、飲み水に使われているかもしれない井戸に向けて……」
アドルファスがジェスチャーで、リバースの動作をして見せると、カーチスは眉をひそめ、そしてミーガンは……。
今の動作を見て、気分の悪さを思い出したのだろう。
咄嗟にカーチスに見られまいとした結果、アドルファスに向け、盛大なリバースをした。
え、私が悪役令嬢なんだけど。しかも断罪されている最中だけど。
でもこの状況では、ヒロインの方が詰んでない!?
だって。
間一髪でミーガンのリバースを避けたアドルファスだったが、微妙に頬が引きつっている。これ、不敬罪案件では!?
「で、殿下、申し訳ありません!」
カーチス達の後方で、私の父親と、とっくみあいの喧嘩をしていたカーチスの両親が、その場で土下座のような動作をした。この様子から、推察する。既にカーチス親子の間では、話がまとまっていたのだろう。私と婚約破棄した後、ミーガンを婚約者にすると。
未来の息子の嫁が、王族に対し、とんでもないことをしたのだ。この世界に、土下座文化なんてない。でも貴族の本能で、ひれ伏すような謝罪を、ついしてしまったのだと思う。
その一方で、アドルファスを護衛する近衛騎士が駆け寄るが、それを彼は制する。さらに私の両親も驚いて、こちらへと近づいてきた。
それだけではない。騒ぎを聞きつけたらしい誕生日パーティーの招待客も、雑木林を抜け、ぞろぞろとこちらへ集まってきている。
まさにサスペンスドラマの断崖絶壁に、次から次へと人がやってくる状態だ。
続々と招待客が集まる様子を見たアドルファスは「仕方ないな」という顔になると、口を開いた。