アンテ・フェストゥム〈前編・祭りのまえ〉こんなにもリアル
パン 【pan】
ギリシア・ローマ神話に伝わる伝令の神ヘルメスの息子。山羊の角と脚を持つ牧羊神。北欧神話における「ロキ」に並ぶトリックスターである。
陽気で精力的かつ短気な面もあり、何よりも昼寝の邪魔をされることに腹を立てた。その際にはほら貝を大音響で吹き鳴らし、聞くものの心を惑わし恐慌に陥れたという。そのため、現在の「パニック【panic】」という言葉の語源となっている。
山羊という「精力」を象徴する外貌を持つためか、キリスト教における「サキュバス」、または「サタン」の外見上のモチーフとなったという説もある。しかし反面、後世においては、J・Мバリー著「ピーターパン」のモデルともなっている。パン自身もピーターと同様に、いたずら好きな、無邪気な子供の姿をもって描写されることが多い。
誰かがいっていた
好適環境を求める生物は繁栄し、最適環境を求める生物は滅亡すると
だとして、僕はどっちなんだろう
生き残るのか
殺されてしまうのか
何もわからないわけじゃない
きっとそれが問題なんだ
そのときちょうど終業のチャイムが鳴ったので、浅田亮は机の上に突っ伏していた面を上げた。頬にボタンの跡の残るのが、触れずともわかった。
見渡すと、帰り支度を終えたクラスメイトたちがわれ先と席を立ち始めていた。何も見ていないような顔で、重い鞄だけを背負い、そうして塾にでも向かうのだろう。幾人かは着替えを始めている。だるそうにブレザーのホックを外すその手が、「仕方がない」と、亮にはそういっているように見えた。
教卓の主はとうにいない。席を立った亮は、バックパックを肩に引っ掛けながら教室を出た。自分は塾になど行かないが、急いで帰るこの姿は、傍から見れば彼らと同じように見えているのだろうか。そう思うとため息が出た。
「大人になるとは、妥協を覚えることだ」
その解答を得たあるころから、亮は自らの姿勢を肯定できるようになった。
「だから大人は嫌いだ」
これは「若さ」であろうと自覚できるだけの、何ほどかの力に飽かせた己の主張を、口に唱え心で叫び、「さからうこと」。
そのいただきには何があるのか、それが何を支えているのかはわからないが確かに存在はしている心の中の柱に従い、曲がらず折れず、「たたかうこと」。
反抗期という言葉は嫌いだった。反抗という言葉が、劣勢にあるものが使う、受身のそれのように思えるからだ。だから亮は、自らの姿勢について次のように捉えていた。それは反抗ではなく、抵抗であると。
体制の代弁者たる、教師たち。妥協することに妥協をし、さからうことを忘れた「社会人」たち。理想を持たない政治家。訳知り顔の評論家。自慰にふける活動家。そして、ただ流れるままに身を任せ、考えることをやめ始めた「若者」たち―これらの中に、たたかうことが美徳の一義であると考えている亮の、その研ぎ澄まされたような敵意を免れているものは、―今のところない。
亮の通う私立中学校は一流進学校としてその名を売っている。偏差値教育という言葉が耳慣れないものでなくなってから久しく経ち、それに対する批判ももう出し尽くされた感があるが、しかし亮が生活のときの大半を過ごすこの校内においてはただその看板が隠されただけで、実態においてその方針は根強く生きていた。試験のたびにわざわざ上位成績者の名簿が貼り出されるし、晩冬の頃には毎年、いわゆる一流とされる特定の高校への、その合格者の数を誇る垂れ幕が白亜の頂に掛けられた。そもそもこの学校に集まっている生徒のほとんどが、自らの意思であるかどうかはともかく、そういった教育を求めて集まってきているわけで、つまり世間一般にある批判はこの校内においては無意味なのだ。この春、亮は三年に上がったが、それが意味することは「最上級生になった」ということよりも、「最もつらい学年に追いやられた」というものの方がここでは正しい。亮が唯一きらうその「闘い」に向けて、周囲はすでにざわついていた。その予定調和のうねりの中で、亮は、埋もれるでもなくただ、はぐれていた。
バスケットシューズに履き替え、薄暗い下駄箱の並びのあいだから亮はひさしの向こうの晴天を仰ぎ見た。
校門を入った正面に職員室があり、その二階上に亮のクラスがある。校舎と校門のあいだには円形の大きな花壇が造られており、その縁石に沿ったレンガ道がやがて校内を縦横してゆく。いつものようにそのレンガ道は行き交う人で忙しく、下校に向かう亮に直進を許さなかった。部活動に集う人の溜まりや駄弁りながらゆっくりと歩く背をかわし、校門を出たところで、ようやく亮は晴天の空がひらけたように感じた。
ともに帰路を行く友人はいない。誘うことも誘われることも最早なかった。もとより、テレビか漫画かゲームの話しか出来やしない級友たちになど亮は興味がないのだが、どうやら彼らのほうも、近頃は亮を避けているらしかった。
理由がないわけではない。何か奇行めいたことをしたことはないし、日ごろの敵意を直接ぶつけたということもないのだが、どこか自分たちとは毛色が違うらしいと敬遠されるようになったきっかけと呼べそうな出来事が、確かにいくつか思い当たった。
この新学期のはじめ、新たに担任となった教師が一冊のノートを教室に用意した。イジメ報道か何かに触発されたのか、日ごろ考えていること、思い悩んでいることなどをそのノートに好きに記せという。しかし一週間たっても誰もそのノートを手に取りもしなかったので、何でもいいから書けと、強制的にそれを持ちまわすことになった。しばらくして亮の番になり、開いてみると、ただの愚痴や自己紹介など、くだらないことばかりが記されてある。何も書かずに次の番にまわそうとノートを閉じたのだが、ふと思い直し、亮はペンを執った。担任のいう奇麗ごとのとおりに、日ごろ考えていることを正直に書いてやろうと思ったのだ。
『脅迫の方法は彼らに教わった。
人の弱みにつけこんで、こちらの望みを目の前に垂らしてやる。
思想も道理も利益の前に意味をなくし、たいていの奴は喜んで食いついた。
彼らはいつも、「個性、個性」といって誰かを期待させた。
けれど、「出る杭」に限って執拗に打つその姿で、同時に混乱させた。
彼らは誰の言い分も聞こうとせず、とりあえずの説明に便利な言葉で決まって逃
げた。
「郷に入ては郷に従え」
何にでも点数をつけ、何でも数字に変えて、たいして優れてもいない連中に評価
という名札を押し付けられた。
競争の原理という事実を前に、平等というごまかしは無力だった。
考えることをやめろと情報だけを叩き込まれる。その先にこそ明るい未来が待っ
ているとほざく彼らに、個性だとか人権だとか言う資格があるのだろうか。
そんなのは教育じゃない。それは飼育だ。
豚を肥やすための飼育。もしくは、歯車を増やすための生産。
彼らの名は、教師だったと思う。聖職と呼ばれたこともあるらしい。
彼らのほとんどは、教育に信念など持ち合わせていなかった。そして知る限り、
そもそもそれに気づこうとすらしていなかった。
俺は間違っているのか。
俺は間違っているのだろうか。』
そのノートは、一度担任の手元を経たのち、クラスメイトたちのもとへと続いて持ちまわされた。そのうちの幾人か、あるいはほとんどが亮の記したその言葉を目にしたはずだった。しかしさしたる反応があるわけでもなく、そして二三日後、案の定、担任からの呼び出しがあった。職員室のデスクを前にした沈黙の間、彼は終始落ち着かない様子で、いかにも「いじめられているのか」とでもいいたげな表情をしていた。そんな男に何をいっても無駄だと思い、亮は「こうしていても仕様がありませんから」とだけ言い残して席を立った。
国語科の課題で何かスピーチをしろといわれたあるときには、亮は「国語教育の問題点」をそのテーマに選び、壇上で滔々と自説を述べてやった。社会科の試験に「差別問題に対する意見を述べよ」という問いを見つけたときは、亮は、そのような問いを中学生の試験に設けるというその姿勢のうちにこそ、差別心の萌芽となる性質のものが内在しているのだと、試験用紙の裏まで使って長々と解答を記してやった。
「偽善」への抵抗、「妥協」への抵抗、「良識」への抵抗。
無論それだけが亮のすべてであるわけではなく、そしてそういった亮の意見や主張がすべてのクラスメイトが知るところのものであるということもないのだが、しかしそもそも、そういった意見や主張を抱く者には、そういった者が持つ特有の雰囲気があるらしく、そしてそれは、どうやらほとんどの人間にとっては快いものでないらしく、どういうわけか、普段は愚鈍なだけのクラスメイトたちもその雰囲気だけは敏感に感じ取っているらしく、要するに、亮は緩慢に避けられている。
しかしそれは孤立ではなかった。強いていえば孤高であり、あくまでも「独立」であったのだ。少なくとも亮自身にとっては。




