㉙媛鉄西宮駅「媛西電車は赤い糸」
㉙西宮駅
せっかくの,初めての,美波との2人っきりの時間だったけど
電車の話しかしなかった. 半分強制的…
でも楽しかった. 始発電車の音が聞こえてもまだ話していたよ.
朝日で輝く阪急電車はここに住んで半年たつけど初めて見たかも.
マルーン色だっけ？すごく綺麗な色だった．
あれから10年．今は2030年. 僕たちは29歳になった.
東京オリンピックも終わり,伊予鉄の郊外電車は1編成残してすべて伊予柑色になってしまった.
市内電車も旧塗装はあと1両だけ. でも10年以上そのままだからこれだけは保存されるんじゃないかな?
リニア中央新幹線もすでに開業して今は大阪へ延伸工事中.
阪急電車は2000系Ⅱが登場. 今津線にもとうとう8000系が走るようになった.
僕は大学卒業後,媛西電気鉄道に就職し,いつも媛鉄に乗って通勤している.
阪神競馬場前で降りて向かうのは媛鉄の本社.
兵庫県宝塚市仁川北1-5 昔は団地があったんだって
ブラック企業が大量にあるこの時代.
媛西電気鉄道はそんなことは全くないクリーンな会社だ.
ちなみに僕は, 25歳まですんでいたボロ家の隣の土地に
3000万の住宅ローン組んで家を建てて,
“桜川美波”と一緒に住んでいる.
阪急も見られるし媛鉄にもすぐ乗れる,美波のお気に入りの場所．
夜,家に帰ったら
「おかえり. ご飯できてるよ」
美波があったかく迎えてくれる.
彼女も媛鉄に就職し,車掌をやりながら運転士を目指しているが,
今は産休中.
もうすぐ僕と美波の間に子どもが生まれる.
予定日は2030年8月. あと4ヶ月ほど
「今治線も出来て11年になるんだね.」
「早いよね. お客さんいるのかな」
「10年前は500万円の赤字だったけど今はぎりぎり黒字らしいよ.」
「へぇー」
「そういえば綾奈と桜は?」
「メールきてるよ. 明日来るって.」
綾奈と桜は年に一回,うちに遊びに来てくれる
春休みは実家じゃなくてうちに集合だ.
綾奈は子どもを2人つれて. 僕たちの子どもとは3歳差と5歳差になるのかな.
ちなみに綾奈は航太と結婚している.
初めに聞いたときはびっくりした.
なぜ松山の綾奈と宝塚の航太が付き合っているのか不思議でたまらなかったもの.
珠季は相変わらず競馬に金をつぎ込んでるのでよくここに遊びに来る.
たまに当たるらしくてその時だけお土産を持ってきてくれる.
相変わらず面白い奴だ．
桜はあの時と変わらない. 変わったのはパート社員から正社員になったことぐらい?
僕は皆の期待に応えて?!未だに携帯電話というものを持っていない.
世の中は消費税10%のままでありがたいし
高齢化社会でも,もう制度が整っている.
安心しておじいさん,おばあさんになれる国になった.
でも人口は減り続け今では1億1000万人だ.
まぁもうすぐ人口増加に貢献しますけどね.はい.
「この子が生まれたらどこか家族旅行に行こうよ」
「どこがいい?」
「そうだな…」
美波が考えているとき玄関で物音がしてインターホンがなった.
桜,綾奈,航太,二人の子ども達が揃って家に来た.
「こんにちは～.」
「また2200系に乗ってきたよ～.」
「うらやましいな.」
「美波のお腹が大きくなっている! いつ?」
「10月の予定. そういう綾奈もいつなの?」
「わかっちゃった? 3月」
僕は気付かなかったけど綾奈は3人目がもうすぐ出来るらしい.
「本当に媛鉄があって便利だね. 値段10年前と変わらないのに所要時間短くなっているし」
「ありがとうございます. 媛鉄の社員として嬉しい.」
…そういえば松山にも1年ぐらい帰ってないな.
「ねぇまた9人で松山観光しようよ.」
「あ,いつか言ってたね. 何年前だろう」
「でも綾奈と航太さんは松山に住んでいるから今更観光なんて…って感じだろうけどね」
「まぁ航太は宝塚出身だけど．」
「愛媛出身ってことにしといてくれよな」
「あ,航太ったら綾に東温市出身だって嘘ついてたからね. 大学生のとき」
「ひどいなぁ航太.」
「競馬で1万もつかったヤンキー(直樹)に言われたくない」
「一万もつかったのは珠季だろ? 僕,競馬で1万円も賭けないし. しかもヤンキー(航太)にヤンキーって言われたくないな」
「美波も思う. この2人はヤンキー」
「綾も!?」
「うん. 大学卒業も待たずに結婚した奴はどこのどいつだ～」
「それはヤンキーじゃないと思うなぁ～」
「それはおかしくないよねぇ～」
「うん. 直樹と美波さんが遅いだけやろ.」
「へ～?」
っていうか年齢とかどうでもいいけどね.
「ところで綾奈っていまどこに住んでいるの?」
「美波にまえいったと思うけど…媛鉄がすぐそこにある．」
「どこだよ.」
「石手川駅どまんまえの一軒家!」
なんとなく場所がわかった.
「また遊びに行ってみようかな」
「実家に帰るついでに?」
「いや綾奈の家に寄るついでに実家に帰っちゃう?」
「親不孝な.」
「うそうそ. また片道3800円つかって帰るよ.」
「いちいち金額出すけちな桜川は変わってないなぁ～」
「今は美波も『桜川』だよ．」
「美波ちゃんのことじゃない. 直樹だよ.桜川直樹.」
「桜ちゃんもそろそろ桜川って呼ぶのやめたら?」
「あんまり会わないからね. なれないよ.」
「安くて便利!媛西電車があるじゃない!」
「桜川じゃないけどそんなしょっちゅう乗ってたらお金がなくなるわ.」
「なに”桜川じゃないけど”って」
「私はケチじゃないけどって」
「なにそれ. そんなにケチじゃないし」
「いや～ かなりのケチだと思うよ～」
「美波まで～っ!」
あの夏の日の偶然の出会い．僕たちはいくつもの奇跡を積み重ねながら生きている．
媛西電車は車体も路線図の線も桃色だけど僕にとっては赤い糸.
媛西本線,西宮から松山まで約314㎞.
僕らの赤い軌跡(媛西本線)は今日も電車が7時間かけて往復している.
fin
作/Hankyu3058
協力/家族、中学時代の部活の同級生、中学時代のクラスメート全員
