㉘柳原駅「一緒にいたいの!」
㉘柳原駅
美波の歩くスピードがなんだか早い.
しかも切符を自動改札機に食わした.
毎回コレクションするわけじゃないのかな?
駅から歩いて5分と聞いていたけれど3分で着いた.
とても同じ大学生とは思えない立派なマンション.
そういや珠季の家もここなんだよな.
あいつは競馬で稼いだ金でここに住んでいるのか?
見上げて,ざっと20階はありそうなこのマンション.
美波は15階に住んでいた.
「景色いいでしょ?」
「すごいね.ポートタワーが同じぐらいの高さに見える.」
「美波は海側の景色より山側がすきなんだ.」
北側の窓からはJRがまるでおもちゃのように見えた.
「媛鉄が見えなくて残念だね」
「コレで見えるから大丈夫」
美波は本みたいなものをいくつも出してきた.
表紙?には媛西電気鉄道1000系6両セットとかいてある
他にも2000系や3000系,1800系などと書いてあり,種類が違うみたいだ.
「みててね」
美波が本を開いた…と思ったらそれは箱だった.
中には小さな,片手に乗るくらい小さな媛鉄が入っていた.
こんなものがあるのかとびっくりした.
「これねNゲージっていうんよ. 線路に乗せたら走るんよ」
「この小さい電車が?」
美波は奥から大きな箱を出してきた.
箱の中には小さな線路がいくつも綺麗に並んでいた.
美波はひとつひとつ丁寧に取り出しながら,フローリングの上でそれらをつなぎ始めた.
一筆書きみたいにつながった線路にさっきの小さい媛鉄を乗せて,横に置いた四角い機械についたつまみをまわすと6両つながった媛鉄が走り始めた.
「すごいねこれ.ミニトレイン!!本物みたいだね!」
「かわいいでしょ? 小さいけど高くてね.6両で15000円超えるかな.」
「うわぁ高い. けどすごい細かいところまで再現されてそうだからそれくらいの価値はあるんじゃない?」
「ほんと,そう思う? 嬉しいなぁ.」
「この模型の細かさ,本当にすごい.気に入った!」
「桜川も買う?美波まだ1400系持ってないんだ~.」
美波が目を輝かせて見つめてくる.
「ま,待って.そんな金はない. っていうか自分で買ってまでは…確かにこの眺めは最高だけど…」
「いつか桜川の家でもこれがいつでも見られる日が来るよ~.」
「いいねぇ~!それは楽しそうだ!」
「そしたら一緒に買いに行こうね♪」
ん?まって美波! いまなんていった~!!
どういう意味? えぇぇぇぇっ!
動揺する僕に構わず,美波は次の話を始めていた.
その後,僕は何を話したのか全く覚えていない.
「桜川?お茶入ったよ.氷が溶けないうちにどうぞ♪」
気がついたら小さな媛鉄は片付けられていて,テーブルの上にアイスティーが置かれていた.ふと壁にかかった時計を見ると15時だった.
「ごめん.おやつ,と思ったけど甘いものなかった」
美波はそういいながらガトーショコラを皿に入れて持ってきた.
十分甘いものだよ.しかも高級そうな見た目…
と,思って口に入れたら上品な苦味が口に広がりびっくりした.
カカオ分高っ!ガトーショコラって甘いんじゃないの!?
「美波はビターチョコが好きなの?」
「ううん. 甘い方が好きだよ.これ見た感じが素敵で買ったけど食べそびれてて.さっきパッケージ見たらカカオ分90%って書いてあった♪」
そうなんだ.
…っていうか美波が家を留守にして1週間?冷蔵庫に入れてたとは言えケーキだよな?
大丈夫かコレ…しかもまるごと僕に出されている…美波は食べないの…?
自分用に買ってたみたいだから1個しかないか.
ひょっとしてこの苦さはカカオ分じゃなくて…
いやいや,考えるのはやめよう.90%だよ,90%.ただの90%.
僕は美波を信じてガトーショコラを飲み込んだ.
そうだ!さっきの”僕の家にもミニトレインが…”ってのを確かめないと.
「綾奈は松山に桜は今治についた頃かな.ねぇ,もうこんな時間だけどポートタワーにでも行かない?」
しまった.聞くタイミングを逃してしまった.
「今から? 歩いて行けるの?」
「歩いても行けるけど,媛鉄つかえばすぐだよ.」
「じゃあ行ってみようか.」
ということで,再び柳原駅に行き普通電車に乗り込んだ.
ポートタワーの最寄り駅は海岸通駅.
なんと次の駅. 別に電車賃使わず,歩いたらよかったんじゃない?
…そういえば綾奈も古町~宮田町で市内電車に乗っていたな.
あの時”一駅だけ電車に乗るのももったいなくない?”とか言っていたのは誰?
「16時だって言うのに全然夕方って感じしないね.」
「夏だもん. まぁ上ろう?」
ハーバーランドの観覧車に乗ったことはあるけどポートタワーに上るのは初めて.
思ったより高くなかったというのが正直な感想.
「うちのマンションが見えるよ」
「どこ?」
「あの白い建物.」
「あ~わかった. ポートタワーより高い?」
「断然高いよ~.あ,高いと言えば…マンションは上に行くほど部屋の料金は高くなるうえに税金も高くなるじゃない?」
「あ,昔は床面積で税金が決まっていたけど今は高さで決まるものね.」
「うん.賃貸も同じだから美波のはお得な家なんだっ!」
お得かどうか僕にはわからないけど…マンションってだけで家賃高そうだし.
で,ポートタワーとは1時間たたないうちにお別れ.
夏の夕暮れを楽しむべくもう少し臨海部を散歩したいところだったが
美波は「じゃあ,帰ろっか♪」と媛鉄の駅に向かい始めた.
再び美波のマンション.僕はずっと例の発言を確かめる機会を失ったままだ.
美波のスマホがなった.
「綾奈が家に着いたって.」
「え?遅くない? 15時には余裕で松山に着く予定でしょ.」
「なんでだろう.確かに遅いね.」
今朝まで4人でいたことが嘘みたい.
この1週間いろんな事があったなぁ.
「ねぇ,ご飯一緒に食べようよ♪綾奈みたいに得意じゃないけど,何か作るね♪」
今日の美波はやっぱり変だ.歌うようにしゃべってる感じがする.
ケチャップの良い香りが漂ってきて,美波がキッチンから戻ってきた.
「おお,ナポリタン!」
「あり合わせたけど,それらしくなって良かった♪口に合うといいけど.」
「いただきます!おおっ,この味好み~.」
「ほんと?良かった~.」
美波が嬉しそうに笑った. かわいい…
ご飯の後,再び媛鉄のミニチュアを走らせ,鉄道うんちくを聞いて…
はっ!!今何時?
時計を見ると12時回ってる!
「最終電車っていつ?」
「柳原発24時39分普通西宮行きだけど…帰っちゃうの?」
美波が急に寂しそうな顔になった.
そう言われると去りがたい.でもいきなり泊めてもらうのもマズイだろ.
財布しかもってきてないから泊まるにも泊まれないし
「またミニチュア見にくるよ.媛鉄一本で来れるしね.」
「わかった.またね.」
見送りたいと美波は言ったけど,こんな時間に一人で帰るのは気になるし.
美波をドアの向こうに残し,一人で駅に向かった.
最終電車まであと5分.夜中だってのに昼の暑さがまだ残ってるようで空気がぬるい.
夜は放射冷却で寒くなるんじゃなかったっけ?
最終電車がホームに入ってきた.
4両の1000系だ. 24時39分発普通西宮行き.
車内は結構混んでいた.入ってすぐのドアに立ち景色のない外を眺める.
発車のベルが鳴り,扉が閉まり,電車が動き出す.
地下だから何にも見えない.美波のマンション過ぎたかな.
痛っ!!ドアにおでこをぶつけた.何するんだよ!ぶつかるほど混んでないだろ?
人が思い出にひたっているというのに.
さすがの僕もむかついて睨んでやろうと振り返ったら…
「え?美波. なんで?」
「美波も一緒に帰る!」
え!? いやいやいやいや 僕はいいけどさ.
ん?美波手ぶらじゃない?パジャマとか歯ブラシとかどうすんだ?
なんか高そうな服だし…しわだらけになるよ?
寝転んだらそのボタンいたそう…
僕はどうだっていいことを考えながらうつむいたままの美波を見ていた.
最終電車だし,もう帰れないしな.しょうがない….
しばらくしゃべらないままアナウンスがなった.
『まもなく終点媛鉄西宮,西宮. お出口は右側です. 阪急今津線はお乗換えください』
「今津線はお乗換えくださいってこんな時間に阪急電車走ってないのに! 面白い!」
美波が急に顔をあげて僕を見て笑った.
いや~その面白みは僕にはわからないよ…
っていうかそんなことで喜ぶの美波だけじゃない?
そんな美波が面白かった.
「直樹も面白いと思う? いいねっ」
いや~ 面白いのは美波のほうだ… って今下の名前で読んだ?
『ご乗車ありがとうございました. 終点西宮,西宮です. 阪急線はお乗換えください』
自動放送の後の肉声アナウンス. また美波が笑う.
「自動放送ならまだしも車掌さんまでが”阪急今津線お乗換えください”だってはははっ!」
あ~ またうけてるよ… こんな人の多い最終電車で…
電車を降りたら降りたで,名残惜しそうに電車を振り返ると
「うわぁ! 行き先が”回送西宮”になってる! のりた~い!!」
あ… もうなんともいえないけれど…
やっぱり今日の美波はなんだか違う.
改札を出て,暗い,暗い道を家に向かった.
「わ! さっきの媛鉄あってたんやね. 阪急が試運転してる!!」
見ると,阪急電車が僕たちの横をいつもと違ってゆっくりと通過して行った.
美波曰く”標識灯を左右どちらもつけた3000系”が.




