表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

狭き門より入れ(Matthew 7:13) 1

 四ツ谷の駅から皇居を突っ切り、神保町を経て、きつい坂を登りきったところにある神社へ、一比古はやってきた。東の御方がここなら安全と言ったのだ。

 境内の裏に腰を下ろし、やっと息をついた。全身が汗だくだった。


「なあ、なんか言ってくれよ、東の御方」

 この神社の名を告げてから、東の御方と意思を通わせられない。

 境内の木々の隙間から、街の明かりが見える。

 あの中のどれかひとつに入れたら、と一比古は思った。

 母さんがいて、父さんがいて、妹が待つ家に。

 元から、そんなものなかった。全部俺という存在は嘘で塗り固められていた。


 携帯の着信音が鳴った。一比古は尻を浮かせた。白峯からだった。

 どうする。出るべきか。切れてくれ、と願ったが着信は途切れる気配がない。一比古は唾を飲みこんで通話ボタンを押した。

「もしもし」

「一比古! 無事か」

「編集長――」

「社長に聞いた」

 一比古は思わず身を硬くしていた。来る。罵声が。裏切り者。魔女。

 だが、聞こえたのは予想外の言葉だった。

「あの人は頭に血が上ると見さかいがなくなるから。特に魔女関係はな。でもお前を吊るし上げようとしたんじゃない。それだけは信じてやってくれ」

「しら、みね……さん」

 限界だった。抑えていた涙がどっと溢れた。嗚咽が喉を焼いた。

 気持ちの昂ぶりが収まるまで、白峯は無言で待っていてくれた。一比古はやっとのことで言った。

「お、おれ、は、うらぎってない……」

「ああ。分かってる。俺は自分の目で見たものしか信じない。長く生きているとその分頑固になる。いいか誰にも居場所は言うな。どこで目耳が光っているとも限らない」

「盗聴されてる?」

「そういうハイテクかもしれんし、ローテクなら使い魔、式神ということもある。とにかく自分の身を守ることを第一に考えろ。また連絡する。気をつけるんだぞ」

「はい」


 通話は切れた。ピピピ、と今度はメールが届いた。

「うわっ、びびらさないでくれよ……」

 アイリスのメールアドレスだった。心臓がひときわ大きく脈打つ。

 震える指でメールを開く。

「ん? なんだろ」


送信者:アイリス

 ;_;


 あ、顔文字だ。一比古は気づいた。

 まぶたからこぼれる涙。

 また涙が溢れた。

「アイリスお前、泣ける、じゃん……」

 うえっ、と声が漏れる。

「ちくしょう。とまんねーよ、なんだよこれ」

 電話では喋れない。メールはきっと上手く打てないのだろう。何しろカタカナ文字だ。精いっぱいの感情表現。

 泣けない人魚が流す涙。

 一緒に戦おうと約束した人を、裏切ってしまった。

「ごめん……ごめんなさい」

 もう、どうしたらいいか分からない。

 ただひとつ言えることは、これ以上誰も死んで欲しくないし、誰も失望させたくない。一比古はすがる思いで携帯を操り、ウィチハン@避難板を表示させた。自分の息の根を止めてくれる悪意があると信じて。


 書きこみが目に飛びこんできた。



999.アイリス

  ミナサンヘ。

  カズヒコサンハ ホントウニ ワルイヒトデスカ?

  ワタシ チガウト オモウマス。

  オネガイ。

  カンガエテ クダサイ。ミナサン。



「ばか……どんだけ……俺を泣かせりゃ……気が済むんだよ」

 アイリスは待っているのだ。一比古が立ち上がるまで。

「やっと分かったかえ。迷い子」

 木の陰から東の御方がすう、と現れた。

「……どこ、行ってたんだよ」

「分かったじゃろ。こうしろ、ああしろ。妾が教えお主を従わせるのは簡単じゃ。しかし意味がない。お主が自身の意思で真実を掴もうとせねば。覚悟は決まったかえ?」


 覚悟。

 終わりにしていいのか? なにも分からないまま?

 いやだ。全部やりっぱなしの投げっぱなしじゃないか。

 アイリス。今すぐ会いたい。

 ヴァイヤーに悠介。会って謝りたい。

 必ず茗を助ける。

「行くに決まってるさ。ケリをつける」

 東の御方は念を押した。

「良いか? 真実は全て耳ざわりの良いものとは限らぬ。それでも願うか?」

「願う。心から。俺が傷つけた人のためにも。ごめん。あんたも待たせたよな」

 懐から東の御方は緋色の扇を出して広げ、口元を隠す。

「なに、妾が封じられていた時の長さを思えば、瞬きほどの時間。一度人を傷つけたとて、生きていれば謝罪できる。生者だけに許された特権ではないか」

「そうか、そうだよな」

「さあ、心構えができたなら最後の謎鍵を解こうぞ。時は満ちた。少し昔話につきおうておくれ」



「あの子ですら分かってたのにさ、私たちバカみたいじゃない」

 たまが呟いた。

「バカですよ。実際」

 静まり返ったフロアで、ウィチハン@退避版のアイリスの書きこみを、悠介は何度も読み返した。

 考えてみてくれ。

 応答する書きこみはない。皆まだ答えを返せないでいるのだ。

 皆どこかで分かっていたはずだ。赤羽一比古は魔女じゃないと。

 ヴァイヤーがパン、と手を叩いた。

 思えば、いつもこの音から反撃が始まる。

「堺。拝島、たま、御舟! 覚悟を決めろ。我が社はこれから一比古の保護、及びアドミニスターの掃討に入る。これ以上、一人たりとも死者を出さない。これが唯一にして無二の方針だ」

 これ以上の死者。その中には一比古も含まれている。全員が頷いた。

「御舟は情報の集約を。引き続き、敵探知も続けろ」

「分かりました」


「堺! すべき事が判ってる顔だな。目的はひとつ。ユーザーたちを御せ」

 悠介は頷いた。自分にしかできない事。

「拝島。今日限りお前を編集長とする。全四面、一人で上げろ。校了を明け方まで伸ばすよう木場工場と折衝しろ」

「了解」

「ここ真夜中新聞社を拠点とし、以上三名を通信班とする! 連絡は御舟を通じて随時繋げ。私とたまは白峯と合流、一比古保護に全力で当たる。質問のあるものは! ないな! では征くぞ!」



「真衣子さん、俺に力をくれ」

 モニタを前にし、祈るように悠介は書きこむ。


1000.ユースケ

  長くなるが我慢して読んでくれ。

  赤羽一比古は魔女じゃない。俺たちは誰かに操られている。

  アドミニスターという真犯人に。

  男子学生殺したのもそいつだ。カメラマンの方はカタがついた。


  本名割るだけじゃすまねえぞお前ら。

  とりあえず、ウィチハン@解明板を立ち上げた。

  『日野禍津抄』『淑景北記』。これについての情報が欲しい。

  あと動画の精査も。辛いと思うけど。


  これ以上死人出してたまるかよ。徹底的にやるぞ。

  イタ電は勘弁だけど、携番も載せる。緊急の場合はかけてくれ。

  090……



 解明用掲示板の開設からわずか一分も経たずに書きこみが寄せられた。


2.マジか?

3.お前、本気だな

4.まだ半信半疑だけど。お前の覚悟は分かった。調べてみる

5.日文中世専攻。『日野禍津抄』は一二四〇年ごろの僧侶の呪詛っつーか愚痴を綴った日記だよ。『淑景北記』は今調べ中。ちと待ってくれ。

6.5>すげえ!


 悠介は苦笑した。

「ほんと。すげえよ、お前ら」


7.『淑景北記』ってやっぱ淑景北舎と関係あんだろなー

8.=ユースケ

  わるい古典苦手。淑景北舎ってなんだ?

9.=4 内裏(天皇と妃がいるとこ)の一番北東にあった舎

  別名「桐壺」。源氏物語で有名だけど、あれはフィクションだし

  天皇のいる清涼殿から離れてたから、実際はあんま使われなかったらしい

11.淑景北舎に縁のある人物の著作かもな

12.ローカルルール提案

  理系のユースケたんのために、専門用語は簡単に解説をwww

13.=ユースケ

  ド理系ですがなにかwwwww

  マジな話ありがとう。助かる!


14.陰陽道オタクですが。淑景北舎が使われなくなった理由は場所。

  内裏図ググってみて。見事に内裏の鬼門。

  あ、鬼門って北東の方角で、幽鬼が出入りする大凶の方角ね。

  『大鏡』で藤原道長の肝試しの話があるんだけど。

  違う本にも似た話があって、淑景北舎のなんとかという女房(女官)が

  出てきたと思うんだけど……思いだせなーい!

  投げっぱでごめ! 誰かフォローお願い!


17.オタクすげえw あとは俺に任せろ

  それ多分『月鏡草子』。室町時代の御伽草子

  肝試しをしてた藤原道隆が武徳殿の東の松原で、

  淑景北舎の東雲って女房に呼び止められて

  「危ないから引き返しなさい」と忠告される

  で、道隆は女房の姿が恐ろしかったから逃げたってオチwww

  どんだけwwwwwブサイクwwww


18.=ユースケ

  東雲? 東の御方って人名は知ってるか?

  そいつと『淑景北記』がどこかで重なる気がする。



「妾が女官として内裏に伺候したのは、花山帝の御世じゃ。帝は当時宮廷に跋扈していた魑魅魍魎を退けるため、陰陽寮を通じて妾に鬼門封じをお命じになられた。藤原の大臣たちが、肝試しなどと下らぬ遊びをしておったから、お諌めしたこともあったの。道隆どのだったかの。『東雲、貴様こそ得体の知れぬ鬼じゃ!』と青ざめて。あれは愉快だった」

「東雲?」

「そう」東の御方は頷いた。「当時妾は、そう呼ばれておった」



24.びびった。ドンピシャおれの研究範囲。

  平安~南北朝の間、

  民間伝承に「東」の名前がつく女性がチョイチョイ出てくる。

  共通しているのは、悪霊から都を護る役割を荷ってること。

  有名なのは既出の『月鏡草子』の東雲。

25.『金田本 吾妻鏡』も! 偽書の噂も高いケド

26.=24 さき越されたああああーーーー!

  そう『吾妻鏡』の異本にも出てくる。かなり豪華なメンツ。

  平治合戦で宮中に侵入した鎌田正清が、崇徳上皇の生霊に惑わされる場面。

  白髪に薄紫の打掛の女、鬼火とともに現れ、上皇を諌めて消えたとある。

  崇徳上皇は女の幽霊(?)に抵抗するんだけど、そのセリフが、

  「東の方、黙れ」。

  ユースケの言う「東の御方」ってこの人じゃないか?


29.ユースケたんのためにまとめるお

  ・平安中期~南北朝、東雲=東の方=東の御方という女性がいた

  ・彼女は淑景北舎に務めていた(可能性高)

  ・理由=鬼門から京都を守護するため?

30.マジ鳥肌たった!つながってきたじゃん!

31.でもそれ同一人物だったら、明らかに人間じゃなくね?

  妖怪もんだwww もしくはリアル鬼だよなwwwwww


「おい、鬼って……! まさか」


43.24=26ごめ、文献探すの手間取った。

  見つけたよ『淑景北記』。正確には見つかって「ない」んだけど。

  東雲=東の御方伝承はいくつかフィールドワークで採取されてる。

  東の御方は陰陽道の秘術で内裏を守っていた、てのが大まかな共通項。

  その術を記したのが『淑景北記』と言われている。(福島県の言い伝え)

  もちろん、現物は見つかってないけど。

44.ktkr!

  すげえっ! 24GJ!



「この世ぞ空しき。保元平治、源平の争い、木曾の天下、承久の変。その度に都は焼けた。妾が幽鬼どもから護っても、結局は人が争い、燃やしてしまう。お主に移した和歌『夢の世に なれこし契り朽ちずして 醒めむ朝に逢ふこともがな』、覚えておるか」

「うん。難しいことは分からないけど、詠うだけで悲しくなる」


「崇徳上皇が流刑先の讃岐から、二度と逢えぬ心の友、藤原俊成殿に宛てた辞世の歌よ。お届けしたのも妾じゃ。俊成卿は大粒の涙を流されておった。

 順徳帝は闊達なお人柄での。既に鬼と呼ばれていた妾にも大変良くして下さった。にもかかわらず、幕府との戦に破れ、父君の後鳥羽帝ともども流刑となった。女御と偽り、流刑先の佐渡まで順徳帝にお供したものよ。しかし、再び都を見ることなく、お隠れになられた。

 昔話が過ぎたの。妾は気づいたのじゃ。自分が人ならざるものに変化しつつあると。髪が真白くなり、歳をとらなくなった。妾は戦を呪い、己の未熟さを呪い、鬼と化した。鬼は妖怪変化とは違う。人の成れの果てじゃ」

「人の、成れの果て……」


「戦国の世になると、イエズス会が渡ってきた。異端の捜索も彼らの目的のひとつだったらしい。見事合格の印を頂き、妾は《五の災人》の一人に数えられるようになった」

 一比古にはずっとそれが納得がいかない。

「誰が、どういう基準で選んだんだよ《五の災人》って。魔女の枠から外れた人ばかりじゃないか」

「鬼も魔女も人の成れの果て。伴天連の目には同じに映ったのじゃろ……たぶん『淑景北記』が目的だったのではあるまいか」

「そ、それ! ミノタウロスが言ってた『東の御方に会え』って、もしかして」

 東の御方は眉をしかめ、扇で顔を覆った。

「一比古……遅い、遅すぎるぞ。《魔女の鉄槌》が散々寄越せと騒いでおったグリモアとは、『淑景北記』のこと。妾が数々の秘術を記した書」

「う、う、うおおおお、そうだったのか!」

 ようやくつながった。東の御方と『例の書』が。


「一気に現代に飛ぶぞ。

 《殲滅戦》の折、陸軍は環太平洋に破壊の術をかけよと命令し、妾は断固拒否した。陸軍は激怒しての。現世から隔世に飛ばされ、現世には干渉できなくされた。陸軍は別の術者を使ったが、結末はお主も知っての通り」

 隔世。あの赤い夢の世界のことだ。

「以後隔世に入ってこられたのは、お主を含め二人だけ。お主は妾が見えた。ゆえに確信した。お主こそが鍵だと」

「なんで俺にそんな力が?」

「それは――赤羽の力、とだけ言っておく。今は」

 東の御方は表情を険しくして空を見上げた。

「西を見よ一比古。武蔵野から雷雲が近づきつつある」

 立ち上がって木々の間から西の空を見ると、確かに黒い雲が低空を這うように蠢いていた。小一時間もすればここも雷雨となるだろう。

「影で動く『あどみにすた』とやら。悔しいが妾にも正体が判らぬ」

 正体も判らない敵と、どうやって戦えば。



  2へつづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ