Schreiten oder schlafen, wie Nachtwächer.(真夜中新聞社社訓)
一比古の消えた真夜中新聞社で、拝島、たま、悠介はそれぞれぼんやりと椅子に座り、虚ろな目を上げる。御舟は先ほどから一心不乱にハンディラジオのチューナーをいじっている。
「なんかもう、訳わかんねぇ。俺たち、赤羽っちに騙されてたってこと?」
「でもアドミニスターじゃないって。じゃあ誰がアドミニスターなのよ」
「知るかよ俺が!」
ヴァイヤーがばん、と机を叩いた。
「歩を進めよ。さもなくば耳目をふさぎ眠っていろ! 惑う者は我が社にはいらん。私の魔女概論に三分つき合え。そして己で判断を下せ」
返事も聞かず、話しはじめる。
「わが祖ヨハン・ヴァイヤーは『悪魔による幻惑』という著作で、魔女狩りを批判した。魔女とは、力と恐怖によって支配され、メランコリーに陥って精神を病み、悪魔によって操られていると。今でいう統合失調症であると論じた。初めて臨床心理学を持ちこんだという意味で『フロイトの父』という評価もある。母は誰だか知らんがね。
乱暴に要約すれば、魔女とは治療すべき患者であり、宗教裁判にかけ処刑すべき罪人ではない! 何度でも言うぞ。魔女は『人間』だ。人が人を殺す。すなわち魔女狩りは殺人に等しい。しかも冤罪での死刑。私は断固反対する」
「冤罪?」悠介は鋭い目で睨んだ。「実害が出てるじゃないですか」
「罪は認めさせる。だがそれでも私は魔女を救う。全員だ。これは私の個人的な誓いでもある。現実的な話をしよう。404は滅んだのではない。一比古の中に封じられただけだ。いつ破られるかも分からん」
「すると……どうなるんです」
「一比古は、お前が望む化け物になるのさ」
「僕は望んでない!」
悠介を無視し、ヴァイヤーは御舟を急かす。
「御舟、どうだ」
御舟は首を振り、手にしたラジオを机に置いた。
「反応、有楽町付近で見失いました。気になる点がひとつ。四ツ谷から有楽町に到達する間、数々の守護線が張られている皇居付近も難なく通過しました」
そんな能力を持つ《ハグレ》は、寡聞にして知りません、と御舟は悔しげに言った。
「待って下さい」
ヴァイヤーが口の端を持ち上げて挑発する。
「覚悟は決まったかね、堺君」
悠介は可能な限りのフルスピードで頭を動かした。
なにかが変だ。
いや、変なことが多すぎる。
「謎が多すぎるんです。赤羽は何者か。東の御方とどういう関係か。アドミニスターは誰か。バラバラで全貌が見通せない。見通せないから間違う。僕のように」見てろ、と悠介は思った。「赤羽は、グリモワールで、日本の書名を言っていました。あのアホが自力で調べられるとは思えない。どこかから拾ってきたんだ」
あのバカが調べそうなところ。
悠介は迷わずウィキペディアに繋いだ。グリモワールの項を表示させる。
まず飛びこんできたのは灰色の警告マークだった。
『このページは荒らしを理由として方針に基づき、新規ユーザーおよび未登録ユーザーによる編集が禁止されています』
「なにこれ?」
「ウィキペディアは、基本誰でも編集が可能です。それがこの辞典の最大の長所でもあり、同時に短所でもある。特定の事項で、事実に基づかない記述を書きこむ奴や、都合が悪いことを消そうとする奴によって編集合戦が起きる。例えばお気に入りのアイドルとかね。そういう時に、一時的あるいは半永久的に編集ができないよう、管理人がブロックをかけます。それがこのマーク。ドイツなどでは問題になって、編集に認可を求める流れになっていますが、日本は未対応です」
悠介は画面をスクロールさせた。
グリモワール(またはグリモア)
フランス語で呪文集を意味し、特にヨーロッパの魔術書を指す。狭義では悪魔や精霊、天使などを呼び出す手順、そのために必要な魔法円や護符などが記された書物を指す。秘匿された知識や禁忌にまつわる奥義を記した文書、書物を指す場合もある。
主に『ソロモンの大いなる鍵』『ゴエティア』『レメトゲン』など。余談だが日本にもグリモワールは存在し、『日野禍津抄』『淑景北記』などがその代表例とされる。
「余談だが」以降。一比古が言っていた日本語の書名があった。魔女狩りについて調べる過程で、悠介は『ソロモンの大いなる鍵』『ゴエティア』『レメトゲン』は目にしたが、残る二冊に見覚えがなかった。
そもそも、以前のグリモワールの項に、こんな書名があった記憶がない。
「なるほど。赤羽っちは、ここを見たのか」
「誰かこの二冊について知ってる人はいますか?」
全員が首を横に振る。思わず悠介はバカめ、と言いそうになった。
日本のグリモワール。
「おかしい」
「なにが?」
たまの問いに、考えつつ答える。
「矛盾しているんです。『特にヨーロッパの魔術書を指す』と限定しておきながら、最後に『余談だが』と日本の話をする。なぜ日本だけ? この流れなら中国の道教にも触れたって良さそうじゃないですか。それに辞典で口語表現は普通使わない。変な文章だ」
胸騒ぎがする。悠介はメインページから、編集者たちのメモが残されている「ノート」のページに移った。
「……見つけた」
「なに、なに?」
ノートでは、何人かの編集者が、何者かがグリモワールの項を恣意的に改竄していると指摘していた。項目が半保護、つまり書きこみができない状態になった後も、半保護が別の人物によって一時解除され、改竄し直されていた。
ある編集者は、昨日の日付でこう記入していた。
「kayochan, etom, morimori……これらは皆同一人物によるソックパペットです。速やかに編集の凍結を要求します」
「こいつがアドミニスターだ。複数の名前を使い分け、グリモワールの項を故意に改竄していたんです。もちろんここを」
〝日本にもグリモワールは存在し、『日野禍津抄』『淑景北記』などがその代表例とされる。〟
「一比古は、この項を改竄した者によって――」
「都合よく誘導されていた。あのバカは、バカだから警告マークも理解せず、誘導に気づきもしなかった」
全部、アドミニスターの目論見どおりに、踊らされていた。
教えてやろうか赤羽。悠介は心の中で呟いた。
そういうのを鴨ネギって言うんだ、この、バカ!
腹立ちまぎれにウィチハン@退避板を表示させると、ある書きこみが悠介の目に飛びこんできた。
第八章 狭き門より入れ(Matthew 7:13)につづく




