始まりの街ーアカプルコー【4】
腰を木製の長椅子に下ろしたジソウはメニューを開き、ストレージからアーツ盤を選択し装備をした後に、設定を変更して手元に出現させた。
「さあ、アーツ盤を取り出しまして、と。お次はアーツだな。」
ハイローズではアーツを身につけるためには二段階のステップが必要だ。
第一ステップはアーツマテリアルをアーツ盤にある窪みに装着すること。
第二ステップは、盤の装備だ。装着するだけでは意味が無く、アーツ盤自体もしっかり装備しないと効果を得る事はできない。
これはアーツシステムと呼ばれていて、説明によると、盤上にある窪みにアーツの力を持ったアーツマテリアルを填め込むことで盤全体にその力が循環する。その力は本来、人単体では得られない力なのだが、アーツ盤に一度流す事で、人も使えるように変換してくれる。そして、変換した力を、アーツ盤を仲介する事で人はアーツマテリアルのもつ不思議な力を引き出せるようになるのだ。とのことらしい。
しかし、ここで大事なところは装填云々の話ではなくて、アーツ盤を装備という部分である。
アーツ盤はあくまでも装備品であって、物として存在しているのである。そして、手に入れることができれば複数個持ち歩けるのだ。
一度に装備可能な数は一つだけだが、この性質のおかげで幾つかのパターンで用途による構成があらかじめ作りおける。それは、時間さえあれば、装備品扱いであるため戦闘中でもアーツの切り替えが可能になるということで、若干プレイヤースキルに依るところが現れてしまうが、トリッキーな戦闘が構成できたり、相手に合わせ状況に合わせ弱点を突く玄人的な戦いができたりと戦略の幅が広がる。
また、熟練度上げやアーツを集める苦労が無視できるならばガチとネタを両立できたり、心機一転やり直しが利くのである。
ゲームのシステム上、複数アカウントを持つ事ができないので、擬似的なやり直しや、多数のやり込み要素があることに期待は高い。
「何じゃこりゃ?」
チャクラムのように、真ん中に穴の開いた円形の六つの窪みを持つアーツ盤をくるくる人差し指で回しつつジソウは、ストレージの『アーツ』欄を開いてみたのだが、そこには選んだ覚えの無いアーツマテリアルが一つ、項目に置いてあることに気がついた。
とりあえず、説明を見ることができるので表示させる。
【勘】
――系統『感覚』。
『なんとなく、それが何であるかを理解でき、おそらくそこに何かがいるのだろうと感じ取れる。こうした方が良いと感じることもあれば、これから嫌な事が有りそうだと感じることもある。様々な日常に潜み、意識して使うものは少ない。しかし、必要不可欠である。』
効果・器用さ微上昇。
「説明文乙。マジ意味不。」
しかし、他の簡潔で分かりやすい説明のアーツと異なる事から、ヒントが隠されていると考えられる。伊達にゲーム世代と呼ばれる時代をゲーマーという人種で真っ直ぐ渡ってきたジソウではない。ある程度は予想する事ができる。従って、まずは装着することにした。
「うーむ、付けて何が起こるわけでもなしか。そもそも感覚系統っていうのも新手だよな。こんなん掲示板に無かった。効果も勘だといっているのに上がるのは器用さか。そもそも、説明文がなぁ……。」
「ジソウさん、どうしたんですか?」
他のアーツマテリアルを填め込みつつ見比べて考察していると、どうやら他の二人は問題なく装着が終わっていたようで、なにやらブツブツ呟いている彼の元に身を寄せてきていた。
「あー、いやね。取った覚えの無いアーツがさ。」
「どういうものだ?」
「これよ、これ。」
そう言って、メニューを操作し、表示を開示設定に変更する。これで他のプレイヤーも内容を見ることができる。
「ほう。文からして索敵や鑑定に使えそうだが。」
「だったら、効果に出るはずなんだよ。現に、俺が持っている、この鑑定眼とか気配察知のアーツには載ってるし。」
そういって、ジソウは他の手持ちアーツマテリアルのデータを開示し、二人に見せた。
「本当だな。」
「ですねー。って、ジソウさん。策敵に鑑定、遠目とか便利屋さんですか。しかも戦闘用アーツが投擲だけって、特殊すぎません?」
開示されたマテリアル一覧を見るなり、リミカは褒めているのか呆れているのか、苦笑いをこぼす。
「まあまあ、圧縮最優先にしただけだから気にしないでよ。」
「あ、そんな、責めるとかそんなつもりじゃなかったです。すみません。」
「ははは。いいってことよ。それよかリミカちゃん。これ見て何か思うところは無い?」
慌てるリミカに気にするなと諭すジソウ。
そして、代わりに何か気付いた事はないかと聞いてみた。
「うーんと、なんか、卑怯な書き方だとは思います。出来るのか出来ないのか分からないですし。これって上位アーツでしょうか?」
「上位っつーか、レアだと思う。感覚っていう系統は掲示板に出てなかったし。」
リミカはなるほどと頷き、整った形の良い眉を寄せ、再び考えるが特に思いつかなかった。しかし、疑問に思った事ができたので聞いてみることにする。
「ジソウさん。どうやってこれを手に入れたかとか心当たりは無いんですか?」
「確かに。」
「思い当たることねぇ……。」
考える事数十秒。あることをふと思い出した。
「あ、BDの時。」
「ぶるー、どらごん?」
「いや、厨二発症者の名前なんだ。」
「あ、なるほど。」
リミカはその単語が理解できる女の子であったようだ。
「で、あいつがどうかしたか?」
「思い出したんだけど、あいつに『ログインキラー』された後、俺、間接極めてたじゃん。そのときに報告音が聞こえた気がするんだよね。」
「『ログインキラー』って、あれですか? 確か、無敵時間のおかげで難しくなっていましたよね?」
「まさにそれ。」
「残念な人が居たんですね。」
「ああ、残念な人がいたんだよ。」
残念な人とは掲示板使われていた総称で、『ログインキラー』を頑なにやっていた人を含め、一般的にプレイヤーに嫌われる行為をしている者に対して侮蔑と憐みを込めて使われる言葉だ。
この時の残念には他にも色々な意味が含まれていたが。
「また話をそらしてしまいました。すみません。えと、報告音が聞こえたという事は、何かの条件を満たしたからこのアーツが手に入ったってことですよね。正式版で実装した称号とか関係してたりして?」
称号とは、ある一定の功績や行動をしたものに与えられるもので、称号によってはステータスの補助が付けるだけで得られる。
ちなみに、初期設定は【星の探索者】で、特にステータス補助はつかない。
「……あるあ、あった。称号が変化ってる。」
「ほう。」
「えっ、本当ですか!」
当てずっぽうで言った事がまさかの正解で、思わず体を乗り出して大きな声で驚くリミカ。
そしてその大声に、近くに居たプレイヤーが何事かとこっちを見たり、目の前の男二人がうっと顔を顰めるのを見たりで申し訳なく思う。また、先ほどから謝ってばかりだと気付いてしゅんとした。
「ほら、見てみ。【死線を越えし者(柔)】だってさ。」
その様を見て、気をそらさせるためにそう促すジソウは称号の部分を拡大表示する。
【死線を越えし者(柔)】
『確定で死に至る攻撃を不可避の状態で、しかし、それから何らかの方法を用いて逃れた後、即座に敵対者を無力化にする事で獲得できる。』
効果・敏捷さ微上昇。
「なるほど、完全にBDのときのだな。」
まさに完全に一致である。
「まんまだし。でも、これはバグだろうな。無敵時間おっけーだったら誰でも手に入るし。」
「確かに。報告するか?」
なにか不具合が起きた場合、プレイヤーは運営に報告して改善を要求できる。
バグ、つまり正規の手段ではないのだからもちろん報告対象だ。
「え、でも、もしかしたらその称号なくなっちゃうかもしれないですよ?」
「リミカ嬢、意外とちゃっかりしてますな。そん時はそん時だしょ。まともに行こうぜ。」
良い笑顔でサムズアップするジソウ。
「はい。分かりましたリーダー。」
恥ずかしさを誤魔化す様にそう返し、えへへと笑うリミカ。
「おう。分かってるじゃんリミカ君。よーし。リーダーの言う事はー、ぜったーいっ! って、イタイイタイイタイ。」
リーダーという言葉に気を良くして調子に乗り始めようとするジソウに、相良がストップとばかりにアイアンクローを喰らわせる。ドワーフのごつい指が顔に食い込むのは純粋に恐怖である。
「そこまで、な。」
「はい、ごめんなさい。調子に乗りました。あ、ライフ減ってる! なんでっ?」
「掴みを取った。」
「そんなまた、マイナーな! て、もういいでしょ。は、放して下さいっ。」
「ふむ。結構掴みは便利かもしれんな。」
「我が身の危険っ?!」
ハイローズではプライベートセキュリティーといってプレイヤー同士、攻撃は別として、触れ合う事がそうそう出来ないようになっている。ただ、セキュリティーを個人でいじる事は出来て、制限を緩くすることは可能だ。
であるのに、なぜ相良がアイアンクローを仕掛けることができたのかといえば、アーツの『掴み』が制限解除の効力を持っているからだった。だからといって、触り放題! という下種な事はもちろんできないので女性は安心していただきたい。
放してもらったが、気持ち的にグッタリするジソウ。片や、掴みの具合に満足げな相良であった。
「お二方、報告はしておきましたよー。」
「おお、優秀な秘書を得た気分。」
「素晴らしいな。」
「えへへ、そんな。ありがとうございます。」
名誉挽回と考えて行動したリミカだったが、思った以上に褒められてしまい頬を赤く染めて照れた。 ほんわかした空気が流れたが、そんな話をしていたんじゃないと思い出す。
「やばいな、この面子。話が進まない。」
「私は面白いので好きですけど。」
「リミカちゃん、うれしいこと言ってくれるけど、話を戻すぞ?」
「分かりました、リーダー!」
「よーし、リ」「散るか?」
「ごめんなさい。」
「すみませんです。」
また話が逸れようとしたところ、相良が突っ込みを入れる。
それに謝りはするが、二人はちょっとニヤついていたので、深く相良は溜め息をついた。
そこに、ピロンという音がリミカに届く。
「あ、早いですね。回答来ました。」
「なんだって?」
「……えと、報告ありがとうございますって文面と、バグの処理をする事、あと称号はお詫びの品としてそのままで良いそうです。あと、やっぱりそのアーツは称号の特典みたいだったようです。」
「おー。問題解決。しかも、らっきー。正直者は救われるんだぜ。」
ジソウはそう軽口を吐きながらも取り上げられる事がなくなったことに安堵した。
「よかったですね。」
「よし、なら次行くぞ。生産職を決めなくては外に出られないからな。」
「はい。リーダー!」
「……あれっ? 俺がリーダーじゃないの?」
リミカがジソウの言葉に噴き出すと、他の二人も釣られて笑い出す。
いつの間にか何年来の友達だといわんばかりに馴染んでいるリミカに大人の男二人は密かに安心したのであった。
コリンク「あいつら、持ってきてくれるかな~。」
作者「あ。」
コリンク「……え?」
作者「ごめん。」
コリンク「え?」