小人姫と父と母
無事アレイと仲直り(?)したところで、食堂に移動することに。しばらく眠っていたせいで、もうお腹がぺこぺこ…。今日のごはんは何だろ。
食堂へ行くまでの間、会う人会う人に「大丈夫だったか?」「もう起きていいのか?」と、たくさん声を掛けてもらった。その反応を見て、自分が思っていたよりも心配をかけていたことや、この学院の人たちに私を受け入れてもらっていたんだな、と実感してしまい、ちょっと気恥ずかしい思いをしてしまった。本当に、皆優しい人たちだ。
そうして漸く辿り着いた食堂。中には先生方や生徒たちでいっぱいで、今日も熱気がすごい。空いている席を探していれば、「おーい、ミホ!」とパイアー先生が手を振って呼んでいた。その隣には学院長と医務室のガジュロス先生(見た目は妖艶美女、だけど男)も見える。
うわー、学院長先生までいるなんて緊張するなあ、なんて考えていた時だった。そのテーブルに、ここにいるはずのない人たちが―――――――
どうしているの。ううん、そんなはずない。いるはずがない。
でも――――――――
「――――――――お父さん!お母さん!」
それから私はマルリさんのポケットを飛び出して、その男女に猛突進した。そして、女の人に抱きついて「お父さん、お母さん」と泣きながら叫んでいた…らしい。残念ながらしばらく記憶がない。いやむしろなくて良かった。…恥ずかしい。
頭を撫でられる感覚を感じて漸く我に返ると、微笑む女の人と目が合った。
お母さんに似てるけど、やっぱり違う。その隣の男の人を見てもそう。顔立ちや雰囲気はお父さんに似ている、でも別人。二人とも日本人にしてはハーフっぽい顔をしてたから、この世界にも似た人がいたってことなのかな。
両親がここにいるわけがないと分かっていても、どこか期待していた分、その失望感は大きかった。でもその人の手が優しくて、笑顔がなつかしくて、つい望んでしまう。
お父さんとお母さんが迎えに来てくれたんじゃないか。同じようにこの世界に運ばれたんじゃないか。もしかしたら二人の生まれ変わり?
私が「お父さん、お母さん」と言ったからか、皆もなんとなく事情が読めたらしい。控えめに私を呼ぶマルリさんの声が聞こえたのでそっちを見ると、誰もが心配そうな目をしていた。
「大丈夫です…ちょっと両親に似ている方達だったから、びっくりしてしまって。すみません、取り乱したりして失礼しました。」
前半はマルリさん達に、後半は先生やその男女に向けて言う。
すると、今まで黙っていた男性が笑顔を浮かべながら学院長へ話しかけた。
「ジョージ、これは第二案を採用した方がいいんじゃないか?」
…何だろう、第二案って。それに、この男女は誰なんだろう。誰も聞かないけど、皆知ってる人なのかな。
「ミホ、はじめまして。私は国主のエドガー・ワイシス。そして妻のルイーズだ。今日は、君の今後のことについてと、今回のことに対する謝罪に来た。」
「は、初めまして!笠原美穂です。」
「ふふ、ほんと可愛らしい子ね。皆さんが大事にするのもわかるわ。」
そう言ってまた頭を撫でてくれるルイーズさん。嬉しい。本当にお母さんみたいだ。
そのあと国主様は、今回の件は国議官の職員が起こしたことだからと、きっちり謝罪してくれた。そして、今後同じようなことがないように、早めに小人姫の存在を広めたいと説明してたはずなんだけど…
「ミホ、君が良ければなんだが…私たちの娘にならないか?」
どうしてそうなった??!!
国主様が言うには、もともとは国主様と学院長が後見人になって、国民に私をお披露目するのが第一案だったらしい。でも、さっきの私を見て、家族に似ているならいっそ本当になっちゃえばいいじゃん、ってことみたい。
途中まですごくしっかりしてたのに、なぜこんなにアバウトになってしまったのか…。ちなみにさっきの第二案っていうのはこれのことらしい。
そうは言っても、初対面の人にこんな提案をされても正直戸惑ってしまう。両親に似ていたとしても他人だしね。
そんな私の考えもお見通しなのか、二人は優しい笑顔で言ってくれた。
「そんなに難しく考えないで。あちらのご両親があなたの親であることは変わらない。ただ、新しい家族として私たちを迎えてほしいの。」
「そうだよ。うちには可愛げのない息子しかいなくてね。君みたいな可愛い娘ができたら、人生にも張り合いが出るというものだ。どうかな?」
そんな大事なこと、すぐには決められないよ。それに短い間だけど、この学院の人たちには良くしてもらったし…。
どうしたらいいのか分からず、後ろにいたアレイたちの方を振り返る。皆心なしか嬉しそうな顔をしているのはなぜ?
「ミホが国主様の娘になれば、これ以上の後ろ盾はないね。」
「そうだな。俺たちも安心できる。」
「これでミホに手を出そうとするやつもいなくなるな!」
そんな中、アレイだけは仏頂面というか…拗ねたような顔をしていた。
「もしミホが国主様の娘になったら、ここにはいられないんですか?」
その言葉にはっとする。そうだよ、娘になったら国主夫妻のところへ行かなくちゃいけないんじゃないの?ってことはバスクスさんやマルリさんたちと離れるってことで…そんなの寂しい。思わず横にいたアレイの服をぎゅっと掴んでしまう。
だけど、そんな心配も杞憂だったみたいだ。
「いいや、ミホにはこれまで通り、この学院で過ごしてもらおうと思っているよ。何しろミホは君たちのところに現れたんだから、そこで生活するのは当たり前だろう?」
良かった、ここにいてもいいって。「小人姫にとって一番いい人のところに現れる」って言い伝えが効いてるのかな?とりあえずまだ皆と一緒にいられるから安心した。
「その代わり、週末は私たちのところにいらっしゃい。それから、私のお店でちょっとしたお手伝いをして欲しいのだけど、お願いできるかしら。…ああ、娘ができるっていいわね。こっちまでウキウキしちゃう!」
「ルイーズ、少し落ち着きなさい。まだ彼女からの返事を聞いていないだろう。…ミホ、君が良ければなんだが、私たちの娘になってくれないか?実はね、私たちには君と同い年の娘がいたんだ…生まれてすぐに亡くなってしまったんだがね。これも何かの縁だと思って、私たちと新しい家族になって欲しい。」
両親の顔が浮かんでは消えていく。大丈夫かな?二人のこと忘れちゃわないかな?私、この人たちとうまくやっていける?新しい家族ができて、お父さんとお母さんは悲しまない?
自分のことなのに決断できない。私ってこんなに優柔不断だったかな。
だけどその時、背中を押してくれる声がした。
「大丈夫だ。このご夫婦はこの国で最も信頼できる方達だからな。離れてしまったご両親も…少しは安心できると思う。」
バスクスさんの落ち着いた声が、すうっと沁み込む。そっか、もう会えないけど、その分しっかり生きていかなきゃならないんだ。
そう思うと結論は簡単に出た。
「エドガーさん、ルイーズさん、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。」
そう私が言った途端、狂喜乱舞し始める国主夫妻…誰か止めてくれ!
「ああ本当にうれしい!私のことは『ママ』って呼んでちょうだいね!」
「だったら私は『パパ』だな!こんなに可愛い娘ができるなんて、国主やってて良かったよ。」
「それなら僕は『お兄ちゃん』だね。よろしく、ミホ。」
止めを刺したのは副寮長のリースさんでした。……なんで『お兄ちゃん』??
「そうそう、これがうちの息子なの。ほーんと図体だけでかくなっちゃってねえ。副寮長なんてやってるみたいだから、何か困ったことがあったらすぐに言うのよ。」
「そういうこと。仲良くしようね。」
にこやかに笑う国主ファミリー。…ここに私も入るのか。
◆登場人物◆
エドガー・ワイシス(55)
グレイン国国主。国の代表者。
素敵紳士。学院長とは同級生で、仲良し。
ルイーズ・ワイシス(48)
エドガーの妻。明るく社交的。
首都で花屋を経営している。
パイアー先生(30)
ミホ曰く、ライオンみたいな人。豪快かつ大雑把、でもやるときはやる。
お嫁さん募集中。
ガジュロス先生(32)
ミネハルア学院の校医。見た目は美女、でも男。女装が趣味なだけ。
毎年新入生に夢と絶望を抱かせることを楽しみにしているSな人。