最終話:星降る盾の夜明け、あるいは不眠の王の目覚め
最終決戦、そして大団円。一千年の時をかけた「廃炉」の物語が、今ここに結実します。フィンの見た夢は、過去と未来、そして可能性のすべてが祝福する光景でした。
東の大国、神聖教国。マナを神聖視し、古き理を絶対とする彼らにとって、小国家連合が進める「魔素のインテリジェンス網」と「統一通貨」による経済統合は、神への冒涜であり、自国を脅かす魔女の業に等しかった。
教国は各地に潜伏させた熱狂的な信徒を使い、連合内の都市で破壊工作を仕掛ける。しかし、彼らの動きはすべて、魔素の網を支配するリッカの「目」に捉えられていた。
「信仰心では、ナノ技術の網は潜り抜けられないよ」
リッカの冷徹な采配により、工作員たちは次々に捕縛され、作戦はことごとく霧散した。
追い詰められた神聖教国は、ついに最後にして最大の暴挙に出る。全軍による武力進軍。狙いは連合の中枢、アリシア・アークスハイムが領主を務めるアークステリア。
大陸を埋め尽くすような白銀の軍勢が、地平線を埋め尽くした。
だが、彼らが目にしたのは、攻めるべき城壁ではなく、天を衝くほどの黄金の「光の膜」だった。
フィンの生体核融合炉から供給される無限のエネルギー。それがガーディアン・ガイルの空間固定技術と融合し、物理的な攻撃をすべて熱量へと変換して霧散させる「因果干渉型防衛障壁」。
「……当たらん。神の裁きの雷ですら、あの膜に触れた瞬間に消えるだと!?」
教国の魔導部隊が放つあらゆる術式は、黄金の盾に触れた瞬間に穏やかな燐光となって散っていく。一方で、障壁の向こう側から反撃が来ることはない。ただ、沈黙の壁がそこにあるだけだった。
障壁の外部、教国軍の背後には、アリシア率いる《鉄の梟》が陣取っていた。
アリシアは、愛剣の柄を握りしめ、今にも飛び出さんばかりに身を乗り出している。
「おい、旦那! リッカ! なんで突撃の号令を出さないんだい! 背後はガラ空き、今叩けば一網打尽じゃないか!」
「落ち着け、アリシア。……今、お前が剣を抜けば、フィンが築いた『専守防衛の証明』が台無しになる」
ガルドがその巨大な掌でアリシアの肩を抑える。リッカもまた、冷たい眼鏡の奥で敵陣を見据え、静かに釘を刺した。
「フィンの顔を潰すつもりか、団長。彼は一人も殺さずに勝とうとしている。……その覚悟を、お前の短気で踏みにじるな」
「……わ、わかってるよ! ったく、あの子はいつからあんなに頑固になったんだい!」
アリシアは悔しそうに地を蹴り、剣を鞘に収めた。
だが、この《鉄の梟》の「静かな威圧」こそが、教国軍にとっては何よりの恐怖だった。正面の障壁は突破できず、背後には大陸最強の傭兵団が、ただ「見て」いる。
一戦も交えないまま、精神的に磨り潰された教国の将軍たちは、ついに耐えきれず撤退の喇叭を鳴らした。
一滴の血も流れることなく、連合の勝利が確定した瞬間だった。
戦場の喧騒が遠ざかり、黄金の障壁が静かに消えていく。
その中心にいたフィンは、張り詰めていた緊張が解けたのか、膝から崩れ落ちるようにして、その場で深い眠りに落ちた。
それは、一千年の孤独を癒やすような、穏やかな夢だった。
夢の中で、フィンは見覚えのある白い部屋にいた。
1100年前の原子力発電所。そこには、穏やかに微笑む吉川所長がいた。
「やったな、フィン。君が選んだ道は、正しかったよ」
隣では、佐野宏樹が「最高の計算結果だ」と満足げに笑い、かつての敵であった草薙までもが、肩をすくめて「降参だ」と言わんばかりに笑っている。
フィンは、色とりどりの花が咲き乱れる街道を歩き出す。
辿り着いたのは、あの懐かしいパラレルワールドのサンテス村。
「フィン! おかえり!」
リンが弾けるような笑顔で飛びついてくる。「やったのね、えらいわ、フィン!」
そして、傍らからは、はにかみながら「もう一人のフィン」が近づいてきた。
「おめでとう。……それとね、ありがとう」
二人の自分は、一瞬だけ手を重ね、温もりを分かち合った。
さらに奥では、生身の父ガイルと、優しき母が両手を広げて待っていた。フィンはその胸に飛び込み、二人から力いっぱい抱きしめられる。
空からは、今は亡きあの凶悪な表情の従魔ドラゴンが舞い降りた。フィンをその背に乗せると、ドラゴンは歓喜の咆哮と共に火を吐き、地上では白銀のハクが遠吠えを上げながら風を切って走る。
「……ああ、みんな、笑ってる……」
「――おお~い! フィンが目を覚ましたぞ~!」
ガルドの野太い叫び声で、フィンの意識は現実へと引き戻された。
目を開けると、そこには心配そうに自分を覗き込むガルドと、2メートルを超える鋼鉄の父ガイルの巨躯があった。
周りを見渡せば、アリシア、リッカ、ルミナ、ラウラ、ギバザ……戦い抜いた《鉄の梟》の仲間たちが、涙を浮かべながら笑顔で集まってくる。
「……あれ。まだ、夢なのかな」
フィンの呟きに、父ガイルの重厚な電子音が響く。
『……そういうとき、は、……頬を、ぎゅっと、……つねるんだ。……痛かったら、……夢じゃない』
フィンはためらいながら、自分の頬を強くつねった。
一瞬の鋭い痛み。けれど、それ以上に温かい涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。
「……はは。ほんとだ……。痛い、けど……。全然、痛くないや」
はにかむように笑うフィンの言葉に、仲間たちは一瞬の静寂の後、どっと大きな笑い声を上げた。
アリシアが、ドレスではなく領主の軍服を乱したまま、フィンの頭を乱暴に撫でる。
「当たり前だろう! 痛いに決まってるじゃないか、生きてるんだから!」
空には満天の星が降り注ぎ、新しく完成した「平和の盾」の下で、不眠の王は初めて、安らかな眠りではなく、本当の目覚めを迎えたのだった。
完
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
フィンの「誰も傷つけない勝利」が、1100年前の先人たちの想いと重なるラストシーンは、執筆しながらも感慨深いものがありました。
「頬をつねって痛くない」というフィンの言葉は、彼がどれほどの幸福の中にいるかを象徴しています。
不眠の王が守り抜いた、誰かの寝顔。その物語を、皆さんの心に届けることができて光栄です。
追伸
実は続編の構想もあるのですが、この作品が皆様からどんな評価を頂けるかで、判断しようと考えています。出来るだけ多くの皆さんに受け入れられる作品を書いていきたいので、時間と労力には限界がありますから、また別の作品に注力するか、その羅針盤は皆様の評価になると思いますので、いきなり今回のように長編を書くより、短編にしていくつか出し、もし評価が高い作品があれば長編として書いてみようかなと試行錯誤しています。(ちょっと短編も出してみましたが、結果は芳しくないんですけど)
どちらにしても面白いと思っていただければ、高評価、ブックマーク登録をお願いします。




