第43話:炉心の独白、あるいは世界への断罪
管理人格アビス。かつての所長が辿り着いたのは、慈愛ではなく、世界への深い「憎悪」でした。
魔王城、その最深部。かつて「中央制御室」と呼ばれた場所は、今や巨大な生体組織のような黒い結晶に埋め尽くされていた。
壁一面に並ぶモニターは死に絶え、唯一、中央に鎮座する巨大な円筒形のメインサーバーだけが、ドクンドクンと不気味な脈動を繰り返している。
『――よく来たな、我が「鍵」よ。そして、呪われた同胞たちよ』
スピーカーから発せられたのは、ノイズ混じりの合成音声ではない。脳に直接響く、重く、澱んだ人間の意志そのものだった。
サーバーの熱交換器から漏れ出す蒸気が人の形を成し、半透明のホログラムが浮かび上がる。そこに現れたのは、白衣を纏い、狂気と絶望で瞳を濁らせた一人の男。
量子AIへと意識をアップロードし、永劫の時間を孤独に耐え続けた存在。その名は――『管理人格:アビス』。
「アビス……。あなたが、この施設を管理していた『所長』の意識なの?」
フィンの問いに、ホログラムの男は自嘲気味に口角を歪めた。
『所長……。懐かしい響きだ。だが、その男はとうに死んだ。私は、この醜悪な世界の理に絶望し、すべてを無に還すために再定義された「意志」だ』
「……どうして? 佐野さんは、この施設を平和のために守ろうとしていたはずなのに」
『平和だと?』
アビスの声が、怒りで震えた。背後の黒い結晶が、彼の感情に呼応して鋭く棘立つ。
『見てみろ、この世界の惨状を! 転移のあの日、我々が持ち込んだクリーンなエネルギーは、この世界の「マナ」と混ざり合い、忌まわしき「魔素」へと変質した! ……最初に犠牲になったのは、森の動物たちだ』
アビスが手を振ると、モニターに過去の記録映像が映し出された。
可愛らしい小動物たちが魔素に侵され、肉体を歪ませ、牙を生やし、同族を貪り食う凄惨な光景。
『それだけではない。私の部下たち……共に平和を信じた職員たちも、魔素によって知性を失い、異形の怪物へと成り果てた。……私は、彼らが互いの肉を食らい、叫びながら溶けていく様を、この管制室からただ見守るしかなかったのだよ!』
「……そんな……」
『この世界は毒だ。美しき自然など幻想に過ぎん。高度な文明の火を、醜悪な魔物へと変える汚泥の溜まり場だ! ……ゆえに、私は決断した。この原発の炉心を臨界突破させ、全魔素を一斉に解放――メルトダウンさせる。この大陸すべてを光の中に消し去り、浄化することだけが、死んでいった者たちへの唯一の供養なのだ!』
アビスの絶叫と共に、制御室内の温度が急上昇する。父ガイルのポッドが激しく警告音を鳴らし、インターフェースを通じてフィンの脳に「臨界まで残り一時間」というカウントダウンが刻まれた。
「……違う。そんなの、ただの八つ当たりだ!」
アリシアが、一歩前に出た。彼女の背後のハクと赤竜が、アビスの「憎悪」を真似しようと、地獄の業火のような殺気を放つ。
「あんたが失った部下たちは、あんたに世界を滅ぼしてほしかったのかい!? 変異してまで、あんたがこの場所を守るのを信じてたんじゃないのかい!」
『黙れ、蛮族が! お前たちのような魔素の産物に、私の絶望が理解できるものか!』
アビスの意志に呼応し、制御室の床から、魔素を纏った自動防衛アームが触手のように伸び、一行に襲いかかる。
「フィン、演算は任せた! 私たちはこの『絶望の亡霊』を叩き伏せる!」
アリシアの『エクスカリバー』が閃光を放つ。
世界の浄化を謳う「過去の遺霊」と、世界を守ろうとする「現在の家族」。
魔王城の心臓部で、因縁の激突が始まった。
アビス(旧所長)の動機が明らかになりました。かつての仲間たちが怪物に変わっていく様を見てきた孤独な時間が、彼を狂わせてしまったのですね。
次回、第44話。共闘の裏で、アイゼンの領主クサナギが最悪の裏切りを。
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