第26話:レッドドラゴンの卵と、恐怖の説教タイム
ドラゴンの死。残された卵。欲望に駆られる大人たちを前に、フィンが初めて牙を剥きます。
エリュシオン大森林は、日ごとにその表情を変えていた。
前回、伝説の魔物フィンリルが屠られた衝撃冷めやらぬ中、団長アリシア率いる《鉄の梟》は、再び森の深部へと足を踏み入れていた。目的は「未知の脅威」の正体を突き止めるための威力偵察。
だが、一行の前に現れたのは、またしても信じがたい「死」の光景だった。
「……嘘だろ。今度はレッドドラゴンかよ」
斥候のルミナが空から舞い降り、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
目の前には、森の王座に君臨するはずの紅蓮の巨躯が、無惨に転がっていた。火炎を吐く隙すら与えられなかったのか、その喉元にはフィンリルの時と同じく、精密機械で抉り取ったような「穴」が開いている。
「姉御、こいつを見てくれ」
副団長のガルドが、ドラゴンの亡骸の傍らにあった巨大な岩の陰を指差した。
そこには、一つだけ、奇跡的に無傷のまま残された深紅の卵があった。
「おおう……ドラゴンの卵か! こいつはたまげた」
「おいおい、これ一つで金貨何百枚になるんだ?」
「いや待て、ドラゴンの卵ってのは滋養強壮に最高だって聞くぜ。これだけデカけりゃ、団員全員で分けても腹一杯食えるぞ!」
殺伐とした空気の中、食欲旺盛な団員たちが色めき立つ。高級食材、あるいは高額な換金アイテム。傭兵としての本能が、目の前の「お宝」に群がろうとしたその時。
「わあ……すごい、まだ温かい」
遅れて合流したアリシアが、卵に駆け寄った。彼女の瞳は、美食への欲望ではなく、別の「不純な動機」で爛々と輝いている。
「リッカ! 見てごらんよ、このツヤ! この曲線美! もしかして、孵ったらトカゲみたいにちょこちょこ動くのかい? フィン、これ、うちで飼えないかな!?」
「姉御、さすがにドラゴンは無理ですよ……。というか、皆は『食べよう』って話をしてます」
「食べる!? こんなに可愛い卵をかい? ……でも、確かにドラゴンの目玉焼きは一生に一度は食べてみたい気も……」
アリシアの葛藤が始まった。もふもふ好きと食い意地のデッドヒート。
その場の空気は、完全に「この卵をどう調理(あるいは換金)するか」という方向へ流れようとしていた。
「――そこまでです」
凍りつくような、けれど静かな声が響いた。
全員が振り返ると、そこにはいつになく険しい表情をしたフィンが立っていた。
「フィン、お前も食べたいのか? 分かってるって、一番いいところを――」
「全員、そこに正座してください」
「……え?」
「聞こえませんでしたか? 団長も、ガルドさんも、リッカさんも。全員、今すぐそこに並んで正座です」
フィンの背後には、量子AIサンテスが展開する青白い幾何学模様が、冷徹な威圧感を放っていた。その迫力に、大陸最強を自負する傭兵たちが、蛇に睨まれた蛙のように沈黙し、言われるがまま地面に膝をついた。
巨漢のライオン獣人ガルドも、最強の女剣士アリシアも、森の中で一列に正座する。
「いいですか。皆さんは今、目の前で親を殺されたばかりの『命』を前にして、食べるとか売るとか、そんな話をしたんです」
「……いや、でも、俺たちは傭兵だし、弱肉強食が――」
「理屈ではありません!」
フィンの声が震えていた。
「僕たちは知っているはずです。大切なものを奪われる痛みを。家族を失う悲しみを。この卵の中にいる子は、まだ何も知らないんです。お母さんが殺されたことも、自分が独りぼっちになったことも……!」
フィンの脳裏には、実験施設で冷たい液体に浮かぶ父・ガイルの姿が、そして光の塵となって消えたリンの姿が重なっていた。
「命は、対価を支払うための道具じゃない。……僕がこの卵を村へ持ち帰ります。文句がある人は、僕が相手をします」
フィンが、自作の魔導デバイス(現代科学の知識を応用した高出力発振器)を構える。その指先には、サンテスの超演算による『世界の理』を書き換えるほどのマナが充填されていた。
「……参ったな。あんな顔されたら、手も足も出ねえ」
ガルドが溜息をつきながら、正座のまま苦笑した。
「姉御、どうします?」
「……決まってるじゃないか。フィンがあんなにかっこよく怒ってるんだ。逆らえるわけないよ。それに……」
アリシアは、フィンの目に浮かんだ涙を見逃さなかった。
「あの子に『お説教』されるのも、悪くないね。……よし野郎共! この卵は《鉄の梟》の保護対象だ! 殻一つ傷つけることは許さないよ!」
その夜、村の防壁近く。
フィンはハクと共に、持ち帰った卵に付き添っていた。
(サンテス、卵の状態は?)
『生体反応、微弱ですが安定。孵化まで推定48時間。……ですがマスター、森の「赤い光」の波長が強まっています。ドラゴンの親を仕留めた個体は、この卵の回収もプログラムに含まれていた可能性があります』
フィンは卵を優しく撫でた。
(……来ればいい。今度は、何も奪わせないから)
暗闇の向こう、森の深部から「ウィィィィン……」という、この世界には存在しないはずのモーターの駆動音が、静かに、確実に近づいていた。
怒ったフィンくん、怖かった……けど、素敵でしたね! 団員全員が正座して説教されるシーンは、まさに《鉄の梟》の力関係(?)を象徴しています。
さて、いよいよ卵の孵化が近づきますが、忍び寄る「駆動音」の正体は……?
評価・ブックマークで応援、よろしくお願いします!




