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第25話:鏡合わせの「可愛い」

新しい家族・ハクとの穏やかな時間。しかし、その裏では運命の歯車が残酷な音を立てて回り始めていました。

村への帰還は、勝利の凱旋とは程遠い、重苦しい緊張感に包まれたものだった。

「伝説の魔物フィンリルが、正体不明の何者かに屠られた」という事実は、傭兵団《鉄の梟》の面々に、これまでにない危機感を抱かせていた。


だが、そんな張り詰めた空気を一瞬で霧散させたのは、フィンの腕の中で丸まって眠る「銀色の小さき命」だった。


「……リッカ、ちょっといいか」

副団長のガルドが、野太い声を抑えて参謀に耳打ちする。

「なんだ旦那、藪から棒に」

「あいつだ。あのチビだ。……反則じゃねえか?」


ガルドの視線の先では、フィンが村の広場の切り株に座り、ようやく目を覚ました子狼と向き合っていた。

子狼はまだ手のひらに乗るほどの大きさで、銀色の毛足が柔らかく波打っている。その大きな瞳が、不安げにフィンの顔を見上げていた。


「君の名前、何にしようか」

フィンが優しく微笑む。

「僕の故郷ではね、白い星のことを『シロ』って呼んでたんだ。でも、君の毛並みはもっと綺麗な銀色だから……『ハク』っていうのはどうかな?」


「クゥ……ワン!」

子狼――ハクは、まるで言葉を理解したかのように短く吠え、嬉しそうにフィンの膝の上で跳ねた。


その瞬間だった。

「……っ!」

広場で見守っていたアリシアが、あまりの尊さに自分の胸(岩石級と名高い残念おっぱい)を強く押さえて悶絶した。

「あ、姉御!? 落ち着いてください、城門をへこませる時みたいな音がしてますよ!」

「うるさいよリッカ! 見てごらんよ、あのハクっていう子が、フィンの仕草を真似してるんだよ……! ああ、世界が輝いて見える……!」


アリシアの指摘通り、ハクはフィンの挙動をじっと観察していた。

フィンが不思議そうに小首を傾げると、ハクも短い首を一生懸命に右へ傾げる。

フィンが「あはは」と照れくさそうに頬を掻くと、ハクも前足を持ち上げて、自分の耳のあたりを器用にポカポカと叩く。


「……っ、ぐはっ!」

団員の一人が、鼻血を押さえて崩れ落ちた。

「おい、衛生兵! 早くしろ、脱落者が出たぞ!」


だが、悲劇(あるいは喜劇)はそれだけでは終わらなかった。

ハクの愛らしい仕草を見ていたフィンが、ふと思いついたように、ハクの真似をして「がるるー」と小さく唸り、両手を猫の爪のように丸めて威嚇のポーズをとったのだ。


「がおー、だよ。ハク、こうやるんだよ?」


夕暮れの柔らかな光に照らされたフィンの姿。

少しだけ幼さを残した顔に、一生懸命な表情。そして、真似をしている本人が一番「可愛い」という自覚がない無垢な瞳。


静寂が広場を支配した。

次の瞬間、ガルドが重厚な盾を地面に突き刺し、天を仰いで慟哭した。

「……神よ。俺はこれまで数多の戦場を生き抜いてきたが、これほどまでの破壊力を前にしては、無力だと言わざるを得ない」

「旦那まで何を……。だが、否定はできんな」

リッカもまた、愛用の眼鏡を拭いながら、どこか遠い目をして呟いた。

「知的好奇心がどうとか言う前に、生存本能が『これを守れ』と叫んでいる。アリシア団長、作戦変更を具申します」

「却下だよリッカ! 言われなくても分かってる! あの二人を傷つける奴がいたら、この世界の果てまで追い詰めて、大剣で塵も残さず叩き潰してやる!」


アリシアの咆哮は、もはや傭兵団の団長としての指示ではなく、一人の「限界オタク」としての決意表明だった。


その夜、宴の席でもフィンの周囲には常に誰かがいた。

団員たちは、代わる代わるハクに干し肉の端切れを差し出し(フィンに『まだ子供だから塩分が強いものはダメです』と叱られ、正座させられるまでがセットだった)、フィンの頭を撫でては、自分たちの荒んだ心が洗われていくのを感じていた。


しかし、そんな温かな空気の裏側で、フィンの脳内には冷徹な電子音が響いていた。


『マスター、ハクと命名された個体のバイタルを確認。正常です。……ですが、一点報告が。彼が親を失った現場に残留していた微細金属片の解析が完了しました』


フィンは、ハクを撫でる手を止めずに、脳内でサンテスに応答する。

(……結果はどうだったの?)


『組成の85%が、未知のセラミック合金。そして残り15%に、この世界の物質ではない「放射性同位体」の反応を検出しました。これは、かつて佐野宏樹氏が管理していた施設で使用されていた、冷却材の漏洩成分と一致します』


フィンの指先が微かに震えた。

(……じゃあ、あの子のお母さんを殺したのは、僕の故郷を奪った帝国なの?)


『断定はできません。ですが、あの傷口の滑らかさは、高出力レーザーによる熱切断の可能性が高い。現在の帝国の技術水準を、遥かに凌駕しています。……マスター、何かが「目覚めて」います』


ふと、フィンは視線を感じて顔を上げた。

暗闇の向こう、村を囲む防壁のさらに先。森の深淵から、無機質な「赤い光」が自分を見つめ、瞬き一つせずに観測しているような、そんな錯覚に囚われた。


「フィン? どうしたの、顔色が悪いよ」

アリシアが心配そうに覗き込んでくる。その豊満すぎる胸が視界を遮り、物理的な圧迫感とともに、現実へと引き戻される。


「あ、いえ……何でもありません。少し、考え事をしていただけです」

「そうかい? お疲れなら、私の特製ウールベッド(第22話で収穫したもの)で一緒に寝るかい? もふもふだよ?」

「それは……遠慮しておきます。僕、眠らなくても大丈夫なので」


フィンは苦笑いしながら、膝の上で丸くなるハクを抱き上げた。

温かい。心臓がトクトクと脈打っている。

この温もりを守るためなら、相手が近代兵器だろうが、かつての世界の遺物だろうが、自分は戦う。


フィンの瞳の奥に、幼い少年のものとは思えない、冷たく鋭い「科学者」の光が宿った。


その頃、帝国の最奥――。

将軍ゾルザルは、目の前に投影された「ノイズ混じりの映像」を見つめていた。


「……面白い。サンテスの正規権限を持つ個体が、傭兵風情と戯れているとはな。サンプルとしての価値が跳ね上がったぞ」


ゾルザルの傍らには、液体に満たされた円筒状のポッドが並んでいた。

その一つの中には、無数のケーブルに繋がれ、生気のない表情で浮遊する、フィンの父・ガイルの遺体があった。


「起て、ガイル。お前の息子が、すぐ近くまで来ているぞ」


暗い研究室に、機械の駆動音だけが虚しく響き渡った。

ハクの真似をするフィンくん、可愛すぎましたね……。でも最後のゾルザルのシーンで、一気に血の気が引きました。お父さんが……あんな姿に。

フィンはハクを守りきれるのか? そして北から迫る赤い光の正体は?

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