第22話:もふもふの誘惑と、剥がされた威厳
傭兵団の日常回です。アリシアの意外(?)な弱点と、団員たちの賑やかな様子を描きます。
「よし野郎共! 今日は晩飯の肉を稼ぐぞ! 獲物はその辺の雑魚じゃねえ、奥に潜む大物だ!」
エリュシオン大森林の深部、木々をなぎ倒すような豪快な声が響く。最強傭兵団《鉄の梟》の団長、アリシアだ。彼女が背負うのは、大の男が5人がかりでも持ち上がらないという、もはや鉄の塊に近い超大剣。最近、団に加わった少年フィンに「魔素による金属疲労が蓄積している」と指摘された代物だが、彼女が振るえばそんな理屈は関係ない。
「応よ、姉御!」「旦那、左は任せたぜ!」
団員たちが、副団長のライオン獣人ガルド――通称「旦那」――を中心に陣を敷く。彼らの前には、森の暴君たちが立ちふさがっていた。
「グルアアアッ!」
三つの首を持つ巨虎『トライヘッド・サーベル』、そして皮膚が岩石のように硬化した巨大な猪『キャッスル・ボア』。並の冒険者パーティなら壊滅必至の魔物たちだが、《鉄の梟》の面々は笑っていた。
「遅いんだよッ!」
ハーピィ族のルミナが空から急降下し、鉄兜をも握りつぶすその両足の爪でトライヘッドの首を一気に引き裂く。同時に、ガルドが城門のごとき分厚い盾を構えつつ、鉈のような双剣を振るった。
「ふんぬっ!」
双剣の一閃がボアの突進を真っ向から受け流し、その巨体を横に一刀両断する。まさに「双剣の獅子」の二つ名に相応しい剛力だ。
だが、真打ちはその後に現れた。
ズシン、ズシンと大地を揺らし、白い山のような影が姿を現す。
「……ありゃあ、『ギガントキラーシープ』か」
リッカが髭を震わせながら呟いた。ダンプカー並みの巨体。しかしその全身は、雲のように白く、弾力に満ちた極上のウールで覆われている。
「野郎共、どいてな! こいつは私がやる!」
アリシアが前に出る。その瞳は、獲物を狙う狩人の……いや、何か別の、もっと狂気じみた情熱に燃えていた。
「はああああっ!」
彼女が地を蹴ると、その圧力だけでクレーターができる。目にも留まらぬ速さでギガントキラーシープの懐に潜り込むと、彼女は大剣を振るわず、素手でその巨体を……抱きしめた。
「なっ……!?」
「これだ……この弾力! この質感! ずっと探してたんだよおおおっ!」
アリシアは絶叫しながら、魔物の腹に顔を埋めてスリスリと頬ずりを始めた。本来は気性の荒い狂暴な魔物だが、アリシアの規格外の怪力でホールドされ、逃げることすらできない。
「メ、メエェ……!?」
「あああ、もふもふ、もふもふが足りない! いっぱい、いっぱいいいい!」
アリシアは悶絶する魔物をそのまま地面に叩き伏せると、腰のナイフを抜き、凄まじい手際で毛を刈り始めた。数分後、そこには毛を丸裸にされ、ショックで白目を剥いて気絶した魔物の姿と、山のような高級ウールが残された。
村のキャンプ地に戻ったフィンは、目の前の光景にあっけに取られていた。
アリシアの私用テントが、内側からパンパンに膨らんでいる。隙間からは白い毛が溢れ出し、中でアリシアが「ふふふ……万歳……」と幸せそうな声を漏らしていた。
「あ、あの……リッカさん。これは一体?」
フィンが困惑して尋ねると、ネズミ獣人の参謀リッカが深く、深く溜息をつきながら答えた。
「ああ、フィンか。……見ない方がいい。うちの姉御は、ああ見えて重度の可愛いもの・もふもふジャンキーなんだ。戦場じゃ城門を胸でへこませるような化け物だが、中身はあれだ」
「……あ、アリシアさん、幸せそうですね」
「呆れていいんだぞ、フィン。本来ならあの魔物の肉や素材を持ち帰るはずだったんだが、あいつ、毛だけ刈って満足して帰ってきやがった。おかげで今日の晩飯は干し肉だ」
リッカは、かつてアリシアの胸が「岩石級の残念おっぱい」だと知ってからというもの、彼女に対しては完全に悟りの境地に至っていた。
「フィン、お前も気をつけろよ。姉御はな、本当はお前をそのテントに連れ込んで一日中抱きしめたいのを、自分の怪力でお前が折れるんじゃないかって必死に我慢してるんだからな」
リッカの言葉に、フィンは少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。
テントの中から「フィン君……次はフィン君を……」といううわ言が聞こえた気がしたが、彼はそっと耳を塞いだ。
もふもふの誘惑には勝てなかったアリシアさん。次回はフィンの神業が村を救う、ほのぼの(?)回です。
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