◇32
「よしっ! まだ起きてない心配事はいったん置いておいて。目先のお仕事を進めましょうか」
ぱちん! とカーラが手を叩く。
あっけらかんとした声に、執務室の空気が軽くなる。
「来月は忙しいわよ?」
カーラがイタズラっぽく、シーラに目配せする。
そうだ、シーラには大切な仕事が控えているのだ。
「お祭りは、予定通りできるかな?」
来月は街をあげての祭りが予定されていた。
中心部の大広場では、スマラグドス家がスポンサーとなり、ケイトたちも屋台を出す予定だ。
「お肉もたくさん手に入ったしね!」
ワイバーンの肉は、祭りで振る舞える量は十分に確保できたし。
メニューもあらかた決まってきていたけれど、先日の収穫により、ワイバーンの肉料理もメインのひとつに躍り出るだろう。
「お祭りがあるの?」
サラサが首を傾げる。
「そっか、サラサは初めてね。昔々この領地を守ってくれた土地神にまつわるお祭りなの。皆で平和に感謝する日でもあるわ」
そうだ。お祭りの先輩として、シーラがいろいろと教えてあげなければ。
「忙しくなるわよ、覚悟してね!」
◇
「白、どう思う」
子供たちの声が遠ざかってから、コランは問う。
執務室に残ったのはコランと白のみ。
白は赤い目を閉じて、息を吐いた。
「あやつの気配と全く同じでは、無いですな。しかし、似ているかと」
キオもそう言っていた。
いやな感じがすると。
「少女は石を拾った場所をはっきりと覚えていた。この石以外にも周辺に同種のものがないか、キオに確かめてもらっておる。依代は石に限らないかもしれないが。同種の気配がないか、時間をかけて調べてもらうよ。彼が戻り次第、分析を始めよう」
「ああ、頼んだ」
彼らに任せれば大丈夫だろう。その信頼に嘘はないが。コランは胸に芽生えた不安に、目を瞑ることができなかった。
「これから、同じことが増えるかもしれん」
「部下にも周知いたす。わずかな違和感を見落とさないように」
「ああ。杞憂に済めば良いのだがな。警戒は怠らないでくれ」
「承知した」
◇
「ここで遊ぶのもしばらくお預けかな」
つまらなそうに呟きながら、セージがボールを器用に足で操り、こちらに蹴り出した。
カイもボールを受け止め、また蹴り返す。
「明日くらいには、設営の資材が運び込まれるってよ」
いつもは子供たちの遊び場になっている中央広場も、祭りの日にはたくさんの屋台がたち人がごった返す。
祭りが近づくと、子供たちの遊びも禁止されるのだ。
まぁその期間は親たちはもちろん祭りに向けて忙しくなり、カイたち子供も猫の手よりはマシだと手伝いに駆り出されるから、どっちみち遊ぶ時間なんてないんだけど。
「今日は思いっきり遊ぼうぜ! ────あっ! ごめん!」
「思いっきり蹴りすぎだろ!」
セージの暴投を笑いながら追いかける。
危うく水路に落ちそうになったボールを、すんでのところで救助した。
────ん?
「なぁ、これなんだ?」
水路の横に、見たことのない黒い塊が落ちていた。
石のようだけれど、磨いたようにつるつるとして、黒い表面にはカイのそばかすまで映っている。
大きさはボールと同じくらいだろうか。
なんだなんだと覗きにきたセージも、脂肪のついた太い首をかしげる。
「見たことない石だな、どれ」
よいしょ、と持ち上げようとして、セージが手を滑らせた。
ボチャン! と大きな音を立てて、石は水路に落ちてしまった。
「やばっ」
眉尻をこれでもかと情け無く下げて、セージがカイを振り返った。
「大事なものだったりするかな?」
え、とカイは一瞬口ごもる。
「……ううん、大丈夫じゃない? 宝石の類ではなさそうだったけど。ま、ただツルツルした石だったってことで」
そういうことにしておこう、面倒なことになるのも嫌だし。
「そ、そうだよな」
セージがあからさまにホッとした顔をする。
「なぁ、もうちょっとあっちで続きやろうぜ。ボールが落ちたら困るし」
「そうだな」
場所を変えて仕切り直してみたものの、なんだかいまいち盛り上がらなくて、いつもより早々に解散することになった。
帰路の途中でセージと別れ、足早に家を目指しながら、カイは自分に語りかける。
────大丈夫、大丈夫、ただの石だよ、怒られやしないよ。
頭ではわかっているのだ。
なのになぜ、こんなにも不安に胸がざわつくのだろう。




