01.りく
こんこん、と扉をノックする音がした。
「そら、りく、入るわよ?」
返答を待たず部屋に入ってきたのは、意思の強そうな目をした赤髪の女性だった。目の覚めるような赤の軍服を纏っている。彼女はロサ・ファートゥムを守るたった一人の将軍。
「あかりちゃん!」
そらが嬉しそうに駆けていき、躊躇なくその女性の胸に顔をうずめた。
ボクもそれに続きたかったんだけれど、さすがに躊躇なく抱きつけるような歳じゃない。その点では、無邪気なそらがちょっとうらやましかったりもする。
抱きついてきたそらの頭を撫でながら、その女性はボクに向かって笑った。
「元気にしてたかしら?」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう、あかりちゃん」
「ならいいのよ。ここのところ」
あかりちゃんは――ロサ・ファートゥム最強の将軍朱莉は、紅の瞳に哀愁をにじませた。
「敵の攻撃が酷くなってきたから、そらたちが疲れていやしないかと思って」
それを聞いて、そらは眉をきゅっと寄せた。
「疲れてるのはあたしたちじゃなくて、あかりちゃんの方だよ!」
「そうだよ、あかりちゃんずっと働きっぱなしじゃないか! ボクもそらも平気だから、あかりちゃんが休んでよ!」
「私は大丈夫よ」
笑ったあかりちゃんだったけれど、疲労の色は隠せない。
当たり前だ。世界中で唯一、歌姫を有するこの都市は、周辺都市からの攻撃が激しい。防御の陣頭指揮をとっているあかりちゃんにすべての負担がかかっているのは仕方ないと言えば仕方ない事だ。
だから、ボクらは戦っている。
城内に、警鐘が鳴り響いた。
「そら、出動要請」
「聞こえてる」
そう答えたそらは、幼いながらも凛とした眼差しをボクに向けた。
「そら、りくっ」
あーちゃんの声で振り向いた。
「帰ってきたら、歌姫に会わせてあげるわ。ずっと会いたがっていたでしょう?」
「ほんと! 嬉しい!」
「ありがとう、あかりちゃん!」
あかりちゃんが複雑な表情でボクらを見ている。
彼女に心配かけないように、ボクらは笑う。
「「いってきます!」」
そう言って、二人並んで部屋を飛び出した。
そしてまっすぐに道化機械のドッグへと向かっていく。
「敵は?」
「海上連合軍のヴォラーレ部隊、8機中6機が水中戦闘可能な最新機で2機は速度重視のヴォラーレ特化型らしい。定石から行けば、上空からの援護を断つために特化型を先に潰すんだけど」
ボクが言うと、言い終わる前にそらの返答が投げられた。
「じゃあ、りくの言うとおりにしよう」
そらのそっけない対応を、肩を竦めて受け止めた。
彼女が道化機械に乗るのは、敵を殲滅させたいわけでも戦いたいわけでもないから。
「わかってるよ、そら。そらはただ歌ってくれればいいんだ。あとは全部ボクがやる」
「お願いね」
金の髪を束ねる大きなリボンを揺らす少女は、少し振り向いて返答した。
その笑顔を見て、ボクは軽い自嘲の言葉を口にする。
「歌うだけなら姫にも出来る。そうだろ、そら」
「……それって、あたしをバカにしたの? あたしは人間よ、機械なんかじゃない」
そらは、不機嫌な声で返し、今度は怒りを示すように口をへの字に曲げた。
「ただ歌う事しかできないボクらが、歌う事しかできない歌姫を否定したら、それは自分自身の否定だろ?」
「……りくはたまに意地悪よね」
同じ顔をしたボクらは顔を見合わせて笑い、ドッグの扉を開けた。
目の前には、漆黒の機体が横たわっている。
その機体に二人並んで搭乗し、準備が整った事を司令部に告げた。
「行こうか、そら」
その言葉に対する返答はなく、その代わりに美しい歌声が機内を包み込んだ。