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エピローグ


 青白いそらの頬を撫でて、血に染まった大きなリボンをといて。

 周囲の壁がどんどん崩壊していくのを、ぼんやりと見ていた。

 ボクは、世界の崩壊になんて興味なかった。

 歌姫の奏でる旋律は物悲しくボクの耳を刺激したけれど、そんなこともどうでもよかった。

 ボクが聞きたいのは、そらの声だけだった。

「そら」

 歌姫の旋律が途切れていく。

 モニターの中の彼女の姿も霞んでいく。

 彼女だけじゃない、世界全てが曖昧になっていた。

 その中で、腕の中のそらの感触だけが現実だった。

「……そら」

 心の底から彼女が大切だったのだと思い知らされた。

 今更過ぎる。

 どうしようもなく、今更過ぎるだろう。

 ただ守るよ、だなんて無責任な事を言って、曖昧な言葉で彼女を振り回したのはボクだ。一瞬の動揺で歌姫に心を向けて、彼女から目を離したりなんかしたから。

「……あぁ」

 頬を伝っていた涙に頓着出来ぬほどの後悔が全身を支配した。

 本当に、どうしようもなく大切だったんだ。

 そんなこと知っていたはずなのに――

 どうして、こうなってしまうんだろうな。

「そら、起きて」

 本当に気付くのが遅くて、遅くて、どうしようもないボクだったから。

「起きて」

 毒りんごを食べても生き返ったっていう、あの昔話が本当だって言うのなら。

 ヒヤリと冷たい彼女の唇に、そっと口付けた。

 それでもそらの唇は動かなかったし、もちろん声も聞けなかった。

 喉の奥から、嗚咽が漏れた。

「……声が聞きたいんだ、そら」

 目を開けて、いつものように、笑って、ボクを見て。

「そら……」

 ボクだけはその名を最後まで呼んであげるから。

「そら……そら……」

 何処までも白い世界が包み込む、崩壊寸前の世界で。

 何度も、何度もその名を呼んだ。

「消えないで、そら」

 世界が崩壊していく。

 乱れた韻律は世界を支えきれず、少しずつ壊れてきた世界は、歌姫の最期の子守唄によって一気に崩落していった。

 さらさら、さらさらと崩れていく音がする。

「お願いだ、壊れないで」

 ボクが崩壊を願ったのに。

 ボクは最後までワガママなんだな。だからそらに悲しい思いをさせちゃうんだ。

 でもせめて、彼女が目を覚ますまで。

 もう一度彼女の声を聞くまで。

「壊さないでくれ……!」

 きっと、そらが以前に呟いた通り、もうこの世界に神はいないのだろう。

 それでも、世界の崩壊が止まるよう神に願わずにはいられなかった。

「そら……っ」

 頭の中に今も残るのは、世界を崩壊へと導いた最後の子守唄。


――崩壊の子守唄?


 ボクはその瞬間、気付いた。

 あの旋律が崩壊だとしたら、それを逆に再生したなら――

 一度聞いたきりだというのに、脳裏に焼き付いてしまったあの唄を、最後の音から順に紡ぎ出す。

 崩壊を止めて。

 そらを消さないで。

「La - ah - ah - Lu - lu - uh ……」

 想いと共に旋律が響きだす。

 壊れないように……消えないようにと。

 小さくなった世界中に響き渡る。

 きぃん、と何かが弾けるような甲高い音がした。きぃん、きぃんと重なり合って新しい多重奏(オーケストラ)を奏でていく。



 世界の崩壊は、停止した。





 ボクは、歌い続けるよ。

 君が目覚めるその時まで。


 この声の続く限り。


 崩壊していく世界を、ただ君の声を聞くためだけに留めながら――






 最期の人形アダムは、崩壊していく世界で、子守唄を繰り返し歌いながら、今も歌姫イヴが目覚めるのを待っている。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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