15.やまと
「……ヤマト」
あーちゃんの声がした。
「ヤマトっ」
必死な声に、僕は意識をゆっくりと覚醒させた。
「……あーちゃん」
目の前にあーちゃんの心配そうな声。
あ、もしかしてここはあーちゃんの膝の上だろうか。
そう思って頬を緩めると、あーちゃんの平手が待っていた。
「あーちゃん、ひどい……」
まあでも、振り落とされなかっただけマシか。
全身が鈍く痛んだけれど、動けないことはなさそうだった。
でも、あーちゃんの膝の上に頭をのせられる事なんてそうそうない事だから、動けないふりをしてもう少しだけ堪能しようと思った。
「そらちゃんとりくくんは?」
「敵機殲滅後に、ロサ・ファートゥムへ帰還したわ」
「そう、よかった」
ここはどうやら海に墜落した道化機械の上のようだ。波に合わせるやんわりとした揺れが心地よい。
「ねぇ、あーちゃん」
「何?」
「さっき歌姫を再インストールする時にね、マスターの設定をりく君の声にしておいたんだ」
「何ですって?!」
「ごめん、あーちゃん。かぐやをアンインストールして、あーちゃんと一緒に戦場に出た時点で、僕はもうあの場所に戻るつもりがなかったから」
そう言うと、彼女は大きくため息をついた。
「……貴方はいつもそうよね。肝心な事は絶対に私に話さずに勝手に決めてるんだから」
「だからさぁ、あーちゃん。一緒にどこか遠くに行こうよ。世界の端でもいい。海の真ん中でも、どこでもいいんだ」
「どこでもって……」
「でもね、世界が崩れる時は一緒にいたいんだ」
そう言うと、あーちゃんはみるみる真っ赤になっていった。
「ねえ、あーちゃん」
返事を促すと、あーちゃんはますます僕から目をそらす。
ところがその時。
世界が急に崩壊し始めた。
さらさら、とこれまでと比べ物にならない速度で蒼穹が崩れ始める。白い星の筋が崩れ始めた空を埋め尽くし、僕の髪と同じ色をした砂のような粒が天から毀れ落ちてきた。
崩壊した世界の欠片だった。
そして、耳に届いたのは歌姫の奏でる旋律だった。
「かぐやが唄ってる。これは……」
前のかぐやには、絶対に使わないように、って言い聞かせていたはずの崩壊の子守唄。
そうか、りくは『そっち』を選んだんだね。
「世界が壊れる……」
あーちゃんは茫然と空を見上げて呟いた。
「あーちゃん」
僕は手を伸ばして、あーちゃんの頬に触れた。
怒られるかな、と思ったけれど、意外にもあーちゃんは僕の手を振り払わなかった。
紅の瞳は優しく僕を見下ろしていて、口元は軽く微笑んでいるように見えた。
あーちゃんと二人で世界の終わりを迎えられるいまが最高に幸せだなんて言ったら、あーちゃんは怒るかな?
一人でも真っ直ぐに背筋を伸ばしてみんなを導くことのできる将軍。
彼女はとても強いから。
「ヤマト」
彼女は僕の名を呼んだ。
そして、ゆっくりと僕の耳に唇を近づけて、そっと囁いた。
――最後に、貴方の歌が聞きたい
僕はそれを聞いて、ゆっくりと体を起こした。
「そんなこと言わないで。僕だってあーちゃんの歌が聞きたいんだから」
隣に座って、赤くなってるあーちゃんのほっぺたを指で撫でて。
「一緒に、歌おう?」
真っ赤になって頷いたあーちゃんはびっくりするほどかわいかった。
今だったらあーちゃんにキスしても怒らないかなあ?
でも、世界の最後に殴られるのもいやだなあ、なんて。
逡巡していると、あーちゃんはふいに眼を閉じた。
いいの?
いいのかな?
殴られたりしないかな?
「大好きだよ、あーちゃん」
あーちゃんの耳元にそっと囁いて。
大好きな彼女の唇にそっと触れた。




