14.りく
戦場を二機の道化機械が舞う。
凄まじい攻撃力で次々敵機を沈めていく深紅の機体と、鋭い動きで敵機を翻弄する漆黒の機体。
まるで息を合わせたように、押し寄せる敵機を次々破壊していった。
あかりちゃんとヤマトが乗る深紅の道化機械は、ボクとそらが乗る道化機械の背後を守り、援護するようにして戦っている。
あかりちゃんの歌はゆるぎなく、時に激しく、時に高らかに戦場に響き渡った。
「そら、もっと速く!」
ボクの声でそらがメロディを追う速度を上げる。
「もっと!」
RV-00はかなり損傷していて、いつものように、とはいかなかったけれど。
それを補うためにボクはそのそらの声に合わせて一緒に旋律を奏でる。
だってボクらは双子だから。
そらの声とボクの声は混ざり合って一つの歌になり、戦場に響き渡った。
しかし、ボクらを庇ってあかりちゃんたちの乗る道化機械が敵機の攻撃を受けた。
「あかりちゃん! ヤマト!」
ボクは思わず叫んだが、そらの歌声は揺るがなかった。
墜ちていく深紅の機体を追って息をのむ間もなく、あかりちゃんたちが押しとどめていてくれた敵すべてがボクらに向かって襲いかかってくる。
そらの声は澱みなかった。澄んだ声が響き渡り、複雑な旋律を正確に奏でていく。
「そら、残機が一ケタになったら『魔王』で一掃するよ!」
道化機械のエネルギーは、歌と旋律。
エネルギー切れは即ち制御の行動不能を意味する。
そうなってしまう前に――
「そら、『魔王』だ!」
ボクの声と共に、そらが最強の攻撃を放つ旋律『魔王』を歌い始める。
全方位クラスター砲。
戦場は深紅の光に包まれた。
赤い光が引いていく。
後に残るのは、白い筋を残して墜ちる星に埋め尽くされた蒼穹だけ。
その蒼穹に、たった一機、敵が残っていた。
損傷の為に、砲がいくつか発動しなかったのかもしれない。
「そらっ!」
ボクの声に反応してそらが旋律を変える。
複雑な旋律のチャルダッシュ。
RV-00の両掌から長いブレードが飛び出した。
何の慈悲もなく、そのブレードは敵機を真っ二つに切り裂いた。
「そら! やったよ、これで全部だ!」
そらの声は揺らがなかった。
最期の敵を撃墜した後も、優しくて悲しい響きは消えなかった。
見渡す限りの蒼穹に鎮魂歌の旋律が静かに響き渡る。
ここからそらの表情は見えないから分からなかったけれど、俯いたそらはとても苦しそうに見えたから。
ボクは迷わず進路をロサ・ファートゥムに向け、帰還した。
みんな避難してしまったドッグはほとんど空っぽだった。整備用の工具が散乱する中、無理やり着地したボクはすぐにRV-00を飛び出した。
そらの声はいつの間にか消えていた。
すぐ、ボクはそらの座席を開ける。
「そら、着いたよ! すぐ医務室に……」
その時、ぬるりとした感触が掌に伝わった。
あれ、おかしいなと思ったのは一瞬だけだった。
むせ返るような血の匂い。
ボクは、息をのんで、目の前の状況を確認した。
何度確認しても、答えは同じだった。
「……言っただろう?」
医者でない自分にだって分かる。
これだけの血が、こんなに小さな体から流れだしてしまったら、もう――
「だからそらは……馬鹿なんだって」
ボクの声は震えていた。
座席が真っ赤に染まっていた。とても一人の人間に入っていたとは思えないほどの量だった。座席部分はまるで雨の後の水溜り。背もたれ部分はまさに真紅一色で描かれたヴァンガルド。
あり得ない光景に、脳髄が麻痺していた。
「そら」
うわごとのようにボクの口から彼女の名が漏れた。
真っ赤な座席からそらを助け起こして、ボクはふらふらと歩きだした。
皆どこへ行ったのだろう?
そらが命がけで守った人たちは、今いったいどこにいるのだろう?
驚くほどがらんとした基地を、そらを抱いて歩きながら、ボクはぼんやりと考えていた。あかりちゃんがいつも指示を出していた司令塔にも、誰もいなかった。
まるでロサ・ファートゥム全部が空っぽになってしまったみたいだった。
魂を失った亡者のように、ボクは基地を徘徊した。
そのうち、気がつけば、かつて歌姫のいた最上層にやってきていた。
ここがすべての始まりだったんだ。
暗闇の中に足を踏み入れる。周囲に光はない。
叩きつけるように歌声を上げると、周囲がパッと明るくなった。
大きな機械がぶぅん、と唸りを上げて動き始め、大きなモニターが点灯した。
「……?」
視界の隅に、緑の髪が揺れた気がしてボクはモニターを見上げた。
「……かぐや」
ボクの声に反応し、機械全体が動き出した。
「マスター認証、声紋の一致を確認――起動します」
モニターの中の少女が目を開ける。
あの日からずっと変わらない碧の瞳が、ボクを真っ直ぐに見た。
「こんにちは、マスターりく」
きっとヤマトは、かぐやを再インストールしてから戦場へ行ったんだ。
何も知らない無垢な歌姫。
生まれたばかりの彼女は、何も知らない。
「マスター・りく。ご指示を」
指示?
指示だって?
ロサ・ファートゥムを守る歌を――
そう言いかけて、ボクはやめた。
もういいだろう?
ボクはもう疲れたよ。
ねえ、そら、もういいだろう?
「じゃあ、ボクからの命令だ、かぐや」
「はい、何でしょうか」
ボクに迷いはなかった。
もうこんな救いのない世界に未練なんてない。
「すべてを無に帰す、子守唄を」
「はい、マスター」




