10.そら
「……歌姫の声が途切れた瞬間を狙っていたのね……!」
ようやく歌姫の歌が止まって安堵したあたしは、あかりちゃんがそう呟くのを、どこか他人事のように見ていた。
ヤマトが悲しそうな顔をして歌姫をアンインストールするのも、あかりちゃんが蒼白な顔で敵機襲来の警告を聞いたのも。
そして。
「ヤマト、いる? いま、急にかぐやの声が途切れて……」
暗闇の中からりくがやってくるのも。
「あ、りく!」
あたしはりくに抱きついた。
もう歌姫はいないから。りくはあたしだけのもの。
「行こう、出動要請だよ! あたしとりくで、ロサ・ファートゥムを守りに行くの! あんな歌姫なんていなくたって大丈夫よ!」
その言葉を聞いて、りくの表情が強張った。
「……いなくても?」
「うん、そうよ」
さっと青ざめたりくは、ヤマトを見る。
ヤマトは悲しそうに首を横に振った。
「そら、いったいかぐやに何をしたの?」
「何って? 歌うのをやめてもらっただけよ」
最大の攻撃を放つ旋律『魔王』を歌姫に向かってぶつけただけだ。
――最強を誇る道化機械の制御が奏でた旋律は、守りの歌姫を完膚なきまでに破壊した
りくはあたしの手を振り払ってモニターの前に立った。
なぜ? もうそこに歌姫はいないのに?
「かぐやは消えたの……?」
「アンインストールしたんだ。仕方なかった。もう、かぐやは――歌えなくなっていたから」
「……!」
絶望的な表情になったりくは、無表情にあたしを振り向いた。
その視線に、ぞくりとした。
りくが怒っている。
りくがあたしに怒っている。
なんで? なんで?
「そら、何でこんなことを……」
何故って、りくのために決まっている。
あんな歌を聴いているからりくは狂ってしまったんだ。
だから、歌を止めればまた元通りに……
「りく、行こう、一緒に戦おう。ねえ、いつもみたいに、あたし、歌うから」
それなのに、りくは返事しなかった。
その表情には絶望があふれていて、あたしの心の奥底を抉っていった。
「そら、りく、その話は後よ。今はとりあえず……」
あかりちゃんがとりなそうとしたが、りくはその場を動こうとしなかった。
「りく、行こう?」
あたしが伸ばした手から、りくはふっと目をそらした。
なんで?
なんで? なんで?
「そらは自分が何をしたか分かってないの?」
静かなりくの声があたしを追い詰める。
「かぐやがいなくなったら、この都市の防御は崩壊するんだよ?!」
「でも、あたしとりくがいれば」
「違うよ、本当にここを守っていたのはボクらじゃない。歌姫のかぐやだよ」
りくの声が頭の奥まで響いた。
「かぐやの歌だけじゃない、かぐやの存在自体が、その名前と存在感がここを守っていたんだ。その守りが消えたら、ここを狙ってたヤツらがみんな押し寄せてくる!」
「……でもっ……」
あたしは、りくのために。
「ボクはロサ・ファートゥムを守りたいよ。そらは、ボクと同じ気持ちじゃなかったの?」
「あたしは」
声が出なくなった。
喉が詰まって、からからに乾いていた。
だってあたしが道化機械に乗るのは、ただりくと一緒にいるためだけだから。
あたし自身はだって、ロサ・ファートゥムを守りたいなんて、一度たりとも思った事なんてなかったから。
「……っ」
答えられなくて、あたしはまたその場を逃げ出した。
あたしはいつも逃げてばっかり。
自分の都合の悪い事になると全部放り出して逃げてしまうんだ。
そんなこと分かっている。
歌姫に出来て、あたしに出来ない事があるのだってわかっていたのだ。
それでも、りくの傍にいたかったから。
自分がした事が何か、なんてそんなの分かっている。
それを全部捨てても、あたしはりくの隣にいたかった。
あたしは最上層を飛び出して、まっすぐに道化機械のドッグへ向かった。




