11.りく
そらがその場を駆けだして、ボクはようやくはっとした。
「そらっ」
呼んでもそらは振り返らず、そのまま暗闇に消えていった。
ボクはすぐにヤマトを振り向く。
「本当にそらがかぐやを壊したの?」
「たぶん、本当だよ。周辺の破壊状況から見て、旋律が『魔王』であることは間違いない。それをこれほどの威力で歌えるのは……そらちゃんだけだ」
答えたヤマトの背後には空っぽのモニター。
もうかぐやがいない事を実感した。
「なんでそらはそんなこと……!」
かぐやはとっても優しかったのに。
かぐやの歌はとっても奇麗だったのに。
どうしてかぐやを消したりしたんだ!
悔しくて、寂しくて、やるせなかった。
もうあの笑顔に会えないと思ったら、目の端にジワリと涙が浮かんだ。
「りく」
あーちゃんの手がポン、と肩に置かれた。
「そらは、貴方がかぐやに獲られると思ったのよ」
一瞬、あかりちゃんの言葉の意味が理解できなかった。
「ここのところずっとかぐやのところばかりに行っていたでしょう? そらはとても寂しがっていたわ」
「でも、だからって、こんなっ……」
首を大きく横に振ると、あかりちゃんはボクをぎゅっと抱きしめた。
ふわっといいにおいがした。
「そらは絶対にしちゃいけない事をしたの。でもね……そらがどれだけ寂しかったのか、それだけはりくにも分かってほしい」
あーちゃんの胸に抱かれて、ボクはようやく落ち着いた。
かぐやが消えたって聞いて頭の中が真っ白になっていたから。
小さい時にボクらを包み込んでくれたように、あかりちゃんはボクをぎゅうっと抱きしめた。その肩は昔ほど遠くなくて、ボクは自分がもう子供じゃない事を知った。
「……分かった」
「いい子ね、りく」
優しく頭を撫でてくれたあかりちゃんがボクをぱっと放したのがちょっと寂しかった、と言ったらガキみたいだと笑われるだろうか?
「大丈夫、かぐやは僕がもう一度インストールするよ」
ヤマトが言って、あのだらしない笑みを見せた。
それを見たらなんだか気が抜けた。
「さあ、かぐやがいない今、貴方とそらだけがロサ・ファートゥムを守る事が出来るわ。かぐやがずっと守っていたこの場所を、お願いだから壊させたりしないで」
「分かってる」
答えるとあかりちゃんは、にこりと笑った。
その笑顔につられて笑い、手を振った。
「行ってくるよ!」
ボクはそらを追って駆けだした。
ところが、道化機械のドッグに到着したボクを待っていたのは、空っぽの格納庫だった。
「……そら?」
RV-00がどこにも見当たらない。
まさか。
さぁっと血の気が引いた。
ドッグを飛び出し、あかりちゃんがいるはずの指令室へ向かう。
そら、駄目だ。
一人で行くなんて、わざわざやられに行くようなものだ。
お願いだ、ボクも一緒に。だってボクらは――
全速力のボクが息を切らしながら指令室へたどり着いた時、モニターに大きく映し出されたのは、一人孤軍奮闘する漆黒の機体だった。
「そらっ」
RV-00の動きにいつもの精彩がない。
だって、いつもはそらじゃなくてボクが操縦してるんだ。
そらが唄って、ボクがRV-00を操って。
いつだって二人で戦ってきたんだ。
「あかりちゃん、ボクもいく! 予備の機体を……」
そう叫んだボクの目に飛び込んできたもの。
それは、敵機の砲に貫かれてくるくると舞い落ちるRV-00の姿だった。
――警告が鳴り続けている。
かぐやが消えた瞬間とは比べ物にならない衝撃がボクを貫いていた。
足が動かなかった。
そらの乗っていた機体が敵の砲に貫かれた。
「そら」
声が震える。
心臓の鼓動が速い。
隣に立っていたあーちゃんがボクの肩をポン、と叩いた。
「りく、そらは医務室へ向かったわ。重症だそうよ。すぐに行ってあげなさい」
あかりちゃんの言葉を最後まで聞かず、ボクはそらのもとへ駆けだしていた。
医務室へ飛び込んだボクが目にしたのは、血まみれのそらの姿だった。
全身の血がざぁっとひいた。
ガラス一枚を隔てた向こう側でそらが治療を受けている。
とくに顔の右半分と左の腹部分が真っ赤だ。
「そらっ!」
思わずガラスをたたいた。
世界がぐるぐると回りだした。
そらが、死ぬ……?
そんな事を考えて、ボクは気が遠くなった。
「りくっ」
「りくくん」
倒れそうになったボクを、あかりちゃんとヤマトが両側から支えた。
「そらちゃん……」
いつも無邪気に笑っていた顔は蒼白で、細い手脚はぐったりと、動く気配はなかった。
まだ敵機の襲来を告げる警告は鳴り響き続けている。
「どうしよう、あかりちゃん、そらが、そらが……!」
「大丈夫。大丈夫よ、りく」
あかりちゃんはそう言うと、くるりと踵を翻した。
「あかりちゃん、どこ行くの?!」
「……まだ敵機が残っているの。貴方達の代わりに私が出るわ」
「あかりちゃん?!」
確かにあかりちゃんの歌は道化機械を動かすには十分すぎるくらいに十分だけれど。
「じゃあ、ボクも行く! あかりちゃんの思考に……っ」
腰を浮かしかけたボクの肩に、ヤマトがそっと手を置いた。
「僕が行くよ。きっと『あーちゃん』はりくくんを思考として乗せたりしないだろうから」
「ヤマト……っ?」
ヤマトはまるで大丈夫だよ、とでも言うように、大きな手をボクの頭にポンと置いて、それ以上答えようとはしなかった。
ボクはあかりちゃんの後を追って駆けていく黒髪をただ見送ることしかできなかった。




