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08.そら


 りくが帰ってこない。

 あの日から、りくは毎日歌姫のもとへ通っていた。

 あたしは一人部屋に残り、大きな窓から空を見上げている。

 蒼穹を割いてまたひとつ白い箒星が墜ちていった。

 世界は崩壊を続けている。

 ロサ・ファートゥムには今日も歌姫の声があふれていた。この都市を守る旋律を奏でる声は柔らかく華やかで、とても美しかった。

「……あたしだって歌えるもん」

 りくの操る道化機械(コーラス)のために、誰よりも強く、大きな声で、旋律を奏でる事が出来る。どんな複雑な旋律だって歌う事が出来る。

 でもそれは、敵を攻撃し、敵の攻撃を防ぐ歌だから、ロサ・ファートゥムを守る為に歌い続ける歌姫のように優しい声では歌えない。

 都市を包み込み、鳴り響く守りの歌は、あたしの脳髄まで響いてくる。

 ああ、なんて耳障りな歌なんだろう。

 こんな歌、最初からなくたってあたしとりくでこのロサ・ファートゥムを守ってみせるのに。

 どうしてヤマトはあんな歌姫を作ったりしたんだろう?

「歌姫なんていなければよかったのに」

 人間の歌をまねるように作られたただの偽物のくせに。

 歌うことしかできないオモチャのくせに。


――あたしのりくをとらないで


 がちゃり、と部屋の扉が開いた。

「ただいま、そら」

 あたしの双子の相方だった。

 あかりちゃんは、バカって言って捨ててやれって言ったけれど。

 ベッドの端、あたしの隣に座ったりくが笑うのを見たら、そんな事絶対に言えなかった。

 りくの肩に頭をのせると、りくはあたしを撫でてくれる。

「りく、どこにも行かないでね」

 そう言うと、りくは不思議そうに返答する。

「当たり前だよ。だってボクらは双子だよ。ばらばらになるなんて考えられないよ」

 その返事に満足して、あたしは目を閉じた。りくの手の感触が心地よかった。


 あたしもそう思うよ。

 だってあたしたちは世界で二人だけの双子なんだから。

 離れる事なんてありえないよね?

 もし相手が、ロサ・ファートゥムを守る歌姫だったとしても。


 りくが隣にいたら、あの耳障りな守りの歌も聞こえない。

 りくの声だけが聞こえるから。

 こうやって二人並んで座っていると、りくは歌を口ずさむ。あたしととてもよく似た声をしたりくは、道化機械(コーラス)制御(カネレ)になれるくらい歌が上手だった。

 あたしはりくの声が好き。

 りくの歌うが歌が好き。

「ねえ、りく」

「なあに、そら」

「りくの歌が聞きたいな」

 そう言うと、りくはいいよ、と笑って歌いだした。

「La-lala-lalala……ah……」

 それなのに。

 りくが不意に口ずさんだ旋律に、背筋が凍った。

 耳障りな歌がまたあたしの中に入り込んでくる。

「やめて……っ」

 聞きたくない。

 そんな歌、聞きたくない。

「そら?」

 突然立ち上がったあたしに、りくは不思議そうな顔。

 どうしてあの女と同じ歌を口ずさむの?

「どうしたの、そら」

「その歌を歌わないで!」

「この歌って……かぐやの守りの歌?」

「あの女の名前を呼ばないで!」

 聞きたくない。

 あの歌声も、あの女の名も、それを呼ぶりくの声も――

 あたしはすべてを振り切って部屋を飛び出した。



 もういやだ。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 キモチワルイ。


「あの歌を止めないと……」

 このままじゃ気が狂ってしまう。

 あたしは耳をふさいだまま、あの女の待つ最上層へと向かった。


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