第14章『運命の一口』
いつも読んでいただきありがとうございます!
「東京ばな奈」の問いかけによって、ついに互いを認識し合った四人の転生者。
彼らは秘密を守るため、モディの私的な小屋で緊急の**『日本人会議』**を開きます。
しかし、その場は感動の再会とは程遠いものとなりました。
「神の使命」を信じ希望に燃える若者たちに対し、モディが突きつけたのは、あまりにも冷徹な**「ただの偶然論」。さらに、前の人生で家族を顧みなかった後悔**を抱える彼の、静かな日常を優先したいという強い意志が、四人の間に深い亀裂を生みます。
この運命的な出会いは、彼らにとって「始まり」となるのか、それとも「終わり」となるのか――。
緊張感に満ちた密談の行方をお楽しみください。
最初の会合が開かれた翌朝、ニア村の空気は二つに分かれていた。
王太子一行が滞在する仮設テントの一角では、豪奢とは言えないまでも、王都から持ち込まれた上質な食材で作られた朝食が並んでいた。しかし、テーブルを囲む三人の間には重い沈黙が流れている。リーンは昨夜のモディへの不満を隠そうともせず、むっつりとパンをちぎっていた。ジョウは静かにスープを口に運びながら、物思いに沈んでいる。
「リーン、そんなに不機嫌な顔をなさらないで。せっかくの食事がまずくなってしまいますわ」
カテナが必死に場を和ませようとするが、その声もどこか空回りしていた。
一方、その頃モディは、すでに母マーサとシムと共に質素な朝食を終え、領主としての仕事に取り掛かっていた。
「モディ、王太子殿下へのご挨拶はよろしいのですか?」
心配するマーサに、モディは書類から目を離さずに答える。
「挨拶は昨日済ませた。今は領内の見回りが優先だ。行くぞ、シム」
「はい、モディ」
一行を意図的に避けるかのように、二人は足早に屋敷を出ていった。秘密を共有しながらも、彼らの間にはまだ気まずい距離が横たわっていた。
膠着した空気を破ったのは、ジョウだった。
彼は王太子としての公務を名目に、領主であるモディに村の案内を正式に要請した。王太子の命令を断ることはできず、モディは内心で舌打ちしながらも、しぶしぶ案内役を引き受けることになった。
「こちらが、村の木材生産を支えている管理区です。計画的に植林と伐採を繰り返し、資源が枯渇しないよう努めています」
シムと数名の護衛だけを伴い、二人は村を視察して回った。モディの説明は簡潔で、無駄がなかった。
「見事な管理だな。これだけの森を維持するには、相当な知識と労力が必要だろう。王都では法で律しても、ここまで徹底するのは難しい」
ジョウの賞賛にも、モディは「法よりも、村人自身の生活が懸かっているという現実の方が、よほど人を動かします」と淡々と返すだけだった。
「領主の仕事は法を作ることではなく、村人たちが自ら土地を守りたくなるような道筋を作ること。俺はそう考えています」
その言葉は、巨大な王国を法で治めることを学んできたジョウにとって、新鮮な驚きだった。
彼らが畑や村の水源を巡る道中、すれ違う村人たちは皆、親しみを込めてモディに挨拶し、作物の出来や家族の健康について気軽に話しかけてきた。モディもまた、一人一人の顔と名前を把握しており、的確な言葉を返している。
ジョウは、モディがただの皮肉屋な少年ではなく、領民から深く信頼される有能な領主であることを目の当たりにしていた。昨日、彼が語った「この村での静かな生活を守る」という言葉の重みが、ずしりとジョウの胸に響く。
二人の会話は最後まで事務的だったが、ジョウの心には、モディという人間に対する見方が、静かに、しかし確実に変わり始めていた。
ジョウとモディが村を視察している間、カテナとリーンは護衛と共に村を散策していた。王都の喧騒とは無縁の、鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる穏やかな午後だった。
ふと、二人はモディの屋敷の裏手にある家庭菜園で、かいがいしく働くマーサの姿を見つけた。
「まあ、熱心ですのね」
カテナがその人柄の良さから、自然にマーサへと歩み寄る。
「ヌーベル子爵夫人。何かお手伝いすることはございませんこと?」
「ひゃっ、ひ、妃殿下!?」
突然現れた王太子妃に、マーサは腰を抜かさんばかりに驚いた。恐縮しきりの彼女だったが、カテナの飾り気のない優しい微笑みに触れ、次第にその緊張もほぐれていく。
「まあ、妃殿下も大変ですわね。あんなぶっきらぼうな息子のために、わざわざこのような辺境まで……」
「いいえ、モディ様は素晴らしい方ですわ。それに、夫人こそ、あのような立派な息子さんをお育てになって」
会話の中で、マーサは少し照れくさそうに、そして誇らしげに息子の素顔を語った。
「あの子は、主人が亡くなってから、人が変わったように村のために働くようになりまして……。去年も、嵐の夜に高熱を出した子どものために、一人で崖にしか生えていない薬草を採りに行ってくれたんです。口ではぶっきらぼうですけど、誰よりもこの村の人間を家族だと思っておりますから…」
そのエピソードは、昨日の議論で見たモディの姿とは違う、もう一つの温かい側面をカテナとリーンに感じさせた。
もてなしの心が湧き上がったのだろう。マーサは近くの木になっていた、陽光を浴びて真っ赤に輝くリンゴを一つもぎ取ると、カテナに恥ずかしそうに差し出した。
「あ、あの、特別なものではございませんが、ここのリンゴは美味しいんですよ。もし、よろしければ……」
その素朴で温かい申し出に、カテナの顔がぱっと華やいだ。
「まあ、嬉しいですわ! ありがとうございます」
彼女は差し出されたリンゴを両手で受け取ると、その場で瑞々しい果実にかぶりついた。シャリ、と心地よい音が響く。
「まあ、本当に美味しいですわ!」
無垢な笑顔で喜ぶカテナと、それを見て嬉しそうに微笑むマーサ。それは、身分を超えた心と心の交流が生んだ、温かく、そしてあまりに無邪気な光景だった。
その一口が、後の悲劇の引き金になることなど、まだ誰も知らなかった。
その日の夕食は、モディの計らいで、一行が滞在するテントの前でささやかな晩餐会として開かれた。しかし、その光景はどこか奇妙だった。
テーブルは二つに分かれていたのだ。王室の料理人が腕を振るった豪華な料理が並ぶジョウ、カテナ、リーンのテーブル。そして、マーサとシムが用意した、採れたての野菜で作った素朴なシチューが鍋ごと置かれたモディたちのテーブル。
カテナが昼間のリンゴの話をして交流を図ろうとするが、会話はどこか上滑りだった。
痺れを切らしたのか、リーンがモディに向かって皮肉めいた口調で問いかけた。
「子爵は、ご自分の領地さえ安泰なら、王国の他の場所で何が起ころうとご興味ない、ということですわね?」
場の空気が一瞬で凍り付く。モディが冷ややかに何かを言い返そうとしたその時、隣にいたシムが静かに口を挟んだ。
「お嬢様。モディは、自分にできる最善を、自分の場所で尽くしておられるだけです」
その静かな一言に、リーンはぐっと言葉を詰まらせた。
秘密を共有しながらも、決して交わることのない二つの食卓。
同じ場所にいながら、全く違う世界に生きている。その光景は、四人の間に横たわる深い溝を、残酷なまでに象徴していた。
彼らの心が本当の意味で交わる日は、まだ遠いようだった。
使命か、偶然か、それとも贖罪か
最初の転生者会議は、まさかの**「決裂」**という形で幕を閉じました。
「使命」の存在を信じていたリーンたちにとって、モディの**「ただの偶然だ」という冷たい言葉と、前の人生の後悔を理由にした「不参加宣言」**は、あまりにも重い現実だったでしょう。
モディの**「贖罪」**という個人的なテーマが、王太子夫妻とリーンが思い描く壮大な物語の、最大の壁となりそうです。
しかし、ジョウ殿下の冷静な分析の通り、今は焦るべきではないのかもしれません。彼らはこれから、モディに対し、この再会が偶然ではなく意味のあるものだと、どう証明していくのでしょうか?
四人の魂の結びつきと亀裂。この深い溝が、今後の物語にどのような影響を与えるのか、ご期待ください。
面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ぜひ評価や感想で教えてください!皆様からのリアクションが、次の執筆の大きな力になります。
次回もどうぞお楽しみに!




