第12章『邂逅の地、ニア村』
いつも読んでいただきありがとうございます!
新たな章の幕開けです。
誘拐事件の悪夢を乗り越えた王太子妃・カテナが望んだのは、命の恩人である辺境子爵に直接お礼を伝えること。護衛騎士リーン、そして王太子ジョウもまた、それぞれ異なる**「秘密の思惑」**を胸に、静かなニア村へと向かいます。
一方、恩人である少年領主モディは、王族の来訪を「面倒事」としか思っていません。
平和を愛する元・転生者と、彼に会いにきた三人の王族一行。
この運命的な邂逅の先に待つ、あまりにも衝撃的な**「真実」**とは――。
静かな村の客間で、物語が大きく動き出します。どうぞお楽しみください!
サグンテ市からニア村への道のりは、王都とを結ぶ街道とは比べ物にならないほど穏やかだった。護衛を最小限に絞った王太子一行の旅は、公務というより、裕福な貴族の気ままな小旅行といった趣である。
馬車の窓から流れるのどかな田園風景を眺めながら、カテナは安らかな気持ちに満たされていた。
「本当に、静かな場所ですのね」
誘拐事件の悪夢は、この穏やかな空気のなかで少しずつ癒えていく。心の大部分を占めていたのは、これから会う恩人への興味だった。モディ・ヌーベル子爵。報告書でしか知らぬその少年は、一体どのような人物なのだろうか。
その隣で、リーンは全く別の理由で胸を高鳴らせていた。
(ニア村……先生が命を救われた場所。そして、あの事件で再びその名を聞いた。私の運命の転換点には、いつもその土地と彼の名がある。もし、私の推測が正しければ……)
早く確かめたい。その逸る気持ちを抑えるのに必死だった。
そんな二人を、ジョウは静かな笑みを浮かべて見守っていた。カテナが元気を取り戻しつつあること、そして友であるリーンが生き生きとしていること。それだけで、今回の旅には価値があった。だが、王太子としての冷静な目は、これから会う辺境貴族を見極めようとしていた。騎士団の精鋭シム・グーンが、騎士の道を捨ててまで仕えることを選んだ少年。ただ者であるはずがなかった。
その頃、ニア村はいつもと変わらぬ平穏な一日の只中にあった。
「やはり、ここが一番落ち着くな」
モディは自室の窓から領地を眺め、サグンテ市での騒動を遠い過去のように感じていた。風土病の研究、滞っていた領主としての仕事、そしてマーサとシムとの穏やかな食卓。それこそが彼の望む日常だった。自分以外の転生者など、この世界にいるはずがない。そう信じ、己の世界に没頭していた。
その平穏は、見慣れた騎士の姿によって唐突に破られた。数騎の護衛を連れ、村の入り口に現れたのは、騎士団の制服に身を包んだマリンだった。
「マリンか? なぜここに……」
報告を受け出迎えたシムが、驚きの声を上げる。マリンは馬上から軽く手を上げると、馬から降りてシムに向き合った。
「シムこそ、すっかりここの生活に馴染んだみたいね。顔色も良いわ」
「お前も隊長として、様になっているじゃないか」
旧交を温めるような短い挨拶の後、マリンは隣に立つモディに気づき、姿勢を正した。
「ヌーベル子爵。本日は王太子殿下からの使者として参りました」
モディは内心で(また王都の連中か…)と舌打ちしながらも、領主としての仮面を被って応じる。
「これはタッカ……いや、ヒューバ隊長。ようこそニア村へ。して、王太子殿下からのご伝言とは?」
「堅苦しい挨拶は抜きにしてください。数日後、王太子殿下ならびに妃殿下が、静養のため当村にご滞在されます。その旨、お伝えに上がりました」
その言葉に、モディは隠すことなく顔をしかめた。
「静養? 王都にはもっと良い場所がいくらでもあるだろう。なぜわざわざ、こんな何もない辺境の村に……」
「そんなに嫌そうな顔しないでくださいよ、子爵様。光栄なことなんですから」
マリンは苦笑しながら続けた。
「表向きは静養ですが、一番の目的は、王太子妃殿下がどうしてもあなたに直接お礼を言いたいと、強く希望されまして…」
「礼なら、サグンテで断ったはずだが」
「妃殿下のお気持ちが収まらないのです。それに、私の部下…いえ、友人のリーンも、何やら子爵様にお会いするのをものすごく楽しみにしているみたいで、大変なんです」
リーンの名前に、シムがわずかに反応する。モディは、サグンテ市でまともに話すこともなかった、あの勝ち気そうな少女騎士を思い浮かべた。
(やれやれ、面倒なことになった)
「……わかった。王族の御心を無下にはできん。して、ご一行は何名で?」
「護衛や侍従を含め、総勢50名ほどかと」
「50人!?」
モディは思わず声を上げた。この小さな村で50人もの客人を迎え入れるのは、ほとんど災害に近い。
「もちろん、天幕や食料はこちらで全て用意しますので、ご心配なく。場所をお貸しいただくだけで結構ですので」
「……それなら、まあ、なんとかなるか」
モディは大きなため息をつき、歓迎の準備という新たな頭痛の種に、うんざりするしかなかった。
数日後、質素ながらも村を挙げての準備を整え、モディ、シム、マーサは一行の到着を待っていた。やがて、丘の向こうから王太子一行の馬車が姿を現す。
「ヌーベル子爵モディ・ヌーベル、並びに領民一同、王太子殿下、ならびに妃殿下のご来訪を心より歓迎いたします」
領主として、モディは淀みなく歓迎の挨拶を述べた。
馬車から降り立ったジョウ、カテナ、そしてリーンの三人は、出迎える少年領主をそれぞれの思いで見つめた。
カテナは、目の前の少年が報告書でしか知らなかった恩人本人であると知り、その若さに驚きつつも、気品ある態度で深々と頭を下げる。
「この度は、本当にありがとうございました、ヌーベル子爵。あなたのおかげで、わたくしはここにいられます」
リーンはモディを一目見た瞬間から、その佇まい、子供とは思えぬ瞳の奥の深淵に、自分の推測が間違っていなかったことを確信していた。
モディは、冷静沈着に領主としての言葉を返した。
「妃殿下におかれましてもご無事で何よりです。ささやかですが、滞在の準備を整えております。どうぞ、こちらへ」
モディの屋敷の客間。
一通りの儀礼が終わり、ジョウから公式に感謝の言葉と礼の品々がモディに渡される。和やかな雰囲気の中、当たり障りのない会話が続いていた。
その場の空気が少し緩んだのを見計らい、リーンがカテナに目配せで合図を送る。
意を決したカテナは、優雅な所作でお茶を一口飲むと、最初の問いを投げかけた。
「失礼ですが、ヌーベル子爵。あなたの誕生日はいつですの?」
唐突な質問に、モディは内心訝しみながらも答える。
「……11月23日だが、それが何か?」
その瞬間、リーン、ジョウ、カテナの三人の間に、見えない電流のような衝撃が走った。三人は顔を見合わせ、自分たちと全く同じ誕生日であることに驚愕を隠せない。
「我々と……同じ日だ」
ジョウが小さく呟く。モディは三人の異様な反応に、ただならぬ何かを感じ、眉をひそめた。
カテナは覚悟を決め、今度はあり得ないはずの言語で、核心に触れる質問を静かに紡いだ。
『東京ばな奈は、美味しいですか?』
その日本語の響きは、モディの築き上げた冷静な仮面を粉々に打ち砕いた。彼は瞠目し、目の前の三人――特に、問いを発したカテナを凝視する。ありえない。この世界で、その言葉を知る者など、自分以外にいるはずがなかった。
長い、時が止まったかのような沈黙が客間を支配する。
やがて、モディもまた、全てを悟ったように諦観の息を漏らし、懐かしい故郷の言葉で答えた。
「30年東京に住んでましたけど、一度も食べたことがないんで、知りません」
その答えで、すべてが繋がった。
四人目の転生者。
あの事故現場にいた、「おじさん」。
目の前の、まだ幼さの残る少年モディ。
四人の魂が、この辺境の村で互いを完全に認識し、誰もが言葉を失う。部屋に訪れた衝撃的な静寂だけが、彼らの邂逅を物語っていた。
「東京ばな奈は、美味しいですか?」
あの衝撃的な日本語の問いかけからの、モディのトドメの一撃……!
まさか、この辺境の村で四人目の転生者が見つかるとは、誰も予想していなかったでしょう。
王太子夫妻、優秀な騎士、そして辺境子爵。
立場も思惑もバラバラな彼らが、一転して「日本人」という共通項で結ばれてしまいました。モディにとって、ようやく掴んだ平穏な日常が、一気に騒がしい方向へ逆戻りしそうな予感ですね。
そして、それぞれの魂がこの世界に転生した理由、あの事故の真相、そしてこれからの世界の運命は……?
ここから物語は一気に加速し、転生者四人の濃密な**『日本人会議』**が始まります。
面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ぜひ評価や感想で教えてください!皆様からのリアクションが、次の執筆の大きな力になります。
次回もどうぞお楽しみに!




