歩み寄り
宜しくお願いします
シレッとした顔でシュリーデ様が窓の外からこちらを覗き込んでいる。あれでは完全なる不審者だ。
しかしシュリーデ様の横の大柄な軍服の方、誰だろう?一緒に覗いているから同僚かな?
私がぼんやりしている間に、奥さんがおばさまの二人組を窓際の席へと案内していた。
いけないっ仕事、仕事!
こちらの世界にはお冷やおしぼりは存在しない。不衛生かと言えばそういうことでない。このカフェの客席には“浄化魔法”がかかっている。
これはあちらの世界の食品衛生法に近いこちらの法律に基き、飲食店を営業するには客席と調理場に、浄化魔法の使用を義務化する法律があるからだ。
浄化魔法……つまりは空気や物体を清潔で綺麗に洗浄する魔法だ。この魔法を使えるようにしておかなければ飲食店を営業出来ないという法律なのだ。
お冷は各テーブルに“水魔法”の魔石付きサーバーを設置している。その魔石に魔力を籠めれば水が生まれて、備え付けのグラスに入れてセルフで飲んで頂くシステムだ。
これは飲食店には珍しくないシステムで、最近ではどこの飲食店にも設置されている。
この世界は電力の代わりに魔力が無いと生活出来ないのだ。
私はお客様の注文を受けて、木の実タルトと果実ムースのタルトを持って行った。
「お待たせ致しました」
そう言ってテーブルの横に立つと、軽くカーテシーをしてからケーキの皿をテーブルに置いた。
勿論、お皿を置く時や配置、城で働いていたメイド達の動きを思い出しながら動いている。
そして並べ終えて……
「ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
そう言って微笑むとカーテシーをしてから、優雅にカウンター内に戻った。
カウンター内ではバードさんと奥さんが何故か顔を真っ赤にして、プルプル震えていた。
「ローズちゃんそれそれっ」
どれ?
奥さんが私を指差すので、制服に何かついているのかと、手でドレスの腰回りを触ってみた。
「違う。制服は完璧に可愛いわよ♡そうじゃなくて!貴族のお嬢様みたいに腰を落として……それっ素敵ぃぃぃ!!ねぇ!?バード?」
奥さんに同意を求められたバードさんは頷いている。
「ああ……うん、貴族のお姫様みたいだったよ!」
元の世界でのメイドカフェの店員さんの「おかえりなさいませ♡ご主人様」のイメージでやってみたんだけど、淑女感が出過ぎてた?お姫様感がモリモリでした?
背中を冷や汗が伝う……やり過ぎたかな。
「間違えてましたか?」
奥さんにそう聞くと、奥さんは首をブンブンと横に振った。
「違うわっそれで接客いきましょう!うちはお色気より、ローズちゃんのお姫様対応で押すわよ!」
お姫様と言われる度に、ビクッと体が強張ってしまう。やはり十六年間、王女として生活してきたので、少しは高貴な何かが滲み出てくるようになったのだろうか?
その後、お昼休憩を挟んだ後午後四時まで働いた。
そういえばいつの間にかシュリーデ様達がいなくなっていたけど、流石に仕事に戻ったのだろう。
バードさんと奥さんにご挨拶をして店の外に出ると、静かにリサとナフラと護衛の方、二人が歩み寄って来た。
「長い間待たせてごめんなさいね」
リサとナフラが笑顔で迎えてくれた。
「交代で休憩させてもらっていますし、大丈夫ですよ」
「ご心配には及びません」
護衛の方達もそう言ってくれて皆、笑顔だ。
やっぱり、皆を外に待たせるのは申し訳ないな。今のところマリリカの夢のバイトは週に二日にしているが、それでも私の我儘で長時間外で待っていてもらうのが気が引ける。
やっぱり……我儘だよね。
この世界に生まれて何不自由ない生活をさせて貰っているくせに、王族としての責務をちゃんと果たさないでウジウジしている。
シュリーデ様とちゃんと話をしよう!そして離縁はどんとこいだけど、また王城に戻ることになったとしても……逃げずにお父様と話をしよう。
マリリカの夢で働くことはもう出来ないかもしれないけれど、私なりに納得のいく道を選びたい。
そして、心の中で決意を固めている私の気持ちを揺らがせるものを、帰宅した私にシュリーデ様は見せてくれた。
「呼び出し状……違った、国王陛下からの書簡ですか?」
宛名はシュリーデ様と私宛になっており、御璽がババンと押されている。
「先に読ませて頂きました、どうぞ」
書簡を読むと、シュリーデ様と二人で登城しなさい……とだけ書かれてあった。
昨日からの流れから察するに、離縁とかそういう方向の話なのだろうか。どうしたらいいの?私はどうしたいの。
「ローズベルガ殿下、夕食後少しお話ししても宜しいでしょうか?」
部屋に入ろうとした私にシュリーデ様がそうお声をかけられたので、後ろを振り向くとシュリーデ様はいつもと同じキリッとした顔で私を見ていた。
頷き返すと、その顔に少し緩み笑みを浮かべた後、去って行った。
上手く自分の気持ちをシュリーデ様に伝えることが出来るかな。
夕食後……なんとシュリーデ様の自室に招かれた。おまけに人払いまでされて二人きりにされてしまった。
緊張しかない!!
お茶を入れてメイドが下がった後、シュリーデ様は静かに口を開いた。
「今日……働いているローズベルガ殿下を拝見しました」
ふおっ!?その話?
「実に……自然に微笑まれていましたね」
そうですか?接客はまだまだ慣れませんが……
「もしかして……茶菓子店で働いてみたかったので?」
えっ!?その、働いたのは偶々で、王城から外に出たので羽を伸ばしたくて……
シュリーデ様は一つ息を吐くと、私を見詰めてきた。
本当に綺麗な瞳ね……
「茶菓子店で働いているローズベルガ殿下を見ていて、気が付きました。国王陛下から私との婚姻の打診を受けた時に、これを機に市井に出て職を得ようと考えておられたのではと考え至りました。そうすると、私と離縁されるというのはあまり得策ではないのでは?」
「え?どういうことでしょう?」
私が前のめりになると、シュリーデ様も顔を私の方へ近づけてくれた。
「私と婚姻を続けている限り……マリリカの夢で働ける。そうではありませんか?」
そ、それっ!!私が考えていたことだーー!?でも……そうするとシュリーデ様にご迷惑をかけちゃわないかな?
シュリーデ様は苦笑をされていた。今回は表情筋は動いて仕事をしている。
「殿下はマリリカの夢で働いていられる、私は……まあこれはいいですが、利はありますよ、如何ですか?」
シュリーデ様は何だか愁いを帯びた顔をされている?
先程のシュリーデ様の言葉を反芻する。シュリーデ様にも利がある……ん?んん?あっ!
シュリーデ様って好きな方、恋人がいるんじゃない!?でも私と離縁すると何か障りがあるのかも?そうかそうよね!恋人がいるのなら私みたいな押しかけ女が外に出てくれているのは望ましいと思うわよね!うん、これはシュリーデ様の同意が得られたとみていいわよね?
「お願いします!」
シュリーデ様は目が潰れるかと思うほどの微笑みを浮かべていた。そんな微笑みは恋人にむけてくださいな……
°˖✧ ✧˖°°˖✧ ✧˖°
翌日、朝から見たことの無い豪華なドレスをリサとナフラに着せられていた。
「このドレスどうしたの?」
「シュリーデ様からです」
「!」
普段の私じゃ絶対に選ばない光沢のある白銀色のドレスだ。小粒の宝石が胸元から足元に向かって光って流れるように見えるように装飾してある。そして耳を飾る宝石は蒼色……どこからどう見てもシュリーデ様カラー満載だ。
こんな気合いの入ったドレスは、恋人に贈ってあげてくださいな。あ、恋人にはもっと凄いドレスあげてるかな?
さて、シュリーデ様は今日は仕事を休んでいるそうだ。流石モテ男ナンバーワン、軍服も着こなすが謁見用のメンズ礼装もバッチリしっかり着こなしている。
「ローズベルガ殿下、大変お美しいですよ」
「……っぁ……りがとぅご……ぃます」
本来ならここで……
「シュリーデ様も美しくってよ!オーホホホ!」
と、返さなければいけないのかもしれないけど、生憎と陰キャにはそこで異性に絡んでいける根性なんて持ち合わせていない。
シュリーデ様は優雅に私をエスコートして下さり、一緒に馬車に乗り込んだ。
勿論、車内で私は無言で通すつもりだった。
だが……シュリーデ様から怒涛の如く話しかけられた。
「よいですか?ローズベルガ殿下、恐らく国王陛下は私達の婚姻生活について言及されると思われます」
「は、はい」
真剣な眼差しのシュリーデ様の言葉に頷き返した。シュリーデ様は目付きを鋭くした。
「昨日話したように、殿下がマリリカの夢で働く為には公爵家で婚姻生活を続けなければいけません、分かりますね?」
「はい」
「故に私との婚姻生活は順調で何も問題無いということを、陛下の御前でお見せせねばなりません。その時、ローズベルガ殿下にお願いすることは優雅に微笑んで私の言葉に頷くだけ、これだけお願いします」
「頷くだけ」
シュリーデ様は表情筋を死滅させた顔で、深く頷かれた。
嘘を重ねて話すのは苦手だが、頷いて相槌を入れるだけなら何とかなりそうかな?
その後も、こう聞かれたこう返せという受け答えの練習を、何度もさせられた。
「いいですか、体に覚え込ませて下さい、失敗は許されませんよ!いいですね?」
シュリーデ様が熱弁を揮うが、あれ?これって軍事演習かな?
そして馬車は王城に到着した。
出迎えにはお兄様達二人が勢揃いしていた。
因みに一番下の兄は、隣国に留学していて不在である。
そして流石にお父様はいないみたいだ。
私付きだった近衛のパスバン卿とレイモンド卿、そしてメイドのネリーとロエベも待っていてくれた。
皆、嬉しそうに微笑んでくれている。私も笑顔になった。
「ローズおかえり!」
「ローズ待ってたよ~」
私がモタモタしている間に、長兄と次兄に取り囲まれてしまった。シュリーデ様は兄達に弾き飛ばされたのか、私の視界から消えている。
「ちょ、お兄様」
兄達の肉圧から逃れようともがいていると、誰かに手を取られた。
「!」
驚いている間に、フワリと柑橘系のコロンの香りと硬い何かに体を包まれた。
「ベリオリーガ殿下、ルコルデード殿下、お久しぶりでございます」
私は、いつの間にやらシュリーデ様に手を取られてその胸筋に抱き締められていた。




