王女との婚姻~シュリーデ~
宜しくお願いします
ローズベルガ=ピュリヘーベルツィーア王女殿下、この国唯一の王女は社交の場に滅多に出て来ない。
そのくせ、城に宝石商や仕立屋を呼びつけて、豪華な貴金属やドレス類を買い漁っていると、もっぱらの噂だ。
ローズベルガ殿下の慰問や視察に同行している側仕えの者達からの視察中の王女の情報は一切漏れて来ないので、俺が噂として知っているローズベルガ=ピュリヘーベルツィーア殿下と言えば……
浪費家、厚化粧の派手な王女、無表情で愛想が悪い、悪い所だらけだ。
それなのに王家から是非にと、そんな王女殿下と俺の婚姻の打診がなされた。
俺は速攻で断った。本来なら臣下として大変に不敬なことだが、俺はあんな王女は絶対に嫌だ。
しかし断ったにも関わらず、何度も打診され挙句に国王陛下に呼び出されて
「ローズベルガの為に婚姻してやってくれ!」
と、言われてしまった。
俺は到底、王族には飲めないだろう条件を付きつけて婚姻の条件として国王陛下に提示してみた。
ところが国王陛下はあっさりとそれを飲んできた。
おまけに王太子殿下のベリオリーガ王太子殿下に
「ローズベルガは非常に繊細で慎ましやかな性格だ!泣かすことは絶対に許さん!」
とか言って詰め寄られてしまった。
ベリオリーガ殿下は暑苦しいんだよな……
なにが繊細で慎ましやかだ。浪費家だってもっぱらの噂じゃないか?
プレミオルテ公爵家の両親も親戚達も皆、王家からの強引な婚姻打診に難色を示していた。
「こうなれば、ローズベルガ殿下から婚姻を取り下げてもらうようにするしかないか」
父上がそう言うと、うちの親戚筋のララベルが
「そんな王女殿下なんて、本家に入れることないですわよっ使用人も付けないで放置すればすぐに逃げ出しますわ!」
と、とんでもないことを言い出した。
流石にそれは不敬だと、父上が最低限の使用人は置いておいて、俺がわざと会わないようにしておいて暫く様子見をしよう。王女殿下が騒ぎ出したりしたら、さり気なく、そうさり気なく王城に帰りたくなるように誘導しよう、ということになった。
どうせ、一日と持たずに暴れて騒ぐに決まっている。
そうして、婚姻誓約書に署名だけして俺は既婚者になった。
そして次の日……いつも通り、巡回を兼ねて徒歩で軍の警邏事務所に向かおうとして門を出たところで、とんでもない美女と遭遇した。
朝日を浴びて美女の乳白色の肌が光り輝いている、柔らかそうな金髪だ。こちらを見詰める瞳は深い夕焼けの色。
美女はサッと俺から目を逸らすと、緊張した気配を出しながら俺の前を横切って行く。美しいが強張った横顔を見て、そして彼女の服装を見て気が付いた。
質素な作りのドレスだが生地も上質だし、仕立ても良い。
そして、簡単に髪を束ねているのだが、その髪留めが朝日を浴びてキラリと輝いている。
あれは!?
俺の前を横切った美女の後をゆっくりと付いて行った。
あの髪留めについている飾り石は、サミレイというピピリアズドラゴンの魔石を加工した石だ。確か小指の欠片ほどの大きさの石でも屋敷が一つ建てられるというぐらいの値段がするはずだ。
ドレスの仕立てといい高価な髪留めといい、俺の前をやや急ぎ足で歩く姿勢の良い美女は、貴族の子女に間違いない。
だが、供の姿が見えないな?近くに護衛の気配も無い。まさか、貴族令嬢がこんな早朝に独り歩きをしているのか?
いくら市街地とはいえ、人気の無い時間帯だ。物盗りや、ましてこれほどの美しいご令嬢だ。不埒な思いで襲って来る男などに会わないとも限らない。
しかし令嬢はどこへ向かっているのか。目的地まで護衛を買って出た方がいいのではないか?俺は軍服を着ているし、怪しい男だとは思われないだろうから、声をかけてみようか?
そうして、前を歩く令嬢に近付こうとして歩く速度を上げた途端、令嬢は駆け出した。
なんだっ!?魔法を使っている?え?
「っおい!」
待ってくれと声をかけようとした俺の声に被せる様にして
「いやあああっ!!」
と、叫び声を上げて美女が更に駆け出した。
「!?」
俺は唖然としてその場に立ち尽くしてしまった。
この俺が嫌だと拒絶された?
決して追いつけない速度ではなかったが、その令嬢の後を追いかける気力は湧いて来なかった。
精神的に打ちのめされた気分のまま、警邏事務所に出勤した。
朝の事務所には、夜番との交代準備をしている朝番の同僚達と警邏隊長がいた。
「おはようございます、副隊長」
「いや~今朝も輝いてま……あれぇ?今日、顔色悪いっすね」
声をかけられて、ああとか返事をして事務所のソファに腰を掛けると、同い年で警邏隊長をしているグロリー=クスラ大尉が、俺の座っているソファに腰かけてきた。
「どうしたよ、魔力が揺らいでるぜ?」
グロリーは人の発する魔力を目視確認出来る、稀有な能力を持っている。
俺はグロリーの濃い茶色の瞳を見詰めた。
「実は……」
俺が公爵家の門前で女性を見かけて、独り歩きは危ないので声をかけて送ってあげようと思ったが、悲鳴を上げられて逃げられた、と話した。
事務所にいた軍人全員が、俺の周りに集まって来ていた。
「副隊長が悲鳴をあげられた?」
「ああ」
「シュリーデ=プレミオルテ公爵子息がか?」
「何度も言わせるな、悲鳴をあげられた。やはり早朝に見知らぬ男に声を掛けられたのが恐ろしかったのだろうか」
「いやいやいやぁ~?無い無い無いっ!」
自分の周りにいる男達の声が一斉に、同じ言葉を叫んだ。
何を言ってるんだか、俺が面識の無い女に馴れ馴れしく声を掛けられたら、全力で無視するのと同じだろう?
その日の夜、遅くに帰宅したら両親が寝ずに俺の帰りを待っていた。
どうやら国王陛下と今回の婚姻の件で、腹を割って話し合いをしたらしい。
「許して下さるかしら、はぁ」
何が?母上は時々主語を話さず、つらつらと自分の思っていることだけを喋り倒すことがある。今回もソレかな?父上を見ると難しい顔をして腕を組んでいる。
「ローズベルガ殿下に申し訳ないことをしたな」
「え?」
「今回の婚姻の打診は、ローズベルガ殿下はお前が相手なら絶対に喜んでくれるという国王陛下の思い込みで打診されただけだった」
「へ?」
父上の隣に座る母上はまた溜め息をついた。
「ローズベルガ殿下の唯一の趣味は読書なんですって。それでも国王陛下や王子殿下達は喜ぶだろうと思って、子供の頃は宝石やドレスをローズベルガ殿下に沢山贈ってあげていたんですってところがね、全然喜ばないどころか『宝石やドレスや高価な物は一切要らない。それは国民の為に使ってくれ』って言われてしまったんですって。それ、わずか八才の時ですって」
なんだと?そんな子供の時にその言葉を言ったのか?
「国王陛下は何と言うか王女殿下の気を引きたくて仕方がなかったようだな。そこで目を付けたのが、ローズベルガ殿下の好きな本らしい。ローズベルガ殿下が好んでよく読んでいるのが……これだ」
これだ……と言って父上は膝の上に置いていた書籍を、俺に向かってズイッと差し出してきた。
ん?読めということか?
「“白銀の王と白薔薇の姫”はぁ、これがなにか?」
「何か?じゃありませんよ……内容よ、内容」
母上が本を取り上げると、ここよここ!と、文章を指で指してくる。内容と言ったって題名から察するに、女性の好む恋愛ものの小説じゃないのか?
仕方が無いので、母上が指差している小説の文章に目を落とした。
『王の白銀色の髪が神々しく輝き、その美麗な眼差しでこちらを見詰めている。その覗く瞳の色は紺碧色だ。王は静かに問い掛けた、王女よ……お前は今日から俺の番〈つがい〉だ』
「読みましたが、これがなにか?」
母上に問い掛けると母上は大きな溜め息をついた。
「その白銀の王の容姿と、貴方の容姿がそっくりじゃない?国王陛下はシュリーデとの婚姻ならローズベルガ殿下が、物語の白銀の王のようなシュリーデ様と婚姻が出来るのね、素敵!お父様ありがとうと言って、今度こそ喜んでくれると思っていたみたいなの。ところが婚姻を伝えたら、殿下から暗い顔を向けられて、お断りをして下さいって言われちゃったんですって」
「断り」
「そうだ。その後はもう打診してお前が条件をつけて了承した後だったので、白紙撤回は無理だと思われたのだろう、一言も文句も言わず、国王陛下に従ったらしい。そしてそのまま城を出られた。元々口数の多い方では無いらしい。国王妃曰く、内気で大人しく、声を上げて激高をしているのを見たことが無いそうだ」
父上の顔は強張っている。
俺は小説をもう一度見た。物語を読むのが好きな大人しい王女。社交の場に出て来ないのはそういう場を好まないのだろう。王家主催の夜会でも不機嫌そうにしているのは、化粧と着飾ったドレスが嫌なのだろうか。
「国王陛下は謝罪されておられたわ。それでもう一度、貴方とローズベルガ殿下は話し合って欲しいと仰っておられたの」
母上はそう言って俺に微笑んだ。
話し合い……誤解していて済まなかったと伝えるだけでよいのか?ローズベルガ殿下は俺とは不本意な婚姻を結んだということなのだろう?俺はどうしたらいいんだ。
あれから別邸にいるルベスとジョナ夫妻からはローズベルガ殿下の報告は無いが、確かめようか。
「明日……あちらに行きます」
「そうね、私達も参りましょう、ね?」
母上は父上に同意を求めた。父上は何度も頷いている。
そして次の日……
先に父上と母上がローズベルガ殿下に会っているはずだ。一日中ソワソワとして書類仕事も手に付かなかった。夕方、実家の用事がと言って、早めに公爵家の別邸……ローズベルガ殿下がいるはずの屋敷に向かった。
そこには両親と、公爵家の元執事長のルベスとジョナ夫妻しかいなかった。
「殿下が朝から出かけていない?」
ルベスは顔色を悪くしたまま何度も頷いている。
「実は、昨日も朝早くからお出になられて夕方に戻られたのです。恐らく本日もそうなのではと」
昨日も?
「どこに出られているんだ?」
ルベスは首を横に振った。
「申し訳御座いません」
その時、玄関の扉が開く音がした。
俺達は玄関ホールに走り込んだ。そこには昨日の朝、目の前で走って逃げられたあの美女が佇んでいた。




