私は意地悪王女
ベリオリーガお兄様から招待状を受け取っちゃって、ホクホクした顔をしてアエリカとギルバートは帰って行ってしまった…
私はニヤニヤ笑いながらソファに座った、ベリオリーガお兄様を睨みつけた。
「お兄様…招待状なんて渡してしまっては、あの方達を悦ばせてしまうだけなのでは?」
「大丈夫だ、そうはならない!分かってるだろ?」
いやっ何も分かってないから!私だけがこの状況が分からなくて心配してるのっ!
「おい、もういいぞ。入って来い」
ベリオリーガお兄様が客間の隣の控えの間に向かって声をかけた。普段は使用人が控えているところだけど…扉が開いて出て来たのは…
「シュリーデ!?」
何あの顔…こっわ…!
旦那の顔を見て、魔王もびっくりのとんでもなく怖い表情に慄いてしまう。
そんな形相のシュリーデの方へ近寄ろうとすると、シュリーデが先に私の方へ足早に近付いて…そしてなんと抱き付いて来たではないの!?
重要なことなのでもう一度言うと、私に…だ・き・つ・い・て・き・た!
内心、あわわ…あわわ…と動揺していたが、耳元で囁かれたシュリーデの言葉に我に返った。
「どうして俺やファンナ嬢が謝らなきゃいけないんだよ…何をしたって言うんだ…」
「!」
先程のアエリカとギルバートの話を聞いていたのね。
私は恐る恐る、シュリーデの背中を擦った。
理不尽なことだ…あちらが悪いのに、冷たくあしらわれた?聞いてもらえなかった?だから優しくしてくれたギルバートと駆け落ちしたのだという言うのか?そんなのものは自分を正当化する為の只の詭弁だ。
「シュリーデ…は悪くありません。結局、皆を傷付けているのはあの方々ではないですか…」
もっとシュリーデを励ます言葉を言わないと…と思い焦ってしまう。口が回らないのがこれほど悔しいなんて…せめて気持ちが伝われば…と思い、シュリーデの背中を何度も擦った。
「おい、お前達いつまで抱き合ってるんだ!」
「!」
そうでした…ベリオリーガお兄様がいたのでした。急いでベリオリーガお兄様の前のソファにシュリーデと座り直した。ロエベとネリーが素早くお茶の準備をしている。私は流れるような美しい二人の給仕を盗み見て心のメモに書き留めていた。
「しかし、勝手な令嬢だな!わざわざローズに会いに来てまでして余計な事を言いおって!」
ベリオリーガお兄様はアエリカとギルバートが出て行った扉の方を睨んでいる。
「どうして私にあんなことを言いに来たのかしら?」
そう…ファンナ様に接触したら、もうひとりの当事者であるシュリーデに嫌味を言うのならまだしも、どうして私?と思えて仕方ない。
「ローズが私と婚姻する為に無理を通して嫁いで来た、と噂されているから…でしょうか?」
シュリーデがさらりと爆弾発言をしてきた。
う、噂ぁ?押しかけ王女だって噂にされちゃってるの!?確かに傍から見たらシュリーデに無理矢理迫ったみたいに見えるけど…でもそれとアエリカが押し掛けて来たことと何か関係があるの?
私が首を捻っているとシュリーデが…つまりな、と理由を説明してくれた。
「あのふたりは俺達の噂を聞いて、押し掛けて来たローズと俺は不仲だと判断して…ローズはファンナ嬢と自分達の軋轢を知らないと思い込んでいたと思うんだ。で、ローズの気持ちを煽って不安にさせて自分達の味方に取り込もうとした…これだと思うんだ」
「それだな!間違いない!」
ベリオリーガお兄様が膝を打って同意を示した。
「そうね…以前の私とシュリーデの状態なら、ファンナ様のことは詳しくは知らないしシュリーデともそんな会話はしていないはず…その時にアエリカ様の話を一方的に聞いていたら…アエリカ様のことを信じてしまうかも…」
敵ながら…という表現もおかしいけど、アエリカは息を吐くように嘘をついていたし、シュリーデと不仲のままの以前の私ならアエリカの言い分を信じていたかもしれない。
ベリオリーガお兄様は突然、私を指差した。
「ローズお前は、明後日の夜会ではアエリカ嬢の味方のフリをしていろ、いいな?」
ひぇぇ!?私に悪の一味に染まってしまった芝居をしろと言うの!?嘘をついたり、堂々と悪辣王女殿下なんて演じ切れる訳ないじゃない!
兎に角、大丈夫だから任せておけ!を連呼してベリオリーガお兄様は帰って行ったのだが、シュリーデは珍しく気落ちしているのか元気が無いので、シュリーデにお兄様の任せておけっていうのはどういうことなのか知ってる?とは聞きにくくなってしまった。
シュリーデに聞けないうえに、アエリカの前でオホホ…と仲間のフリして高笑いしなきゃいけないんでしょう?無理無理無理ーーぃ!
夜…食事の後のデザートの給仕を私が買って出て、シュリーデの前に茶器を配膳していく。いつものシュリーデなら鋭い眼差しで給仕チェックをしてくれるけれど、今日は上の空だ。
小言でもいいから何か話して欲しいよ…胃が痛くなりそう…
お湯を頂き、寝る前に屋敷の裏庭のベンチに座っているといつもの美形男子の輝きを発していないシュリーデが、フラフラと歩きながら近付いて来た。
「すまなかった…」
開口一番、そう言ってシュリーデは私の横に座って来ると、膝を近付けて来た。何となくだけど、ちょっと気持ちを持ち直してきた…かな?
私がシュリーデの瞳を見詰めると、目線を合わせてきたシュリーデはコクリ…と頷いた。
「少し時間を置くと、段々と冷静になってきた。俺はアエリカがファンナ嬢の話をしているのを初めて聞いた…と思う。アエリカの言っていることは、ファンナ嬢と真逆の証言ばかりだが、こちらには目撃者がいる、ファンナ嬢の言葉に嘘はない」
目撃者は確か…公爵家のキアリア=ベナファー子息だ。シュリーデとは所属は違うが軍に入隊されているはず…結構な強面顔だったと記憶している。
「ローズ…明後日の殿下の婚約発表の夜会で、状況が変わってくるはずだ」
だから、その変わってくる状況をどうしようとしているのか…知りたいのよ~
「あ…の、シュリーデ?その…その舞踏会で何を…し…」
「……」
いつまでもこのままじゃいけない、思い切って聞いてなかった!教えてくれ!と、尋ねようと思い…横に座るシュリーデへ体を向けると、シュリーデは美しい微笑みを浮かべて私を見ていた。
きゃああ!間近で見た綺麗な顔に驚き固まっている間に、シュリーデの指がスッ…と近付いて来た。
フニッ…と唇に柔らかい感触があって、ゆっくりとシュリーデの指が私の唇に触れていく。
「あ…あ……」
シュリーデ何してるの?え?指で私の唇触ってる?
「可愛くて…つい…」
そう言って私の顎を“顎クイッ”した後に再び、親指で私の唇をフニフニと触りまくるシュリーデ…
「§△◇*‘+!!!!」
色っぽく微笑まれて、憤死した………
私、夜会でどうしたらいいの…誰か助けて…
°˖✧◝ ◜✧˖°°˖✧◝ ◜✧˖°°˖✧◝ ◜✧˖°
私の頭が沸騰している間に、自室に連れ戻されて…更におでこにお休みのチュウをされて、多分気絶したのでそのまま眠ってしまったみたいだった。
次の日はシュリーデとのアレコレを思い出して赤面して、ワタワタしている間に時間が過ぎて行った。
シュリーデは警邏部隊の会議があるとかで早朝に出かけて行った。なんでも王族関係の慶事の際には祝いだワッショイにかこつけて、昼間から飲んで暴れる輩が一定数出るらしく、市街地の見回りを強化するらしいのだ。
どこの世界にも、ウエーーイ!と便乗する馬鹿がいるということか…どこにでもやつらは発生するんだね
という訳で忙しそうなシュリーデに、皆は何を分かってるの?私は悪辣王女殿下を演じる自信がありません!と訴えられないままベリオリーガお兄様の婚約発表の夜会、当日になってしまった。
何だか、独りだけ疎外感を感じている。そもそも私がぼんやりとしてお兄様達の話を聞いておらず、皆がコソコソしている理由が全然分からないだけで自業自得なのだけど…取り敢えず、シュリーデに何もしなくていいよ…と言われてしまったことにかこつけて、知らないのに知っているフリで分からないのに分かっているフリの悪あがきの芝居を続けていた。
知っているフリの芝居をしつつ悪辣王女を演じるなんて…なんてハードルの高い…明日胃潰瘍で倒れてしまいそうだ…
朝から香油でマッサージをされて、蒸しタオルで全身を拭かれて物凄く良い心地になっている、体だけはピカピカだ
「何か召し上がらないと夜会まで時間がありますが…」
ナフラにお昼すぎに聞かれて、胃に優しい食べ物を…とお願いして温かいじゃがいもスープを頂いた。付け合わせの丸パンをちぎって口に入れながら心の中で反芻していた。
私は意地悪高飛車王女…私は意地悪高飛車…自己暗示のつもりだった。
「準備は出来た?」
夕方になり、準備を終えたらしいシュリーデが私の部屋に顔を出した。
「……っ!ローズ、もしかして緊張してる?」
「っ…してる…」
シュリーデが手を伸ばしたので藁にも縋る思いでその手を掴もうとして…ナフラとネリーに阻まれた。
「今、ドレスに触られたら着崩れてしまいます!」
ネリー!?
「夜会のエスコートは男性は腰に手を当てるだけ…坊ちゃまはそう習いませんでしたか!?」
手を広げて私に近付いていたシュリーデの前に立ち塞がったナフラに、シュリーデは小さな声で「分かった…」と返していた。
一瞬、ナフラ>シュリーデの力関係の構図が見えた様な気がした。
そして何も分からないまま…出かける時間になってしまった。
「不仲を装うのなら別々の馬車で出ようか?」
と、余計な気を回したシュリーデのせいでロエベとネリーと三人で王城に向かうことになった。当然ロエベ達はお兄様達が何か計画しているのは知らない。
馬車の中でシュリーデとふたりきりになれるから、何か企んでるんですかい、旦那~?とか言って聞き出せる最後のチャンスだったのに…
「ベリオリーガ殿下のお相手ってどんな方なのですか?」
ロエベの言葉に肩が震えた。
「姫様はご紹介して頂いたのでしょう?お美しいご令嬢でした?」
ネリーの言葉に一気に心臓が跳ね上がった。
「まあ……おっ…おほほ、それは発表までのお楽しみで…」
顔が引きつりまくっていたが、何とか知らないのに知ってるフリの演技で無難に返せたようだ。
ロエベとネリーはふたり共肩を落としていた。
「そうなのですかぁ?残念~」
「なんです?姫様、また緊張してますか?」
ええっええ!そりゃもう口の中から胃が飛び出してきそうなぐらいに緊張していますとも!
そうして緊張したまま、私を乗せた馬車は王城に到着してしまったのだ。




