もう少し近づきたい~シュリーデ~
俺は“白銀の王と白薔薇の姫”を読み終えて、本を閉じた。
読み終えた本の内容を思い返す。
白薔薇の姫は好きだった婚約者の男に裏切られ、国を追われて白銀の世界に流れ着いた。そして王と出会い、傷付き、様々な危険にも遭い、そして思いを通わせた白銀の王と最後は結ばれた。
白薔薇の姫の婚約者は白薔薇の姫の妹と通じていたのだ。そして自身の婚約者であった白薔薇の姫を厭い、冤罪で陥れ、国から追い出したのだ。
小説の内容を思い出していると、胸の奥に蓋をしていた苦い思い出が蘇ってくるようだ。俺の場合は白薔薇姫のような酷い仕打ちを受けた訳じゃない。
ただ、噂をばら撒かれただけだった。
恋人を沢山作り、婚約者をないがしろにしている。
そんなことはしていないと、信じて欲しかった親友がいたが、彼は信じてはくれなかった。
思わず閉じていた目を開けて、宵闇の中庭を見詰めた。そしてそのままテラスから中庭に足を運んだ。
中庭に出ると空を見上げて夜の星を見た。
信じて欲しかった……それだけなのに……
その時、庭に人の気配を感じて身構えた。しかしこの魔力と気配は……
「ローズベルガ殿下?」
庭に置いてある長椅子に座っている小さな背中に声をかけると、飛び上がらんばかりに驚いたローズベルガ殿下が転がり落ちそうになったので、走り寄り慌てて背中を支えた。
「シュ……ルデ様」
こちらを見上げてきた、ローズベルガ殿下の瞳を見詰める。
「庭に魔灯篭があるとはいえ、暗い所は危ないですよ?」
気配を探ると、ロエベと護衛の気配は近くにある。
一人になりたくてここにいたのかな。殿下の邪魔をしてしまったかと思い、長椅子にローズベルガ殿下が深く座り直したのを見て、離れようとした時だった。
「シュリーデ様は」
突然ローズベルガ殿下に声をかけられた。
「シュリーデとお呼びください」
ローズベルガ殿下の前に膝を落としてそう伝えると、戸惑うように瞳が動いた後に小さく頷かれた。
「どうされましたか?」
「はい、シュリーデは、ラクラの木と言うお店はご存じでしょうか?」
ラクラの木……思わず溜め息が漏れた。
度々、警邏の事件案件に関わってくる店だ。
「はい、一応は茶菓子店という体裁の店の、アレですね」
「一応?」
「ラクラの木は営業許可の職種は、茶菓子店で登録されていますが、店内の給仕担当は女性のみ。客は男性限定。呼び込みが営業法に抵触する程の強引さだと苦情もきています。他国では許可されているのですが、女性店員と個室で数時間過ごして料金を取る『出会い茶店』の一種に、ラクラの木も該当するのではと最近問題になっています」
「出会い茶店!そんなお店があるのですか」
王女殿下には刺激がキツイ内容だったかもしれない。顔を真っ赤にされた殿下が、何か小声で呟いている。
「ガールズバーとか、イメクラかしら」
ん?なんて言ったんだ?
殿下の顔を覗き込んだ。殿下は、俺と目が合うと慌てながら苦笑いを浮かべた。
「よ……世の中知らないことが多いですね」
そう、世の中には王族であるローズベルガ殿下が知らない悪意や、如何わしいことが沢山溢れていますよ?
「あ……の、それでですね、そのラクラの木で私が働いているってことになっていて」
「なっ!?どういうことですか?」
俺が思わず声を上げて、それと同時に魔力も上げた為に、殿下の護衛達が近付いて来た。
ローズベルガ殿下は近付いて来たレイモンド卿と護衛のピザルに……
「ごめんなさい、大丈夫よ。私がシュリーデを驚かせてしまって」
笑顔を向けると護衛達は明らかに動揺している。
そして俺が頷くと皆が目を丸くした。
何をそんなに驚いているんだ?
「私はラクラの木で働いてもいないのに、掛け持ちで働いているなんてそんな噂を流されても困ってしまうわ」
いやっ?困るのは掛け持ちなのか、そこかっ?
……という、言葉が喉から出かかったが何とか呑み込めた。
「つまり、殿下がラクラの木で働いていると、ラクラの木が虚偽を公言していると?」
ローズベルガ殿下は困ったような顔で首を捻っている。
「う~ん、私も又聞きで詳しくは……あ、シュリーデならご存じかしら?警邏に所属している方々が教えて下さってて」
ローズベルガ殿下の言葉に眉がピクッと上がった。
ローズちゃん、ローズちゃんと馴れ馴れしく呼び捨てている、あいつらのことか?
「早急に部下に確認しておきます」
「お願いします」
困ったような微笑みを浮かべているローズベルガ殿下は俺が手を差し出すと、その手を取ってくれた。
その差し出された手が少し荒れている?
「殿下、手が」
「あっ、その……」
ローズベルガ殿下は顔を赤くすると、俺の手に重ねていた手を慌てて引っ込めた。
「水仕事を……お皿洗いとかお掃除もしているので」
掃除……そうか、マリリカの夢では普通の給仕の仕事以外にも店内で雑務も手伝っている。水仕事も多い。手荒れだってしてしまうだろう。
「あの……でも、店長も奥様もお優しいし、無理なことを頼まれてはいないの」
「はい、存じてますよ」
あ……覗き見ていて知っています、と暗に認めてしまったがローズベルガ殿下は気が付かなかったのか、笑顔で頷いている。
なんだこれ、可愛い。
もう一度手を差し出すと恐る恐る俺の手に、手を重ねてきたローズベルガ殿下。
その荒れた手に極力触れないようにエスコートをしつつ、ローズベルガ殿下の部屋の前に着いた。
つい、ローズベルガ殿下の指先に目を落としてしまった。そうだ……
「今度、手に塗る軟膏をお持ちしますね」
殿下に伝えると、ハッとしたように顔を上げて俺を見た後に、フニャと笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。あの、それで……出来れば私のことも名前で呼んで欲しいかな、なんて」
頬を染め小首を傾げて、俺を見上げたローズベルガ殿下……
自分でも顔に熱があがるのが分かる。何度か気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした後に
「ローズベルガ」
と、小さな声で囁いたらローズベルガは益々嬉しそうな顔をして
「はい」
と、返事を返してくれた。
いつも表情が変わらないと言われてるのが嫌だった自分の顔が、今日ほど有難く感じたことはなかった!
俺の表情筋よくやった!と褒めてあげたかった。
「では、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
華麗に無表情を貫いたと思われる俺は、ローズベルガが部屋の扉を閉めた後、ヨロヨロしながら廊下を歩き窓際でへたり込んだ。
周りには護衛も使用人もいないので、存分に座り込んで先程のローズベルガの笑顔を思い返していた。
いつもグロリーが……
「俺の(架空の)嫁、最高。俺の(架空の)嫁世界一可愛い。俺の(架空の)嫁、俺を殺す気か?」
馬鹿の一つ覚えのように、いもしない架空の嫁で妄想惚気をしているのを、心底ウザく感じていたのだが、今なら分かる。
俺の嫁って言えるほどじゃない、全然そんな距離感じゃないけど、心の中で叫んでしまえ。
俺の嫁、最高だぁ!!こっちは現実にいるぞっ!!
「……寝よ」
急にスン……と、気持ちが落ち着いた。
取り敢えず明日は警邏の部下に、ラクラの木の件を聞き出さなければいけない。そのラクラの木のやつらがローズベルガに対して何か良からぬことを考えているならと、考えて気が付いた。
「フフ……潰しちゃうか」
夜の廊下に俺の忍び笑いが響いていた。
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翌朝、朝食をローズベルガと食し、笑顔で送り出してくれるローズベルガに挨拶してから屋敷を出た。
見回りも兼ねて、早朝の商店街を一回りしてから警邏の詰所に出勤した。
「副隊長、あざーす」
「おはようございます」
挨拶を返して、ローズちゃんと騒いでいた部下の姿を捜す。
「おはよう、ケムイとナガラの二人は?」
「おはようございます!今日は遅番ですよ」
む?そうだったか?
急いで出退勤の連絡板を確認すると、確かに遅番になっている。
「おい、ラクラの木関連の事件は起こってないのか?」
第二班の班長が、そういえばと言いながら、俺の所にやって来た。
「事件じゃありませんが、苦情とでも言うのか、そういう問い合わせがきてますね」
「問い合わせ?」
第二班の班長は顎髭を触りながら、日誌をめくって確認している。
「え~と……“ローズちゃんと一緒にお茶を飲める券”の十枚綴りを買ったが、ローズちゃんがいつ店に行ってもいない、とか?これ苦情なのですかね?」
「ぶっ!!」
思わず吹き出してしまった。二班の班長は顔を引きつらせて、吹き出した俺を見ている。
「そんな珍妙な券が販売されているのか?」
「劇の前売り券みたいなもんですかね?」
いやいや、ちょっと違うと思うぞ?しかしなんだそれは?それこそ詐欺じゃないのか?
実際、ラクラの木にはローズベルガはいないのははっきりしているし……ん?ちょっと待てよ?
「イヴィ班長、そもそもなのだが、そのローズちゃんは有名な方なのか?」
そうだ……すっかりとローズちゃんはローズベルガだと思い込んでいたけれど、同名の女性が本当にラクラの木で働いている可能性も、少なからずあるのではないか?
「ああ、そうですね~副隊長ご存じないので?ローズちゃんは最近、マリリカの夢で働き始めた、それは綺麗なお嬢さんなんですよ。何でも先日は市井を刺激的な装いで歩いていたとかで、目撃した若い隊員やたまたま目撃した人達があちこちで噂にしていて、それがラクラの木でも働きだしたとかで?ああ、そうだ、確か今日はケムイとナガラはラクラの木に行ってみるとか言ってましたね~」
「なんだとっ!?」
「!」
思わず、怒鳴り上げてしまって、慌てて魔力と怒気を抑えた。
「マリリカの夢で働いているローズちゃんがラクラの木でも働いているという事か」
「俺はケムイからそう聞きましたけどね~」
しかし刺激的な装いだと?まさかいつものあの給仕服でフラフラしていたのか?今日ケムイとナガラが行っているのか、一度確かめて見るか?
俺は事務仕事を片付けた後、急いで商店街に向かった。




