望んでなんていない!
のんびりほのぼのしたお話の予定です。最初は旦那の気配がゼロです。旦那は徐々にローズに近付いて行きます。お互いの好感度がマイナススタートですが、頑張るヒロインと素直に慣れないヒーローにお付き合い宜しくお願いします
いつも通りに規則正しく同じような時間、夜11時過ぎくらいに眠ったはずだった。体感的に朝が来た…と思い、目を開けたら………自分の部屋じゃなかった。
どこだここ?
ゆっくりと目だけを動かして視界に入るものを確認していく。
ああ…思い出してきた。ここ公爵家だ、いつの間にか寝ていたのか…
□ ◇ □ ◇
今、私は異世界にいる。前の世界…日本人では普通に働いていて、私生活もそこそこ充実していた。しかしそこで死んでしまったか、魂が異世界に連れて行かれたのか…理由は分からないが私は異世界人の記憶を持ったままこの世界の住人、ローズベルガ=ピュリヘーベルツィーア…このピュリヘーベルツィーア王国の唯一の王女として生まれたのだった。
国王陛下(父)と国王妃(母)の良い所取りをした華やかな美貌を持っていても、私自身の元々の性格がインドア派であったこともあり、自分でいうのも何だけど非社交的な王女殿下だった。
父も母も私可愛さでモノで釣ろうとしたのか…ドレス、宝石、高価な調度品等を次から次へと買って贈ってきた。
私はそれらに一切興味は示さずに、暇さえあれば図書室に籠り、本ばかりを読んでいた。唯一の趣味は読書だった。それでも元来の気性の勤勉さが出て、王女殿下としての最低限の勉強と社交、そこだけは真剣に取り組んできたつもりだった。
ただ、必要最低限の社交の場にしか出ないのに、何故だか私の評判はすこぶる悪かった。
高価な貴金属やドレスを買い漁る奔放な王女殿下と言われているらしい…最悪だ。言っちゃなんだがパパと兄達のせいだと思う。
兎に角、三兄弟の末っ子の妹の私が可愛くて可愛くて仕方がない兄達は私を溺愛過ぎて、暴走する。私は小さい頃から両親と兄弟に言い聞かせていた。
『税金の無駄遣いはするな。華美な装いは必要ない。色は黒、茶、紺、深緑…この色が好きだ』
我ながら珍妙な王女殿下だったけれど、地味女ながらも異世界生活は充実したものになりそうだった。
それなのにそれなのに…
何をとち狂ったのかお父様は私が16才になった時に、我が国で貴族令嬢の嫁ぎたい男性ナンバーワンのプレミオルテ公爵家のシュリーデ公爵令息20才に私との婚姻の打診をしてしまったのだ。
そしてあろうことか、シュリーデ=プレミオルテ令息から思いっきり断られた!……らしい。それなのに懲りないで何度も公爵令息を呼びつけてお願いし、懇願し…令息から条件付という形で私の降嫁先に無理矢理に決定してしまったそうだ。
それを後々に聞かされたこっちの身にもなって欲しい。
私は青褪めた……そんなの権力のゴリ押しじゃないか!そんな無理矢理なことをしなくても、図書館の司書とか本屋の店員とか、おひとり様での生活なんていくらでも出来るだろう?
だか、もう決まってしまったと言われて私は情けないのと申し訳ない気持ちいっぱいで、プレミオルテ公爵家へと嫁ぐことになったのだ。
婚姻を渋るシュリーデ令息側から出された婚姻の条件は、以下だ。
その一、メイドや侍従などは王家から一切連れて来ないこと。
その二、王女殿下に関わる遊興費は公爵家では一切出費しないこと。
その三、公爵家の跡取りについては、王女殿下は口出しはしないこと。
私は唯一の友達と言える、リーグ=パシメイル伯爵令息とユリオン=ワシアロット侯爵令息とリナエル=サーガ伯爵令嬢に助言と愚痴を聞いてもらうことにした。
三人は私の出された条件を聞いて、顔色を変えた。
「そんなの白い結婚と言われたも同然じゃない!?確かにプレミオルテ公爵家のシュリーデ様と言えば、とんでもない美形で彼に見られただけで興奮して失神するとまで言われるほどの方だけど…何様なの?陛下もどうしてそんな条件を飲まれたのよ!?」
リナエルが扇子を打ち下ろしながら顔を真っ赤にしている。黙っていればお人形みたいなのに性格は男前な美少女だ。
「お父様は…私が生活に困らないように、とそればかりを気にしているのだと思うわ。私が肩身の狭い思いをするとか王族なのに苛められるとか…そんなことになるはずが無い…と思い込んでいるのだと思う」
私がそう説明すると、ユリオンが溜め息をついた。ユリオンはワイルド系の顔立ちの男前だ。
「困ったね…王族の婚姻は国の意向であることだし…もう決まってしまったんだろう?」
私が頷くと三人は大きな溜め息をついた。
「ローズベルガ様……仕方ないよ。これも王族に生まれた限りは逃れられないし、ホラ…考えようによってはプレミオルテ公爵令息の美麗なお顔を近くで見ていられる絶好の機会だよ」
リーグは吞気だなぁ~と可愛い顔を見詰めた。
「なに、お前…」
ユリオンがリーグに顔を寄せた。リーグは慌てたように
「一般的に言ってだよ、美形でしょ?」
とユリオンと私に向かって叫んでいた。確かにね…お美しい方なのよ。そりゃあの方と夫婦になれるって聞いてテンション上がったけど、何度も断られたって聞いて気分はどん底だよ。
そんな気持ちのまま私の嫁ぐ日がやってきた。因みに個人的にプレミオルテ公爵令息からはお手紙などは一切頂かないままでした。はぁ……やるせない。
そういう訳で
王城で盛大なお見送りを受けてやって来たプレミオルテ公爵家では…いきなりの先制パンチを食らっていた。
玄関先にお迎えがおじさん一人だったのだ。
どういうこと?
「当家の執事長のルベスと申します」
「ローズベルガ=ピュリヘーベルツィーアで御座います」
……しーん。
あれ?挨拶したのにそれで終わり?私の後ろで付いて来ての荷下ろしをしてくれていた近衛2人とメイドのネリーとロエベがポカンとしているのが分かる。
はあ…そうか分かってきたぞ。これは公爵家総意の元、私は望まれていないという訳だね。
室内に案内されて廊下の隅っこの部屋なのも、その上その後放置されているのも全部全部、早く出て行けこの野郎…という感じなのだろう。
一緒に部屋に入り…荷物を片付けてくれている近衛のパスバン卿(既婚)レイモンド卿(婚約者有り)は怒りで憤慨し、メイドのネリーとロエベは既に泣き出していた。
「姫様をこんな扱いなんてありますか?!これじゃああんまりですよ!」
「ロエベ、泣かないで?お父様が決められたことだし、無理矢理縁づこうとしているのはこちらの方だもの」
「姫様!?私はベリオリーガ王太子殿下に直訴したいと思います!こんな理不尽な扱い…」
「パスバン卿も落ち着いて、お兄様に言うと王家対プレミオルテ公爵家の対立にまで発展してしまうわ。もし王族の威光をチラつかせて公爵家に圧力をかけたら諸侯が黙ってはいないでしょう?」
「ですがっ姫様が我慢なさることは一つもありません!」
「レイモンド卿、お願いだから堪えてね。ここでのことは決して噂にしないでね。お願いよ」
「姫様ぁぁ…」
ネリーは声を上げて泣き出した。ネリーの背を撫でながら、私の側付きの優しい皆の顔を見た。
「別に永遠の別れでもないわ。それこそすぐにでも公爵家を追い出されるかもしれないし…そうしたら会いに行っても構わない?」
私がおどけたようにそう言うと、益々皆は泣き出した。近衛の2人まで男泣きだ。皆の背を撫でて説き伏せて、なんとか4人を公爵家から帰した。
そして…それから数時間経っても、公爵家の使用人は一度も私の部屋に来ることは無かった。
お昼過ぎになった。お腹空いたな…
まだいきなり部屋に押し込んで来て襲われないだけマシか…と色々と想定していた最悪のパターンではないことに内心安堵し、大荷物とは別に手に持っていたエコバッグっぽい肩掛け鞄から、城の料理長に作ってもらったお弁当を取り出した。
備えあれば憂いなし!
サンドウィッチが詰まった籐籠とミカンっぽい果実を弁当袋代わりの持ち巾着から取り出すと、サンドウィッチをモグモグと食べた。ペッパーモモガ(豚っぽい生き物)のサンドウィッチ、美味しいね。
先程部屋に付いているお風呂場を確認したところ、取り敢えずお湯も出るし掃除をしていない以外は、特に問題は無かった。
お弁当を食べ終わったらお風呂のお掃除しようかな~それにベッドとテーブルはロエベ達が整えてくれたからこれも問題無い。
それにしても、公爵家の人達って馬鹿だよねぇ~これ私が転生者だったから空振りに終わっちゃったけど、王女殿下に対してまあまあの嫌がらせだよね?
多分、普通の王女殿下にならめっちゃ効いた嫌がらせだろうし、1日どころか半日で城まで逃げ帰っていると思うわ。逃げて帰ったら…絶対にお父様達が激おこになると思うけど…
お父様達とプレミオルテ公爵で揉めて欲しい訳じゃないんだよね…公爵家としては私を押し付けられて早く追い出したくて堪らないのだろうけど、私が逃げちゃうとお父様達が暴れるから、ここは私が我慢をするしかない。
まあ、お金というかお父様達が持たせてくれた貯金と貴金属が山盛りあるから、あれを使わせてもらおう。食べ物なんて外に出れば市場でなんでも売っているはずだし、前世の経験則から独り歩きも問題無いはずだ。
何度も思うことだけれど、私が普通の王女殿下でなくて良かったと思ってよ?こんな扱いしていたら、王族方が乗り込んで来て公爵家お取り潰しになってたかもよ?
本当は、リナエルやロエベみたいに、泣いて暴れたい。なんてことしてくれるんだっ畜生!と怒鳴りつけてやりたい。しかし、やりたいだけで度胸が無い。人に向かって大声で怒鳴るなんてほとんどしたことのない…小心者なのだ。
情けない…
ポロッ…と涙が零れた。泣いたって仕方が無い。お金が無い訳じゃない、帰れる実家だってある。友達もいる。何の不満があるものか…
「よしっ!お風呂掃除するか!」
浴室用のモップ?とかも無いので、取り敢えず手で擦って湯垢?のようなものを落としてみた。手で擦るだけでも浴槽の滑りがマシになった気がした。
私は入浴セットや洗顔セット一式を戸棚から出した。化粧品の類は月に一度、化粧品メーカーからこちらに配送してくれる手配になっている。
貴金属やドレスは贅沢なものだと跳ね除けたけど、化粧品類は良い物を使いたい。ここは贅沢させて欲しい…とお願いしていることなのだ。
そう…王族だからと過度な贅沢は厳禁だ。国の税は国民のもの。国に使ってこそ価値がある。
私は明日はまずは食べ物を確保しようと、街に出る準備をすることにした。自分で言うのもおかしいけど根暗だが、無駄に行動力はある方なのだ。
自分の部屋の扉の施錠を確認し、窓の鍵も確認する。念の為に荷造り用のロープで取っ手の所が開かないように括りつけた。念には念を入れよ…だ。
そうして、お風呂に入った。浴室の床も汚れてる気がするね…
よしっ束子を買ったら、浴室の床も掃除しよう~ちょっぴり汚いけど元庶民だから許容範囲だ!
お気に入りのバスボムを入れて、ゆったりとお湯に浸かった。洗濯も下着類は自分で洗えばいいし、あっ洗濯石鹸買ってこなくちゃ。
何だか、淋しいけどやることいっぱいあるなぁ。しかしお風呂のお湯を止められてたり、灯りも使えないようにされてないだけ、全然マシだよね。
お風呂を出て、浴槽の水を流し…髪を拭きながら部屋に戻った。うん、部屋に侵入者無し…と。
肩掛け鞄の中を整理しながら、小さな宝石を二つと明日、商業ギルドでお金を下ろす為のギルドカードをミニ巾着に入れた。残りの宝石は隠しておくか…私なら、あそこだな!メイド達が掃除してくれたトイレに行き、トイレの横の物置を開けた。
あるある…トイレットペーパー、この世界のお尻拭き紙だ。私は黒色のもち巾着袋に宝石箱を入れてトイレ紙を上から置いて、物置の奥に隠しておいた。
さて…そろそろ寝ようかな。
夜中一度、ドアノブをガチャガチャと回されることがあった。その音に震えあがったが、暫くすると諦めたのか再び静かになった。
やはり怖いものは怖い。
ここには怖いからと言って縋るものが無い。もう涙なんて異世界に転生してしまったと分かった時点で泣いて泣いて…泣きつかれて枯れたと思っていたのに、まだ泣けるんだ。
「ぐっ…っ…うぅ…」
泣くのは今だけだ。明日は元気に頑張ろう。やることは沢山ある。