行動の代償1
「そそ。前にも言ったと思うけど気持ち…内面的なものはあいつらには解らないんだよ。だけど目に見えて解る行動っていうのはすぐに感知されてしまう。彼らの監視の目というのはこの王城には特に多くあるみたいなんだ。まあ、全てをぼくも把握できてないのが現状だけどね…」
まずエルディスが王子が、婚約者が少しばかり部下と親し気に話していたからといって部下に対して嫉妬するという態度はわたしが驚くほどの出来事だった。しかも、見られたら誰にでもわかる程度に表に出てしまっていたのだ。
表情が読めない、微笑みを絶やさないはずの完璧王子のエルディスがそんな風に婚約者を問い詰める場面は確かにイレギュラーだろう。
あの場合にこやかにわたしを庭に連れ出すまでは問題なかった。
…森に差し掛かったあたりだろう。相手は婚約者とはいえ、”あくまで形式的にデートに誘った相手”を茂みに連れ込んで強引にキスをするなんて行動は、設定上は真面目で品行方正なエルディス王子のする行動ではない。
会話の内容も良くなかったかもしれない。一応、気を付けていたみたいだったけれど羽根うさぎが出てきたということは相手にバレてしまったということだ。
「あっ…ちなみにバレてしまった要因にディアナの涙と平手打ちもあったと思うよ。」
羽根うさぎが鋭く突っ込みを入れてくる。何時もながら頭の中は筒抜けだ。
(うっ…そうね。貴族の子女としてあるまじき行動…だし、確かにそんなキャラではなかったと思う。ヒロインに嫌がらせなんて悪役でもなかったよね…)
本当に絡みは少ないキャラクターだったのだ。当て馬だけどヒロインに積極的に関わる所謂悪役でもない。
こうして、考えていると少しずつ思いだしてくるけれど、基本的に情報は少なかった。
(それだけ人物像がはっきりしていないってことなんだよね…)
エルディス王子は、わたしのことが好きなのだという。そう伝えてくれた。
それは、嬉しいというより戸惑いが大きい。
記憶にある限りゲームにそんな展開は無かったのだ。バットエンドでもそんな展開は無かった…はずだ。
(何かとても大事なこと忘れている気がする…)
ヒロインのバットエンドであるなら、失恋エンドであるならエルディス王子は婚約者とそのまま結婚しても何ら不思議はない。
むしろ、当て馬役が自らの幸せを求めるならそこを目指す…というのがセオリーなのではないだろうか。
でも、わたしはそれでは駄目なのだと知っている。でも、どうしてなのか思い出せなのがもどかしい。思考の海に沈みかけていたところに羽根うさぎの声が聞こえた。
「まあ、簡単に言っちゃえば。…君たちは仮面夫婦ならぬ仮面婚約者同士?をしてるはずなのに痴話げんかしちゃったってこと。」
ズバリ言われればそうなのだろう。それくらいわかりやすいやり取りだったということだ。
噂好きの貴族の目に留まれば面白おかしく尾ひれを付けて話が広まっていたことは想像に難くない。
そういえば、わたしはが普通に生活する分にはイレギュラーは発生していない。
…無意識にキャラクターに沿った行動をしている…?わたしが、エルディス王子が好きだって感情は…設定されたもの?
ふと、思いついた疑問にドキリとした。何時好きになったのかわたしは思い出せていない。
「ディアナ…大丈夫だよ…はっきりとは言えないけれど思い出せば解ることだから…今はその不安は取り除いてあげられないんだ。でも大丈夫。それは伝えてあげられる。」
わたしは羽根うさぎを見た。表情は無いのに心配されていると解ってしまう。わたしを包むエルディス王子の腕に力が込められる。
見上げたエルディス王子の表情は困っているようなそれでいて切ないような…複雑なものだった。
「エルディス王子…?」
羽根うさぎもエルディス王子も、わたしが思い出せていない何かを知っている。だけど、教えてくれない。
そして、思い出すことでわたしの身に何かあるのかもしれない。気を使われているのを肌に感じるのだから。
「今は、これから出てくるものに対抗することに集中しようか。ディアナ。」
「…出てくるもの?」
「そうだよ。イレギュラーを取り除く為に世界を支配するものが動くはずだよ。あいつらがくる。それは世界を支配する者に知らせるための斥候だよ。それは神殿に向かうだろうから力づくで止めてほしい。神殿で動けないだろうあいつのところに到達させなければ問題ない。」
「…神殿に到達させなければ?」
羽根うさぎはこくりと頷いた。
「…そいつらは、時間を食う。イレギュラーが発生した時間を食べるんだ。そして、二度とそれが起きないように対処する為に知らせに行くんだよ。神殿にいるあいつに。」
「時間を食べる…?」
「その言葉のままだよ。無かったことにするんだよ。即ち記憶にも記録にも残らない出来事になるんだ。そうさせちゃいけない。せっかく得た力を取られちゃうんだよね…。僕の記憶も曖昧になるから厄介だよまったく。君たちが起こした
イレギュラーはそのまま事実として残さなきゃいけないんだ。シナリオ通りなんてことは…僕もエルディスも…そして、君にも何も良いことは無いからね…。さて、時間だ。聞きたいこともあると思うけれどね。」
羽根うさぎは、優しくわたしの頭を撫でた。驚いて顔を上げる。
「…大丈夫。エルディスは君を守れるよ。だから信じてあげて。それだけのことをしてきたことを僕は知っている。」
エルディス王子と目が合う。宿るのは強い光。美しい金色の瞳。
「ディアナは、俺が守る。」
わたしは、小さく頷いた。
「時間だね。無事を祈っているよディアナ。」
羽根うさぎがそう言った瞬間世界の色が戻る。そして目の前にありえない光景が広がっていた。
”魔物”だゲームの画面でみたままのそれがそこに居た。
獰猛な魔狼。ただ、一匹だったけれどそれは結界の中には居ないはずの存在だった。