舵を失った沈没者1
気がついた時には目の前が真っ赤に染まっていた。
返り血を浴びた服は目眩がする模様を描き、ベッタリと赤黒に色を変える。地面には肉の塊のようなモノが所々に散って嫌な光沢を出している。
……腸…?
……皮膚…?
………ぅ…な、に、これ…?
吐き気が襲い、口元を押さえる。
気持ちが悪い……怖い……
腐ったゴミ溜めの中に閉じ込められたように臭いが充満する。
う…けほぉっ……おぇ………
耐え難い臭いと恐怖が襲い、その場に吐いてしまった。
拷問ならもう十分。
でもそれだけでは済まなかった。
そこへさらに拍車をかけるように、恐怖はわたしを弄んだ。
ひぃっ……!
血生臭い霧のかかった不気味な闇から憎悪の影が現れる。
そこには言葉では表現できない物体、モノ。
強いて言うなら植物の様な怪物。ひとまとめに生物と呼ぶにはほど遠かった。
その怪物が異様な動きを見せながら少しずつこちらに歩み寄って来る。
次はオマエだと言わんばかりに暗闇に鈍い光を放ちながら、鋭利な触手をフラつかせ、時折地面を勢いよく叩きつける。
わたしはもう動けなくなっていた。
吐き気がして、見たくないモノを見て、恐怖に晒され、心が崩壊していた。
もぅやだ………やだよ……!!
泣き崩れ、ただただ泣く。
一人じゃ何もできない、無力な自分。
そんな自分も今、殺されそうになっている。
イヤ…だ……イヤ……イヤ………!!
だれか…………たすけて………!!!
*1**年 0*月 *2日
PM 09:28
BSF エントランスホール
「────どう、やってみない?」
それは突然の誘いだった。
「でも、リユ……まだ弱いし、二人の足引っ張っちゃうよ……」
二人は一緒に行こうと言ってくれるけど、わたしはまだ弱い。
それは旅団に登録してまだ数ヶ月。
右も左も分からなくて、その辺を散策している時に「チームに入らない?」と、誘ってくれたのがこの人だった。
「無理にとは言わないよ?でも、武器は貸すし、ちゃんと守るから。それに本当にヤバくなったら逃げればいいしさ」
乗り気じゃないわたしに優しく微笑んでくれるのは、『フユタ』。こんなわたしをチームに誘ってくれたとても優しい人。
「へへっ、こいつの言うとおりだぜ?三人寄れば文殊の知恵ってな」
こっちはいつもやる気に満ちていてチームを盛り上げてくれる『カイ』。
力持ちで、この人がいると何でもできそうな気持ちになる。
二人とも大切な仲間。頼りないわたしと一緒に歩いて来てくれた大好きな二人。
だからこそ、できることならこの依頼は受けたくなかった。
危険な依頼をして誰かがもし…もし、死んでしまったら……
でも、そんな不安とは逆に、二人が望むなら力になりたいとも思っていた。
「二人がやるならやってみる……」
どっちつかずの思いのまま、二人の意見を尊重した。
わたしは二人に手を引かれて、終わりに向かう『アビス・シィー』を歩き始めた。
___BSF施設内 旅団隊長室
「本当に受けるのかい?」
旅団隊長もこれには渋い顔をしていた。
「生半可な装備、技術の場合だと危険なリスクが高くなります……受ける際はよく、考えてください」
「うーん…」と、考え悩んでいる旅団隊長の横で背の高い女の人がわたし達に警告を重ねた。
見る限り、どちらも不安を隠せないでいた。
懸念材料があるからに決まっている。きっとわたしのことだ。
「大丈夫です。やらせてくれませんか?」
「頼む!隊長!」
二人が頼み込み、しばらく考えた後渋々許可を出してくれた。一瞬わたしを見ていた気がした。
「…分かったよ。ただ、気をつけるんだよ?」
「ありがとうございます」
「よっしゃぁ!」
喜ぶ二人と、「本当にいいんですか?」と異議を唱える女の人。それはわたしも同じ意見だったけど、口に出す勇気はなかった。
部屋を後にして、
「さぁ、行こう?準備開始だ」
「任務は2日後だし、急ぐことはないけどな」
再びわたしは手を引かれ、危険すぎる依頼の準備に取りかかった。