自由を背負う人々
「ここは……と?」
「それとも、こっちとか」
騒音と煙たい空気の大広間を抜け、狭い廊下をお忍びで進む。
上へ上へと、雑な案内表記を頼りにとりあえず向かう……というより、上に行く道しかないのだからこうするしかない。
そして、所々に階層の番号が振られていることに気付いた私は唖然だった。
記された数字を並べれば「B8F」「B7F」「B6F」と、地下なんだろうか……いや、地下なんだろうと理解させられる。
一つの階層がどれくらいの規模かは分からないけど、多分すさまじく大きいに違いない。
通りで迷うし、尚更初見殺しすぎる構造なのだから。
とんでもない所に来ちゃったよね……帰れるの?ノルさん。
──それにしてもここはどこなんだろう。
近所にこんな場所あるはずもないし、下の雰囲気も明らかに怪しい。
「また階段~?……もぅ」また少し階段を登り、明かりのついている通路をしばらく進むと、突如終点が見えた。
「あった……」
上りの道がようやく終わり、流れるままに進むとその部屋はあった。
行き止まりの細い廊下にポツンと明かりが灯された小さな扉だ。
「(旅団長室っていうくらいだから、もっとこう……でかい感じかと思ったけど……)」
「ほっ…………」
予想外にも期待から外れたものだったけど、ガッカリなどというより安堵の方が強かった。
「おい」
────?!!
突然の声に肩が上がり、身体が一瞬硬直する。
恐る恐るこの聞こえた真後ろを振り向くと、鋭い目つきに重苦しい雰囲気。若干だけど、火薬のような少し焦げた臭いがした。
気怠さを纏った人物が、こちらを見下すように睨む。
「用があるならさっさと入れ」
「えっ!!いつの間に?!」
「……はぁ、無いなら退け」
「いや、あの……」私の答えを聞かずして強行突破を図る男の人が、無理やり扉と距離を詰める。
何とも言えない威圧感に自然と体が扉から逸れてしまい、簡単に道を譲ってしまう。
男の人が扉を開けて、そしてすぐに支えていた手は離され、部屋の光が一瞬外へこぼれる。
「えっちょ、私も入りますから!!」
ゆっくりと閉まりかける扉に手をかけ、続いて入室する──
「(ここが……)」照明が視界を照らし、勢いで中へと入ると、また少し違う風景と雰囲気へ変わったようだった。
「やぁ、ゼノ。って~、また新しい女の子連れ込んだの~??」
「コロスぞ」
「ねへへ……相変わらずだね」
「……」
ゆっくりと足を進め、その歩みは男の人の少し後ろ辺りで止めた。
覗き込むようにそっと男の人を見る。
男の人もこちらを一瞥するが、すぐに視線を戻して気にせず会話を進めていく。
椅子に座り、机に頬杖をつきながら明るく振る舞う応対に対して、この人は呆れ顔だ。
明るい対応はそのまま、ニコニコ笑いながら話し続けていたが、一呼吸おいて私に視線が移った。
「──ま、冗談はさておき。そちらの御嬢さんは?」
「あ、えっと、鳥と帰り道教えてくれませんか……」
「へ?」
「あ、あぁ……!すいません急に!!」
なんという失態……。
恥ずかしいどころじゃない、これじゃ変な人だよ。
「ノル……という方にここに行くようにって言われたんですけど──伝わってなかった、ですか……?」
「んんーー。んー。んん!ああ、なんか聞いた気がするよ。キミのことだったんだね~」
「──キミ名前は?」
「ルリです。笠南 瑠璃」
「そう……僕はね、シグ。ここの──」
「『タダ飯食らい』だろ」
…………。
空間が一時ストップ。
笑顔のまま凍るシグさんとその横にいる女性の視線、呆れ笑いを浮かべる相手に私もシグさんを見つめる。
「……ウウン!──ここのリーダーみたいなもんさ」
あ、流した。
「んで、僕の横にいるこっちはミナキ少尉、キミの側にいる怖いお兄さんがゼノ。そして……」
「ようこそ自由の旅団、BSFへ」
「は、はい……?」
流された対応と聞きなれない単語に間が空く。
「シグ……部外者に余計なことを言うな。後で面倒なことになる」
「えーいいじゃーん、少しくらいさ。ちょっとは宣伝効果があると見込んでるんだけど」
再度口を挿むゼノ……さんだっけ。私とシグさんの間に割って入り警告する。
宣伝?面倒?どちらにしろさっぱりわからない。
「入るぞ──んぁあ?……賑やかだなこりゃ」
…………?
後ろで扉が開く音に振り返ると、今度はかなり体つきの良い巨漢が狭そうに扉を押さえ登場する。
「お、ちょうどいいとこに。どうだった?」
シグさんが奥で手を振り、軽く挨拶をする。
大男も適当に手を振り返し、その大きな片方の手には見たことのある色が収まっていた。
瞬きをし、無意識にその姿をはっきりと捉えようとする。
「ああ、アンタが持ち主か?……すまねぇが手は尽くしたんだがな」
「……」
「──悪いな」
「いえ……ありがとう、ございます」
汚れて艶を失った羽。
大きな掌に包まれていたのは紛れもなく、あのとき助けたはずの鳥だった。
暴れたのか、羽は抜け落ちボサボサになっていた。
「……ルリさん?」
「鳥か。小鳥一羽ぐらいで──」
「ゼーーノ」
「フン……」
小鳥を視界の脇に捉えながら、シグさんに制止され気に障ったのかそのまま部屋を後にしてしまう。
「譲さんよ。こいつはまだ幼いみたいだが、最期に一瞬だが飛んだんだ」
「羽ばたくたびに羽が抜けちまってな。鳴きながら飛んで────アンタを呼んでたような気もしたぜ」
「まぁ。鳥語なんてもんは理解できねぇぞ?ただそんな感じが、な」
気まずそうに頭を掻くけれど、この人が悪い所なんてない。
むしろお礼を言うべきなのに。
「……っ、すみませんなんか……。なんでか、すごく……」
「こっちに来て座りましょう?さぁ」
亡骸を受け取り、俯く私にやさしく促す。
涙が視界を淀ませ、手を引かれ脇にあったソファーに座る。
「ダメだなーゼノは~」
「落ち着くまでここにいるといいよ。帰りもこっちで手配するからさ」
「──ごめんなさい」
「いいってことさ」
その時の小鳥の死は、何か特別なものを失ったような。
心を潰されるような感情に、知らずに涙していた。
誰に向けたかは分からない。誰に言えばいいのか。特別な死に感じた私は口籠る。
ごめんなさい、と。




