渋沢玲香編・番外編:フォアグラ事件(ほのぼの回)
2013年の春ごろだったかな、「旅行に行くから予定を開けといてね!」と連絡が来た。
社長に舞々ちゃんを預かってもらい、当日出発した。
私は車の助手席に座っていたが、高速道路の景色は単調なので知らない間に爆睡していた。
起きた時には高級ホテルの駐車場。
カバンを片手にチェックイン——もちろん手続きは渋沢さんが行っている。
この時点で私は、完全に「迷子の子猫ちゃんの仕草をするデブ」だった。
エレベーターに乗り、部屋へ案内される。
部屋に着くと、なんとそこは広々とした素敵なお部屋。
お部屋がたくさんあってベッドルームが2つ、おトイレも2つ、お風呂場も2つ、さらに外のお風呂場は露天風呂までついている。
露天風呂の隣はウッドデッキだ。
俯瞰する心は「平屋の二世帯住宅かよ!」と気後れしていた。
ホテル内には大浴場やサウナがあったので、運転をしてくれた彼女への気遣いもそこそこに、まずは独自行動を開始。
昼寝で爆睡、大浴場にサウナ。
そんなご接待というかリラクゼーションに感謝しつつ、夕食の時間になった。
メニューはホテルの創作系コース(フレンチ系)なのだろうか。
お皿の中には「ちっこい盛り付け」がされているので、たぶんフレンチだ。
私は食事のときにお酒類はあまり嗜みたくない派(あまりお酒が強くない)なので、ワインは頼まず水か炭酸水。
食事が進み、皿が変わり、また違う皿が来る。
常に見張られているような感覚がある。
あの空気感の中で給仕の方をガン無視できる方々って、ある意味すごい。
食事のマナーなのだろうけれど、私はどうにも慣れない……。
そして、新しい皿が出てきた。
白いお皿の中央に、角砂糖よりちょっと大きめのお豆腐ステーキのような食べ物(※フォアグラ)。
渋沢さんは普通に食べている。
私も半分に切って口に入れてみた。
戦慄が走った。全世界に戦慄が走った。
否、ビッグバンが喉の奥から溢れかえりそうだった。
私はこの状況を無効化しないと人生が詰む、と即座に確信した。
採るべき行動はひとつだけ、「飲み込むこと」。
簡単なことではあるが、身体が全力で拒否している。
私は漁港育ちで釣りも趣味にしているから、生ものには耐性がある。
しかし、これはいただけない。油腐れの腐敗臭であると、脊髄が命令を出しているのだ。
脳からの判断待ちではない。
熱いやかんに触れた瞬間に手を引っ込める、あの反射的な感覚に近かった。
その刹那、私の脳は世界一速いCPUでも追いつけないほどの超高速演算を開始した。
◇
中学生の頃、出席番号の兼ね合いでいつも隣の席になってしまう女子(丸子)がいた。
いつも一緒だったので、女友達のような感覚で接していた子だ。
その子が高校を卒業してバスガイドになった。
研修期間が終わり、初めて乗務したときのエピソードを聞いたことがある。
当時、観光バスは喫煙OK、飲酒OK、セクハラもややOKという、昭和の名残が色濃く残る時代だった。
酒の匂いとタバコの煙、おやじたちの臭気、バス独特の軽油と排気ガスの匂い。
その中で揺れる車体と、ガイドを野次るおやじたち。
新人バスガイドのひよっこ(丸子)は、進行方向とは逆の後ろを向いて立っている。
車酔いが込み上げ、喉の奥がえずく。
おやじたちであってもお客様だ、虹色のキラキラを逆噴射するわけにはいかない。
酸っぱい胃液を飲み込み、さらに飲み込み、「飲み込みの連打」を決めて乗り切った——という武勇伝だ。
◇
超高速演算、終了。
私は飲み込んだ。
えずく、また飲み込んだ。
ちょっと涙が出ていたが、何食わぬ顔をしながら必死で飲み込んだ。
残りの半分を口に入れた。紳士道の根性を見せてやる。
えずく、飲み込む、えずく、また飲み込む。
グラスの水を一気に飲み干す。
私は勝った! 嘔吐反射に勝ったぞ!
丸子の苦労と努力と勇気を引き継いだ、俺たちの勝利だ!
丸子、辛かったよな。あの時の気持ち、今なら痛いほどよく分かるよ!ありがとうな、丸子……!
などと心の中で咆哮しながら、私は渋沢さんに「お水のおかわりってできますか?」と謙虚にお願いするのでした。
【ステータス更新】
苦手なもんば、昔の同級生の記憶ば借りてまで、頑張って飲み込んだっちゃね。よかよか。
隠れ属性「全然関係ないとば思い出してからの、全集中しよった」耐性、上昇したっちゃん。よかよか、ほんとよかよか。




