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出来損ないはクビ 忠告はたしかにしましたよ

あの日、目の前にそれはそれは美しい銀の花が、唐突に降ってきた。


手が、印象的だった。


一纏めにしたさらさらな銀の髪。

雪のように白い肌。

吸い込まれそうな青紫色の大きな瞳。


花のような美しいひとだと思った。


——なのに。


手だけが、違っていた。


骨ばって、長くて、大きい。

そのくせ、やけに繊細で。

美しさの中に、ひとつだけ異物が混じっているみたいに、目が離せなかった。


ああ。


あの手は。


美しく循環する銀色の光が、脳裏に浮かぶ。

幾何学模様が重なり、ほどけ、また組み上がる。

音もないはずなのに、なぜか旋律のように感じた。


あの手は——


そうとしか思えなかった。 


触れるための手じゃない。

創るための手だ。


骨ばった長い指は、どんなふうに線をなぞるのだろう。

どんなふうに、完成へと導くのだろう。


そして、あの手が。


——私にふれたなら。


想像しただけで、胸の奥がざわつく。

逃げるべきなのに、目を逸らせない。


閉じ込めたい。


壊してしまわないように。

誰の手にも触れさせないように。


——私の、銀の花。


偶然を必然にしようと、決めた。




「ブルーメ・クンツェ、本日限りでお前は解雇する」



徹夜三日目、霞む目を擦るブルーメを男爵子息イディオットが睨みつけた。


その後ろにはニヤニヤした魔工士たち。


「ブルーメ、このアンゲーベン商会のお荷物が。毎日残業ばかりの効率の悪さ、おかしなこだわり、どこに目があるかわからない伸び切った髪、毎日同じ服を着るセンスのなさ。お前のような品のない無能の出来損ないに払う金はないんだよ」


自分の行動の全てには、理由がある。


けれど、それを説明したくないくらいに、もうほとほと疲れきってしまっていた。


「わかったなら荷物をまとめてさっさと出ていけ。一秒でも早くな。移民と同じ空気など吸いたくもない。ゴミはゴミ箱がお似合いだ」


「……今まで、お世話になりました……。ただ…俺が今まで確認作業をしていた魔工電池は、魔気の共振周波数が個体ごとに微妙に違うので微調整してから固定しないと…」


「ああ、わかったわかった。お前のそのくだらんこだわりのせいで魔工電池の出荷数が増やせないと聞いている。今後はその作業もマニュアル化してくだらん時間は削減することにする」


眉間にシワを寄せ、ぎゅっと血が滲むほど強く手を握り込み、俯いた。


もしも、イディオットの言うマニュアル化が、電池の周波数を一致させて作ることだったら、条件によっては暴発するーー。


そう口を開く前に、店を追い出された。


どうか。


自分が微調整し続けた魔工具たちがその命を正しく使えますように。


そう願わずにはいられなかった。


その夜、イディオットと魔工士たちは目障りなブルーメの追放を喜び、宴会を開き祝杯をあげた。


それが、破滅への祝杯だとも知らずに……





「はあ……今日から無職か。今月の給料も払わずに、あの男爵の馬鹿息子……クソったれが」


靴も脱がずにベッドに崩れ落ちる。


「母さんに張り倒されるな」


街外れの森の中のボロボロの一軒家でブルーメは怒り混じりの溜息をついた。




ブルーメ・クンツェは、移民である。


隣国ノルトフルスの精霊の百年の怒りと言われる災禍を逃れ、この国、グリンベルクへと来た。


唯一の家族であった母は渦中で命を落とし、ブルーメはひとりぼっちとなった。


グリンベルクでは、移民は平民と同等、と法では謳われているが、実際は賤民の扱いだ。


ブルーメは優秀な魔工士であった母に幼い頃から叩き込まれた魔工技術のおかげで、なんとか商会の下働きになることができた。


このブルーメの母という人は、「身の回りのものは何でも魔工具になる・無駄なものは何一つない」がモットーで魔石の魔気を少しでも無駄にしようものなら容赦なく息子を張り倒した。


なのでブルーメも自ずと無駄が嫌いな気質になった。



そして商会で下働きとして働くうちに、その技術への精通ぶりを当時の魔工士長に認められ、商会の魔工士となった。


そこまでは良かった。


ブルーメの、その博識さが仇となったのだ。


ある時、イディオットの仕事のミスを指摘してしまったことをきっかけにイジメは始まった。


イディオットはブルーメに他の魔工士の10倍の仕事を押し付け、業績は横取りした。他の魔工士も右に倣えで仕事を押し付け始め、40度の熱があるときもブルーメはブルブル震える手で魔工筆を持ち設計式を描いた。


その結果がこれである。


「ははは…もう笑うしかないわ」


ところどころネズミが齧ったぼろ板の天井を飽きるほどの時間眺めていたブルーメだったが、ぐううという自分の腹の音ではっとした。



「なんか腹、減ったな……こんな時でも………よし!メシだ!」




イディオット達の宴会と時同じくして、王国内のギルドではある掲示が一斉に貼り出された。


この国の最高学府、王立学院にこの人ありと言わしめた怪物教授の突然の引退。


その、ポスト争奪戦。


条件の一文にはこうあった。


「既存にとらわれない理論もしくは技術の提示ができる者」


あの怪物教授の後任。


ハイレベルな試験になると、国内の学者や技術者、研究員は沸き立った。



ーー森のボロ家で腹を減らしている貧乏魔工士が、この最高学府に新風を巻き起こすことになるとは。


まだ誰も知らない。



ただ、一人——


 

翡翠のような瞳を持つ男を除いて。


 

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イディオットむかつく!
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