#19 能力なしvsスーパーヴィラン軍団
《BEEPBEEPBEEPBEEP!!》
鳴りやまない警報が意味するのは、“囚人の大量脱獄”。
ヘルゲートのカウンセラー、感情操作能力を持つプロフェッサーが、次々とヴィランを解放しているのだ。
だが、一体なんのために。
『…カイト・クライ!そこにいるな、監視カメラからすべて見えているぞ!』
天井のスピーカーから、プロフェッサーの声が聞こえてくる。
看守室を乗っ取り、完全にコントロールを掌握したのだろう。
「…何か用か?プロフェッサー」
『とぼけるな!さっきは私をさんざんバカにして…“天才”である私に恥をかかせたな!お前だけは、絶対に許さない!』
…なるほどな。
こっちから聞く前に、なにもかも話してくれて助かる。
つまり、この暴動は、俺がプロフェッサーの計画を否定したことに対する、単なる“逆恨み”だってことだ。
『私の囚人を操る能力がどれだけ恐ろしいか、身をもって知るがいい。さぁ、ヴィラン共よ…カイト・クライを消せ!』
そう言うと、スピーカーからの声がブツッと途切れる。
「全員、散開してカイト社長を警護しろ!」
ロックが部下に命令したのと、ほぼ同時だった。
「…カイト・クライ!覚悟しろぉーッ!」
通路の陰から飛び出てきたのは…頭に犬の被り物をしたヴィラン【アンダードッグ】。
俺を目がけて、まっすぐに飛びかかってくる。
《BLAM!!》
《AHHHH!!》
俺が迎え撃つより早く、ロックが撃ったゴム弾が頭に命中し、アンダードッグは動かなくなった。
さすが、鬼の看守長だな。
だが、これから大勢のヴィランが襲ってくるはずだ。
「アタシを今すぐ解放したら、他の囚人共なんか超スピードで蹴散らしてあげるけど?」
事情を察したファストレーンが高らかに笑うが、それはできない。
混乱に乗じて逃げるつもりなのはわかっている。
レンズマン、ローチトラップ、コピーキャット、ファストレーン…この中の誰か一人でも欠けたら、俺の作戦は成り立たなくなる。
だが、このままでは、囚人の暴動にこいつらまで巻き込まれかねない。
それに…ルナや、無関係なロック、看守たちまで。
仕方ない。
「ロック隊長。あなたは4人の囚人と、私の秘書…ルナを連れて、屋上のヘリポートに向かってください」
「なにを言ってるんですか、カイト社長!?」
「そ、そうよ!」
俺の突然の発言に、ロックだけでなくルナまで驚いている。
「プロフェッサーの狙いは、私、カイト・クライだけです。これから、ヘリポートとは反対の方向…最深部まで引き返します。その隙に、あなたたちは屋上へ」
「置いていくわけにはいきません!危険なスーパーヴィランが、大勢あなたを狙ってるんですよ!?」
「…クライ産業の社長として、私も、部下を危険には晒せません」
そう。これは、俺の“社長”としての意見だ。
「私は、ヘルゲート刑務所の新たな運用者となります。あなたたち看守は、もう私の部下です。私が時間を稼ぎます、あなたたちは無事にヘリポートまで囚人を送り届け…応援を引き連れて戻ってきてください」
今度は、ロックは反論しなかった。
じっと考え込んだ後に、口を開く。
「…分かりましたよ、“ボス”。任務をやり遂げて、俺たちが必ずあなたを助けに戻ってきます」
そう言うと、先ほどまで使っていたカードキーを渡してきた。
「これで、刑務所内のあらゆるゲートを施錠・開錠できます。少しでも役に立てばいいんですが。無線機もお渡ししますが、銃も必要ですか?」
「ありがとう、銃は結構です」
今度は、ルナだ。
「“相棒”なら、自分が何をするべきかわかるだろ?」
「…ほんと、こういう時だけ都合いいんだから」
あきれたような、どこか笑っているような、よく分からない顔だな。
「それじゃ…ヘリで待ってるからね」
◇◇◇◇◇
「イブ、聞こえるか」
「はい、カイト様?」
ルナたちと別れ、1人走る俺は、さっそく超小型インカムでイブを呼び出した。
「話は聞いていたな。今から、ヘルゲートの最深部にまた戻る。なるべく屋上から遠ざかりたいんだ。監視カメラにアクセスして、囚人がどこから向かってくるか俺に教えてくれ」
看守室を乗っ取ったプロフェッサーには、監視カメラで俺の行動は筒抜けだ。
居場所を完璧に把握し、ヴィランを差し向けてくるだろう。
だが、問題ない。
俺はヒーローだ。
襲いかかってきたヴィランは全員倒す。
「…お言葉ですが、カイト様」
「なんだ、イブ?」
「1点、重要な問題がございます。今のカイト様は…ナイトクロウのスーツを着用していない、ということです」
…そうか。
スーツはスーツでも、今日の俺が着ているのは、ビジネス用の高級スーツ。
腕力を強化し、あらゆる攻撃を防ぎ、飛行もできるハイテクスーツではない。
そのことを忘れていたわけじゃない。
…俺自身が、大した問題として認識していなかっただけだ。
スーパーパワーを持たず、ハイテクスーツを着用した常人ヒーローとして活動をしていると、必ず言われることがある。
─『ナイトクロウは、スーツさえなければただの人だ』と。
果たして、本当にそうだろうか?
「カイト様!」
さっそく、イブが注意を促してきた。
「前方、左通路から、15人ほどの囚人が向かってきます。先頭は、スーパーヴィラン【キャンディマン】です」
助かるな、おかげで攻撃に備えることができる。
《AAARGH!!》
通路の陰から現れた囚人軍団。
先頭のキャンディマンは、超肥満体のヴィラン。
能力は、その脂肪により一切の攻撃を受け付けないこと。
きっと今も、食堂でなにか食べていたんだろう。
口の周りと、囚人服が食べカスで汚れている。
…不潔極まりないな。
俺は歩みを止め、腰を低く落とす。
キャンディマンは、攻撃をはじく。
スーツなし、生身の俺が有効な一撃を与えられるわけがない。
目の前には、突進してくる超巨体。
絶望的な状況か?
いや…これはチャンスだ。
(スウッー…)
息を吸い込み、キャンディマンが俺を吹き飛ばす直前…逆の方向に軽く力を加えて、やつを投げ飛ばす。
東洋の武術、【合気道】の応用だ。
向かってくる相手の力を利用する。
《SMAAAASH!!》
《AHHHH!!》
後ろに続いていた囚人たち目がけて、派手に吹っ飛んだキャンディマン。
ボウリングなら、ストライクってとこだな。
スーツやパワーがなくても、頭を使えば、少しの力でピンチを切り抜けられる。
「カイト様!」
再び走り出したが、またもイブの警告だ。
「前方に、【マイム・マン】です!」
くそ、今度は厄介な相手だ。
俺の前に立ちふさがる、気取った笑みを浮かべる白塗りのヴィラン、マイム・マン。
能力は、パントマイムを現実化することだ。
やつが銃を撃つパントマイムを行えば…何もないはずの指先からは、実際に弾丸が発射される。
今のあいつは…まずい、壁を作るパントマイムの最中だ。
ということは、目の前には見えない壁ができていることになる。
このまま走り抜ければ、衝突する!
とっさに向きを変え、脇の通路に入る。
少し遠回りになるが、仕方ない。
『…いいぞ、逃げろ逃げろ!キャンディマンを倒したのは焦ったが、あんなのはまぐれだ!ただの人間が、スーパーヴィランに勝てるわけがない!それに、逃げ続けるのも限界があるぞ?』
スピーカーから、カメラ越しに俺を見ているプロフェッサーの楽しげな声がする。
…あいつの言っていることは、だいたい正しい。
だが、一つ勘違いをしている。
いくら俺でも、生身の状態でヘルゲート中のヴィラン相手に勝てるわけがない。
かと言って、応援が来るまで、このまま逃げ続けるのも難しい。
その点では、プロフェッサーに同意だ。
だから俺は…ただ、逃げ回ってるわけじゃない。
ある囚人の独房に向かっているんだ。
やつを倒せる、スーパーヴィランのもとへ。
チートなし、常人主人公はどう切り抜ける!?
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次回もお楽しみに!