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人外闘争伝   作者: HR
12/16

遁走

殺すなよぉ。そいつらは可愛いワンちゃんのご飯なんだからなぁ?



          「調教師」グリマール


「――――っは!!」



射る。

ためらいなく、微塵の哀れみもなく射る。


跳ねるように、踊るようにしなやかに無駄なく動くライルの腕は、矢筒から一瞬にして矢を抜き出し、つがえ、照準し、射た。


脱力したところから必要な部分にのみ力をかよわせ、俊敏性に特化されたライルの技術は一連の動作をわずか一秒で行うことを可能にする。

これは、精密射撃の妙手であるエルフにおいて中々できない芸当だ。

未だ十代であるのにこの熟練度。

実戦においてわずかの緊張もなく行うその胆力。

そこに、少年の修羅場をかいくぐってきた様が窺える。



「わっ!」


「な、なんだぁ!?」



さらに、それほどの速さを誇る射撃においてなお精密さを維持する技量。

ライルが放った矢は、一撃たりとも外すことなく、狙った相手の頭部を撃ち抜き、四散させた。


敵が略奪品に夢中になっていたということもあろうが、優に四百は離れていようこの距離から一撃――しかも、矢が頭部を貫いた瞬間砕いたことから魔力を込められたことが窺われる。


その証拠が微かに青白く発光する鏃にいえるだろう。



「敵襲だ、敵襲!」


「どこにいやがるんだぁ!?」



喚きながら敵である自身を捜し周囲を見回す賊に相反して、ライルは人間どもの頭を吹き飛ばした手応えと興奮を織り交ぜながらも、頭の芯は冷静に敵を観察する。


腰を振って喜んでいる馬鹿が二人。

馬車から引きずりおろした荷物をあさっている奴らが5人。

馬車がかすかに揺れていることから、中に2、3人はまだいる可能性はある。


ざっと10人はいるだろう。

とはいえ二人――いや、今三人目が潰れた。


腰を振っていた馬鹿が二人と、荷物をあさっているのが一人、頭部を吹き飛ばされ、その勢いのままにもんどり打って地べたを転がる。

これで残るは七人。


仲間がやられたというのに、それに慌てて動き出すのが荷物をあさっている者が二人のみ。

そいつらもどことなく足取りが怪しく思い、新たに矢をつがえながら観察すると、顔を赤く染めているのが見て取れた。荷物あさりの周りを見ると、こじ開けられた樽と、振動で微かに水面を揺らすその中身。


どうやら、真昼だというのに、荷を奪ったそばから酒盛りを始めていたらしい。

全く、ごくろうなことだ。


実に楽だと、ライルは思う。

とかく、盗賊は――特に、人間のそれは間抜けが多い。

自分達の行っていることの代償は、命だと理解しているのか不明なことが多々あるのだ。


ろくに手入れもしない武器。

罅がが入ったままの鎧。

相手を事前に確認しない。

情報を確認しない。



そういった様をライルは良く見ていた。

今回のようにろくに見張りも出さず、見晴らしのよい場所で襲撃したにも関わらずその場で動きを止め酒盛りを始める。


愚かで、愚図で。

そういうのは――実に有り難い。


さらにまた一人、ライルの放った矢に貫かれ、あっさりと息絶える。



ぼろいぜ。

そう、ライルは思った。






助かったの?

そう、女は思った。


本当に、今日は厄日だ。

久しぶりに――実に半年ぶりに、外に出て、王国に行こうと思っていたのに。

血なまぐさい公国を出て、ようやく文明に触れられると思ったのに、蟻か何かのように湧き出てきた薄汚い人間達。


せっかくの旅行だから、むさ苦しい男はいらないとお忍びで出てしまったからまともに戦える人もなく、御者と付き人はあっさりと殺されてしまった。


そして、私は――これ以上、考えたくない。

今更、この程度のことで動じたりはしないが、それでも気障な貴族と野蛮で薄汚くて臭い下民では、違いは歴然とする。


それ以上は、もう、いい。



四つん這いにさせられて、屈辱を耐え凌ぐ内に、どこからか撃ち込まれた矢が盗賊達を射抜いた。

それを、盗賊の腐った血潮を浴びてぬるぬるした不快感と臭いで気付く。


のろのろと、四つん這いのまま首だけを女は動かした。

気付くと、彼女を襲った者たちは皆地に伏しており、その周りに作った血だまりと頭部のない肉塊が視界に焼き付く。



「――――っつ、うえぇあぁぁ!」



生理的嫌悪からか、それとも別の何かか。

判然としないまま、彼女は嘔吐した。

胃液が逆流し、喉を焼け付くような痛みと不快な臭いが襲う。

だが痙攣し、咳き込みながらも彼女は微かに笑った。



ざまあみろ、薄汚い下民め。

私にこんなことをするからだ。

見ろ、きっと国の騎士が助けに来てくれたんだ。


彼女は、咳き込み喉を震わせ、その刺激で涙をたらしながらも矢が飛んできた方向を見据える。


ああそうだ。

きっと、助けにきてくれるんだ。

だって、私は貴族なのだから。


だから――――



そこまで思ったところで、彼女の思考は霧散する。

新たに飛んできた矢が、彼女の頭部を吹き飛ばしたからだ。

とはいえ、彼女は幸せだったろう。

安堵の気持ちを抱いたままに、死ぬことができたのだから。


当たり所が良かったのか、彼女の頭部は丁度唇の位置から綺麗に吹き飛ばされ、その部位に目立つ損傷はない。


彼女の唇は、確かに笑みを浮かべていた――――





結局、数では上回っていた盗賊達は、ライルの放つ矢によって一矢報いることもできずにその機能を停止した。


血だまりの中に残るは、荷物をまき散らした半壊した荷車のみ。


荷を引っ張っていた馬は盗賊によって殺され、犯されていた女も死んだ。



だが、ライルにはそのようなことはどうでもよく――――




「おい、見ろよニコ!食料に金に酒、何でもあるぜ!」



心の底から歓喜を表し、どうだと言わんばかりに馬車の中身をひっくり返し、笑みを浮かべる。



「へっへ、こいつら貴族だったんだな。よく見りゃ着ている服もかなりいいもんじゃねえか。金もたっぷり・・・これなら、しばらく働く必要もねえ。わざわざ戦場にいく必要もねえな。なあニコ。ヴェルン公国についたら、しばらくだらだらしてっか?」


金銀細工をひっつかみながら、ライルはニコに振り向く。


「・・・うん、そうしようか。しばらくのんびりしよう。」



「なあニコ。なあって」



落ち込んだ様子のニコにライルは後ろに回り、肩を回した。

なだめるように、諭すように語りかける。



「何を気にしてんだって。このお貴族様は、とっくに盗賊にやられちまってたんだ。馬も殺され、守る人もいない。どうせひたすら犯されて輪姦されてあの世いきなんだぜ?お前が気にすることねえって。な?」


ぱんぱん、とライルはニコの肩を叩く。

これで話は終わりだと。


「でも、殺すことはなかったよ・・・あの女の人も、盗賊の人達も。だって、その気になれば、殺さなくても荷物は取れたよ」


尻すぼみに言葉を発するニコ。

初めから小さな声だっただけに、最後の方は辛うじてだった。




とはいえ、ニコの言い分は否定できない。

ライルは弓の熟練者だが、同時に魔術の使い手でもある。

彼ならばわざわざ弓を用いなくとも、相手を無効化する手段はあるのである。

神経毒を用いて動きを止めたり、眠らせたり、精霊の力を借りれば地面に首だけ残して埋めるといったことも容易いだろう。



「はぁ、何言ってやがる。そんなことして荷物を奪っても、後から追いかけ回されるだけだろう?盗賊はしつこいぞ。俺達を奴隷にしようとするかもしれねえ、もしかしたらこの女みたいにされるかもしれねえんだ。貴族だって何してくるか分かったもんじゃねえぞ。あいつ等の考えていることは山の魔豚が考えていそうなゲスなことばかりだ。――――なあ、いつも言ってるだろ。ためらうなって。やるって決めた時はな、もう敵を倒すために技をふるっている時と同時なんだ。甘いんだよ、ニコは。度胸持てって。」



とはいえ、ニコの言っていることは、この世界、特に傭兵稼業で飯にありつくような者たちからすれば間抜けの一言で済まされる。

遠距離から敵を狙える弓に比べ、魔術の射程はあまりにも短い。

それこそ、腕の立つ者で、間合いの広い得物を扱うならば付けいる隙を与えかねない程に。

もちろん中には規格外の魔術師もいるが、それは例外でしかない。

才能溢れる使い手たるライルだが、そう易々とはいかないのが魔術なのだ。


無駄なリスクを負うわけにはいかないのである。



「いつまでもここでぐずぐずしているわけにもいかねえ。血の臭いはするし、ここは街道だ。さっさとずらかるぞニコ。」



いうが早いが、荷物をてきぱきと積み込み、ライルは準備を始める。


「・・・うん。」


その様を、ニコは悲しげに見つめた――――







サンセベリア王国から北へ向かうと、巨大な山々が聳える様が目に映る。

標高にして5000メートル近くの山々がいくつも連なり、大地の偉大さを臨むと望まずとに関わらず人々に知らしめるのだ。

そして、その上層は万年雪が積もり、下層の青々とした森と融合し雄大な様を醸し出す。


この光景を目に焼き付けた人々は、畏敬の念を込め礼賛するのだ。

この美しく雄大な大地を作られた創造神は、かくも偉大だと。


とはいえそれは景観だけの話で、その中身はというと殺伐としたものであるというのが実状だ。


ロキュヌー山脈と言われるこの山脈の山々は、豊富な資源に満ちている。高層にのみ生息する薬草、魔力を宿しているため魔導具の作成に有効な木々。

鉄鉱石や魔力の伝導率が極めて高い結晶石。


数え上げればきりがないほどに有効な素材がこの山々には眠っているのである。


だがそれほど有用な資源が眠っているというのに、近くにあるサンセベリア王国も、山脈の麓に位置するヴェルン公国も資源の採取は行っていない。


――――いや、行えないのである。


考えてみれば極めて疑問であろう。

幾多の資源を、自分達の栄光のためならば他の生命など歯牙にもかけない人間が極めて有効な資源を目の前にして手を出さない。それは手を出すことができないという切実な事情があるからに他ならないからである。


峻厳な山々は切り立つような崖が多く、それ自体が人間の進入を阻んでいるともいえるが――一番の問題は、そこに住む生物たちだ。


通常の獣を四、五倍ほど大きくし、それにはち切れんばかりにと搭載された筋肉。

それに付随する濃厚な魔素。

そして何より、「好んで人を襲う」という凶暴性を併せ持つ野獣たちがひしめきあっているのだ。

このような、濃密な魔素と、人を好むという凶暴性を併せ持つ獣をひとまとめに、人々は「魔獣」と呼称する。


そして、もう一つ。

魔獣以上に厄介な生物がこの地にはいる。


青白さを感じる時があるほどに生白い肌。

怜悧な美貌。

頭部に生えた異形の角。

鋭くとがった爪。

人間とは比較にならない魔力と、その行使技術。


そして何より、凶悪な魔獣を使役し、連携した作戦をとってくる狡猾さ。


人とも、亜人とも異なる彼らを、人々は恐怖と軽蔑を交え「魔人」と称した。








二人の少年が向かうは、戦乱と背徳の国、ヴェルン。

公国の大領主同士が争いを引き起こし、物資の不足から資源の略奪をせんと山脈に踏み込み、その結果魔族との争いをも引き起こし三つ巴の争いと化した国。

幾多の人々の思いが絡まり、交差し、そして千切れゆく悪徳の都である――――







地鳴りと轟くような雄叫びが、戦士達の鼓膜を揺さぶる。

この戦乱の最中、生き残っている戦士達はどれも一筋縄ではいかない猛者だが、それでもその叫び声は戦士達を揺さぶった。


次いで衝撃。

「それ」から発せられる無色の波動は、放ったものから全方向へ拡散され、近くにいた者達は血飛沫を巻き上げながら岩盤へ叩き付けられる。


何の指向性もない、ろくに魔術の構築もされていない、ただその身に宿った魔力を体から押し出すようにして放った児戯に等しい一撃は、その圧倒的なまでの淀んだ魔力をもって恐ろしい破壊力を生み出したのだ。


その姿は、猪というのが最も近いだろう。

城壁ほどもあるその背丈を気にしないならば、という条件はつくが。

優に10メートルはあろうその巨体は、血走った目に狂気を浮かべ、辺りに散らばる有象無象を消しとばさんと猛威を振るう。


「猪」のようなそれの赤茶色の毛皮は半分以上がちぎれ飛んでいる。それは臨戦態勢にはいった猪――のような「魔獣」が筋肉を肥大化させ、自らの毛皮を裂き、まき散らしたからだ。

生理的嫌悪感を抱かせるにまで至った肥大した肉は、どくどくと脈打ち、浮き出た血管がさらにその気色の悪さを助長する。



「――!」



今、また一人の戦士が魔獣の突進を受けた。

手にした大盾を構えるも、魔獣はそれを意に解することなく突進し、その大盾ごと戦士を吹き飛ばす。


15センチはあろうという異様なまでの厚さを誇る大盾がただの一撃で砕け散る。手にした男の左腕とともに。

男は左腕を潰されながらも空中で受け身を取り落下での衝撃を最小限に抑えることに成功する。

とはいえ軽減してなお残る衝撃と、魔獣の突進を直に受けたために立ち上がるのが男の限界だった。



――――やべえなぁ、こいつ。


そう思い、ばかげた魔力と肉体と、その荒ぶる様に戦慄しながらも男は体をうごかさんと叱咤する。


流れの傭兵であったその中年の男は、魔獣退治とて幾度も経験したことのある熟練者とも言うべき者だった。

金を得んと、戦火にさらされた貧しい農民の家を飛び出し、早20年。

したたかに生き延び続けたその実力は確かなもので、だからこそこの依頼を受けたのだ。



俺も、焼きが回ったなぁ。



いつからだろうか。

ひたすら戦場に行って、敵を殺して、荷物を奪って。

酒を飲んで、女を抱いて。

金が減ってきたら、また戦場に行って。


その繰り返しが、いつからか違和感を感じるようになってきた。

始めは小さなしこりのようなものだったのだろう。

始まりを覚えていない、小さな、小さなものだったのだろう。


いつのまにか大きくなって、気付いたら体の動きが鈍くなりつつある自分に気付いた。

時折、体が痺れ、動きが鈍くなるのだ。

今はまだ戦いに支障はないが、じわじわとその度合いが増しているのがわかった。

傭兵にとって、体が資本だ。

体が使えない傭兵に働き口なぞありはしない。

そして、自分も年齢的にもいい頃合いだ。

だから、男はこれで最後にしようと思ったのだ。


公国に現れる大型の魔獣討伐。

参加しただけで金貨10枚。

仕留めた者には50枚。

参加人数は50人以上推奨。


金貨が5枚あれば、一年は暮らせる。

破格の報酬といってもいいそれは、この道20年の男には警戒心を抱かせるに十分なものだった。


だが、金が必要だった。

その日暮らしの男には、纏まった金なぞない。

稼いだ分は使う。

それが常だった。

故郷に戻るにせよ、どこかの国で店を開くにせよ、資本金が必要だ。


組合から金を借りる手もあったが、それだけは嫌だった。

今まで金を借りたばかりに奴隷に身を堕とし、剣奴として働かされている者達を何人も見てきたからだ。


だったら、あえて危険な仕事に手を出すのもありだ。

そう、男は思ったのだ。


20年にもわたる豊富な経験が男の自身を裏付ける。

今までに何度も敗北側の軍にいたこともあったし、孤立無援の戦線に投入されたことも一度や二度ではない。

単体で集団相手に戦ったこともある。

糞みたいな状況は散々味わっている。

だがそれでも男は生き残ってきた。

知識と勘と、経験と、度胸と、その剣の腕一本でこの世の中を渡ってきたのだ。

絶対に、生き残る。



――――そう思って討伐に参加して、これだ。



あまりにも、異常だった。


誰が思うか、その魔獣は城壁のように巨大だと。

誰が信じる、鋼鐵の大剣をはじき返すと。

誰が認める、稚拙とはいえ獣が魔術を行使すると。


だがそれが、現実だった。

中央の、人間同士の争いが主流の戦場に長く身を置いてきた男は知らなかったのだ。

この世界に当たり前のようにひしめく化け物達を。


皮肉にも、長い経験が仇となった。

最後の仕事だからか、いややはり金のためか。

男は判断を誤ったのだ。

常に怠ってはならない「情報」の確認を十分にするべきだったのだ。本来なら気付いたはずだ。その討伐にこの付近の傭兵が参加していないことに、新参者ばかりがいることに。

この地にいた者達はわかっていたのだ、これは危険すぎると。

いや、男とて分かっていたはずだ。情報を確認し、それでも男は討伐に参加したのだ。

危険性を理解してなお、男は自分ならば大丈夫だと踏み込んだのだ。

常の男ならば、決して踏み入れはしない甘い罠に嵌ってしまったのだ。



魔獣が――化け物が、男に迫り来る。

20メートルは吹き飛ばされたというのに、一息で迫り来る。

巨体だというのに、異様な速さ。

搭載しすぎた感のある筋肉をもってなお余りある瞬発力で魔獣は雄叫びをあげ、地響きを立てながら男を喰らわんと駆ける。

ぬらぬらとした唾液と、先ほど食い散らかした同僚の血肉で不気味に光沢のある牙を剥き出し、その鋭い両眼を血走らせながら。



これで終わりかと、男は地面に膝をつく。


呆気ねえなあ、人間の終わりなんざ。


死を前にして男が感じたのは諦観。

どこかで理解していたのだ、この因果な商売で禄な人生は送れないと。

心のどこかで男は理解していたのだ。

だから、妙に男は納得する。


これで、いいかと。











――――男は知り得ない。

常軌を逸した化け物がいるのならば、それを倒す者もいるはずで。


それもまた、化け物だと。





男が覚悟した痛みはなく、代わりに響くは耳をつんざく悲鳴。

異常を察知し、何事かと目を開けようとした瞬間、生暖かくぬるぬるした液体が男の全身を突如襲う。

何だと思うよりも早く、岩盤を砕いたかのような爆音。

その轟音に鼓膜が引きちぎれそうになり、血を流しすぎたことで意識を朦朧としながらも面を上げる。



なんじゃあ、こりゃあ。



男が見たものは、顔面を断ち切られ、血飛沫をあげながら「転がり」、「のたうち回る」化け物。

先ほどまでの圧倒的な蹂躙はどこへやら、傷を負った獣は赤子のように泣き喚く。




「――――立て、立って闘え。」



強靱な意志が込められた、ガラガラとした男の声。

その声を聞いた瞬間、男は背筋が凍るような錯覚を覚える。



「傷を負ったのは初めてか?ならば喜べ名もなき魔獣よ。今この瞬間をもってして、お前はただ暴れ回る獣ではなくなる『機会』を得たのだ。――さあ、選択の時だ。愚昧なる獣となるか、暴虐の闘争を挑む『闘獣』となるか」



『それ』を見た瞬間、男は戦慄を覚える。

その気迫か、眼光か、その姿か、あるいはもっと根源的な何か。

判然とはせずとも男は理解した。心が理解したのだ。



人二人分は容易にありそうな背丈。

はち切れんばかりに搭載された破格の筋肉。

全身を覆う暗緑色の鱗。

濁った瞳ながらも、尋常ではない炯々たる眼光。


――――そして何より、鉄塊のように巨大な二振りの大鉈。




噂には聞いていた。

戦場においてたまに現れては散々その能力の高さと連携の良さで戦線を引っかき回していく亜人の中において、特に手強い相手だった蜥蜴人。そいつらは同種の中において弱者であると。

だから人間の戦場に現れているのだ。


馬鹿馬鹿しいと思った。

このご時世、少数の亜人達は纏まっているというのに、人間達のように同種間で争う奴らがいるかと。


だが『理解して』しまった。

これが、噂の奴らだと。




――――三年前に、東の果てより現れたわずか20人程度の傭兵団。

少数のそれは、圧倒的な力で全ての依頼を達成するという。だが、条件を満たさねば依頼した側が殺されてしまうという、戦場の伝説のような話。

だが、その伝説が真実だとするならば。


そうだ、ならばこいつの名は――


そう思ったところで、視界が暗くなっていく。

痛みも消えていく。

感覚も、思いも、全てが遠くなっていく。



「さあ、その力を見せてみろ」



きっと、ひどく嬉しそうな顔をしているのだろうなと、妙に確信した。


この男の名は――







――――血塗れのダラン。


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