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身体変化と友人変化

 愛情でなければ嫌がらせ。それほどまでに熱情のこもった深い口付けだった。目を開くとあまりにも美しい狼が自分を塞いでおり、これに抵抗できるのならば男ではないとさえ思った。

 全く同じ内装の巴椰の部屋に戻り、その部屋の主はぽすんとベッドに寝かされた。未だ身体に力は入っておらず、顔は赤いままだった。

「……怒ってる?」

  シェリー と口付けているのを見た途端、頭の芯が凍りついた。

 言われた言葉が低回する。下手に謝ると咬み殺されそうな、何とも嫌な空気だった。

 一言も発さず、ブレットは屈み込んでただ巴椰の唇を塞いだ。つい先ほど、シェリーがしたのと同じように。

 熱にこれ以上耐えられない身体に一気にまた熱が回り、白銀を映す瞳は潤み、勝手に涙が目尻から流れ落ちていた。

 すぐさまそれを見つけ、口を離して彼はその筋を舌先で舐めとった。

「--途方もなく、お前が好きだよ。自己を止められないほど、苦しい」

「だからって八つ当たりすんなよ……ッ」

「八つ当たりじゃあない。嫉妬で狂いそうなんだ」

 当てつけの嫌がらせであったあのキスがここまで効果を持つとは思わなかった。これはまた彼女の嫉妬を仰ぎそうだが、そこまで考えると暴れる気も起きなかった。無限ループとは恐ろしい。 

 間髪入れずに繰り返す接吻を受け入れてやり、巴椰は耳をふかふかと撫でてやっていた。

「他のやつらにも会いに行きたいんだけど--駄目だよな、今行ったら確実にお前は追ってくるし」

「今日は特に。抱かせてくれるなら考えないでもない」

「却下。もふるからいいよ、上質の犬の毛をもふってると思えば我慢できる」

 枕に腰を預けて半身を起こし、巴椰は彼の耳や尾を指先で解しては手の平で揉みしだいた。その様は犬と変わりなく、大きな犬といっても過言はなかった。

 狗犬らしく荒っぽく彼の唇を奪い、ブレットはぬいぐるみでも抱くかのように彼を両腕に収めた。

 甘ったるいバニラの香りが髪からも発せられ、鼻腔をくすぐっては悪戯に抜けていった。甘党狼はいつでも、例え深紅に染まっていても、この匂いがしていた。

「……超甘い。あんたのがよっぽど甘いよ」

「お前がそう思うのなら。それでも構わない」

 ぶつ、とまた唇が切れ、赤いラインが流れ出した。飽きないらしく、舌を染めてそれを味わって舐めていた。

 痛みもあまりないそれにただくすぐったく感じ、巴椰はブレットを繰り返し撫で続けた。

 --破裂音の後に扉が倒れたのは、丁度そのときだった。 

「とーもやァ!はよー、遊ぼうぜ!」

 No.1に空気の読めない彼が、ドアをぶちのめしてそこでにこにこと笑っていた。あまりにも無垢に、恨むこともできない愛らしいほどに。

 続けざまに授受と逆叉が顔を出し、「わぉ」と揃って小さく声を上げた。

「…………ブレット。今すぐ離れて、冴がキレる前に早く」

「冗談。誰が離すものか」

 くくく、と低くおかしそうにブレットは巴椰のみを見つめて笑んだ。お決まりの苛々を見抜いているらしく、敢えて巴椰の頬を舐めた。

 何々面白い?と少女二人は正反対の感情でその様を眺めていた。何ぞやー?と、気付けばゲナまでそこにいた。皆ショーでも始まるのかと、そんな気持ちで戸口に立っていた。

 お決まりながら大鎌を振り上げ、冴はギロリとブレットを睨みつけた。

「--俺の友達に何してんだよ、絶倫野郎」

「恋人にキスをして何が悪い。お前とは一線を画している、認めてしまえ」

「あの黒兎に殴り殺されかけたのに助けなかったお前が恋人?笑わせんなよクソ狼」

「この子がそんなことで傷を負うわけがないだろう。信用もまた、愛情のなせる技だ」

 冴の言葉を逆手にとって返し、ブレットは自信も身を起こして彼へと向かった。未だ武器は出さずに、悠然と巴椰をその腕に抱いて。

 やれーやっちまえーとギャラリーは適当に煽り、やはり観戦気分でその様を眺めていた。いつの間にかまた増え、カトレアまでそこにいた。

 これはいけないと、巴椰は飛び出して冴の前に立ちふさがった。

「馬鹿、止めろ!皆怪我してんのに、これ以上お母さんに迷惑かけてどうすんだよ!」

「お母さん?悪いがうちに家族はいねぇんだ。どいてくれよ、巴椰」

 にぱっと、愛想良く優しく笑う。自分に対するこの表情と他に対する温度差は一体何なんだ。

 タックルする勢いでその胴に腕を回し、巴椰はギャラリーに呆れたように目をやった。

「お前らも煽んな!せめて全員治ってからやれ!特に冴と逆叉はやりあって怪我してんのに……!」

 やっちまえーとからからと笑いながら煽る様はまるで中学生のようだった。何が楽しいのか、始まる前からなんだなんだとざわついて。

 名指しされてぽかんとし、「わっち?」と逆叉は小首を傾げた。

「そうだよわっちさんだよ!な、まずは療養しろ。でないとコールに言いつける」

「……これは」鎌を持つ腕を下ろし、冴は呆けたように彼をまじまじと見つめた。

「な、何。何か悪いことでも言ったか、俺」

「いんや。呆れてヤる気も起きねぇんだよ」

 くすくすと、何がおかしいのか冴はその場で腹を抱えて笑っていた。鎌をとうに片付け、馬鹿らしいとでも言うかのように。

 当人のみがぽかんとしたまま取り残される中、冴はギャラリーの方を向いてギロリと睨みを効かせた。

「お前ら、また出て来やがってよぉ……ぶっ殺されてーのか、塵芥ども」

「わはー、怒ったー!ゲナ、タッチ!」

「おっしゃあ、任しんさい!鬼さんこちらやきぃよお!」

 授受がおどけてゲナに触れ、それに乗って彼は手を打って冴を挑発していた。逆叉も武器を構え、カトレアはいつの間にかまた溶けて消えていた。

 そして解りやすく挑発に引っかかり、また鎌を構えて冴は牙をむいた。

「あいつら、いっぺんノさねぇとな。俺は巴椰と遊びに来たってのに……」

「恋人同士の戯れを邪魔しにくるようなのを受け入れるほど、うちの恋人を舐めてもらっては困るな。さっさと消えろ、間男は必要ない」

「どっちが間男だか、そのうちはっきりさせてやらぁよアホ狼」

 つくづく馬の合わない二人であり、その間にいる自分こそがむしろ間男なのではないかと疑える。喧嘩するほどなんとやらというやつでは無かろうか。いや、違うか。

 「またな」と巴椰には相変わらず油断しきった笑顔を向け、冴は竜巻の如く彼らを追って部屋を出ていった。

 静寂の戻ってきた部屋でそっと目元を手でこすり、巴椰はブレットににへらと笑みかけた。

「--泣いてんの、バレてたかな。冴にも、他のヒトにも」

「さぁ、どうだろうな。お前の身体は跡の残りにくい身体だから」

「おあ、知ってたのかよ。怪我してもすぐ治るんだよな、最近」

 知ってるさ、とさして興味もないかのように彼は言った。興醒めしたというのは傍目にもよく解り、不機嫌なのもまた然り。

 治癒力が格段に飛躍した身体。それがどんな意味を持つかなど、大した問題のようには思えなかった。便利な身体になったのだと、そればかりだと思っていた。事実、そうなのだから。

 またもふもふとブレットの頭を撫で、巴椰はその甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。頭の中にも満たすように。

第一章完結です。

これにて第二章に入ります。出来次第URL張っておきますので、よろしければ続きもごらんになって下さいませ。


追記:最終話といいながら完結にしていなかったので再投稿です。編集でも変えられませんでしたので。まことに申し訳ありませんでした。

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