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キライの天の邪鬼

 くだらない、と蔑み、ロワールと呼ばれた彼は口を結んだ。眼前のそれをきっと睨み付けたまま。

 動ずることすらなく、レインはゆっくりと歩み寄り、何一つ言わずその胴を斬りつけた。

 肉の切れる感触も骨に当たる感触もなく、ロワールはその刃を素手で受け止めた。

「……こんななまくらで僕を切ろうだなんて。お得意の植物はどうしたよ、赤薔薇」

「あなたに使うまでもないということです、解りなさい」受け止められるもまだ力を加え続け、レインは表情を一切崩さずに言った。「その眼が、嫌な目だ。あの子のカニバルを否定し、私に妄りに近寄ったその眼が」

「裏切られたのは僕なのに、被害者面なんて白々しい。あの時殺してくれれば、あんたが授受を止めなければ!」

 激昂、吠声。兎であるのにそれらしくなく、ロワールはそのまま手首を捻って刃をへし折った。

 刃の砕け散る音が手の中で吸収されて消え、ただがらんと床の上に欠けたそれが転がった。

 何の反応もせずに先の折れたそれを眺め、レインはあぁとだけ声を漏らした。

「--つまり、死なない今頃に殺せと言うのですか。死にたくないものと信じて殺しに来たというのに」

「天の邪鬼な性分だけは変わらないみたいで何より」その掌に傷はなく、鉄のかけらが指の間を舐めて落ちた。「こんな奴らに引き渡した落とし前を十分に付けられる」

 にっと悪党面で笑み、ロワールは叩きつけるかのように彼めがけて反撃の一撃を殴りつけた。

 臆することなく持ち前の反射神経でそれを回避、続けざまに鋭利に煌めく砕けたそれを拾い、レインは傷口を逢わせた。

「さて、どうしたものでしょうね」

「はぁ!?何言ってんのか解ってんのかお前!」

「勿論。死にたいとあの時願ったから生かせたのに、今では殺せと。願望通りにするのは私の紳士道に反します」

「てめぇのアホくせぇ紳士道なんざどうだっていいんだよ。今はこいつら片づけて巴椰助けんのが先決だろう」

「惚れた腫れたとはまた厄介ですね」傷口を逢わされた刃は自然と溶融して付き、また一本のそれとしてレインの手に収まった。「あなたはやっぱり、あの子がお気に入りでしたか」

「あやー、そうなんしょ?竜も狙っとんやのねぇ」

 馬鹿にするかのように純粋にゲナは冴を笑った。一人暇そうに床に座り込み、惨劇の様を揚々と眺めて。

 逆叉との鍔迫り合いを弾き、冴はキッと彼らを睨みつけた。

「纏めて消すぞ、変態ども。その薄ら笑いもムカつく」

「私は要らないですよ、あんな子。私は兎一匹で充分。飼い慣らすのに二匹も三匹も必要ない」

「誰が、飼い慣らされるって?」

 床に伏す死屍を足場に跳躍し、ロワールはレインへとその拳を振り下ろした。彼もまた相当神経に来ているらしく、殺気がその身から満ち満ちていた。

 ふふんと鼻を鳴らし、ゲナは両手をメガホンのように頬の前で構え、逆叉に声をかけた。

「渡したくないやしに、四肢ぶった斬っても構わんよ。俺ぁどうにも先頭向きじゃあらんけ」

「御意」低く凍った声が答え、その一撃にまた重みが増す。「大人しいまともな友人が、欲しかったの」

「まともが欲しいならあの女から離れることだ。あんたくらい力がありゃあ可能だろうがよッ……!」

 体つきでも武器でも勝敗を決しない。互角であるのは他人の目にも明らか、見てくれはほとんど真逆だというのにだ。

 その細腕で何度も何度も重い刃を振るい、薙いではまた切り裂いて受け流す。きっちりと防がないと、何度も刺し貫くそれは急所を狙ってその白刃を閃かせた。

 まるで獣のコエであろうかーー息を呑んだ一瞬、低くうなり声をあげる銃声が群がる死屍の上の虚空を響かせた。

「赤薔薇ァァァァァァァ!!」

 空間すら震えたそれはロワールの耳には届いておらず、その拳は確実に、音に立ち止まったレインを捉えていた。

 この空間、銃を使う者は無し。皆が皆、相手を裂く剣を構え持ち、だからこそ銃声に耳が反応したのだ。

 砂嵐のような僅かな視界のぶれとともに床に人形のようにそれは落ち、迫る影に目を見開いた。

「--ッ、巴椰!?」

 持ち前の反射神経でレインの避けた跡には、歪み裂けた空間の亀裂から落ちた巴椰が居た。呆然と、仰向けに転がされたまま目の前のそれを見つめて。

 寸前で手を止めたロワールは、突如として眼前に現れた彼に戸惑いを隠せず狗犬のように荒く呼吸を繰り返していた。

「……わぉ、兎だ」

「君……何、どうして。さっきまで居なかったのに」

 その場の戦闘がまたしても凍り付く。投げ出された当人も困惑し、解決に努めることは疲れた頭ではほぼ不可能だった。

「ありゃん?」と、不可思議そうにゲナが立ち上がって巴椰に目をやった。

「衝撃が強すぎて強制退場ってことかしねぇ。とすると、うちの女狼様も匣ん中では一介のそれと同じだかんしにぁ」 

「……シェリーの、血の匂い」

 鼻をひくつかせ、逆叉はじっと巴椰を見つめていた。剣呑に眉はひそみ、唇をきゅっと結んで。

 ふらふらとしながらもその場から退くも、瞬時、ロワールは緩んだ気を張りつめさせ振り向いた。

 いつの間に背後に回っていたのか--笑顔に狂気を織り交ぜ、レインは容赦なくその腹部に武器を使わずに重い一撃を叩き込んだ。

 ずぅ--と鈍音が飽和し兎の倒れ伏していく中、視界のジャック二度目、その元凶はその場に姿を現した。

「あらまぁ」他人事に兎を担ぎ、レインは不意と巴椰の頬を空いた手でこすった。

「……血液、似合いませんね。授受が悲しみます」

 ぐったりとして、息はしているが意識はない黒兎。ぽかんとしていると、レインはにこりと仮面のように笑んで元凶へと手を述べた。

 白銀を紅で染め上げた、そのケモノへと。

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