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3/3

午前二時、ドラゴンは死ぬ

ランカとリリーが広場の近くへたどり着くと、町はすでに大混乱に陥っていた。


数十メートル先で、巨大なドラゴンが暴れ回っている。


石畳は砕け、レンガ造りの家々が玩具のように吹き飛ばされていた。


人々は悲鳴を上げながら、狭い路地へ逃げ込んでいく。


「どうして……。昼間はあんなに弱っていたのに」


リリーが呟く。


隣では、ランカが杖を両手で握り締めていた。


その手は小刻みに震えている。


それでも、ランカは杖をドラゴンへ向けた。


「ファイア!」


杖の先から放たれた火球が、ドラゴンの頭上で爆発する。


炎と煙が巨大な頭部を包んだ。


ドラゴンは一瞬だけ怯んだものの、傷一つ負っていない。


怒りに満ちた咆哮を上げると、二人を目がけて突進してきた。


「逃げて!」


ランカがリリーの腕を引く。


二人は間一髪で横道へ飛び込み、ドラゴンの突進をかわした。


直後、ギルドから武器を持った戦士たちが次々と駆けつけてくる。


「大丈夫か!」


聞き覚えのある声に振り返ると、アルス、ガイル、マリアの三人が走ってきた。


「二人とも、どこかに隠れていて!」


マリアが叫ぶ。


ランカとリリーは少し離れた石塀の陰へ身を隠した。


アルスたちはドラゴンへ果敢に立ち向かう。


アルスの剣も、ガイルの大剣も、硬い鱗に弾き返されていた。


「アルス!」


ガイルがドラゴンの尾を避けながら叫ぶ。


「お前、ドラゴンを倒したことがあるんじゃなかったのか!」


「うるさい! 俺が倒したのは、こいつの半分くらいの大きさだった!」


マリアが杖を構えながら叫び返す。


「それ、子どものドラゴンじゃない!」


三人の攻撃は、まるで通用していなかった。


リリーはふと、広場に立つ時計台を見上げた。


針は午前一時五十分を指している。


「……いけるかも」


リリーが小さく呟いた。


「え?」


ランカが聞き返すより早く、リリーはドラゴンとは反対方向へ走り出した。


「ちょっと、リリー!」


ランカも慌てて後を追う。


二人が広場へ戻ると、昼間ドラゴンが入れられていた檻は、飴細工のように大きく曲がっていた。


リリーは檻の中へ入り、地面へ這いつくばる。


「何を探してるの?」


「お願い、ランカ。ドラゴンの毛を探して」


「毛?」


「早く!」


ランカは杖の先に光を灯し、檻の中を照らした。


曲がった鉄格子の隅に、赤黒い太い毛が絡みついている。


ドラゴンの首に生えていた、たてがみだった。


「あった!」


リリーは三本の毛を拾い上げる。


「これからどうするの?」


ランカが尋ねた。


リリーは広場の中央を指さす。


そこには、樹齢千年を超える巨大なご神木が立っていた。


「あそこで、丑の刻参りをする」



その頃、アルスたちは懸命にドラゴンの進行を食い止めていた。


しかし、ドラゴンは戦士たちを次々と弾き飛ばし、城へ向かって進み続けている。


「まずい!」


アルスが叫ぶ。


「このままじゃ、町も城も全部壊されるぞ!」



リリーとランカは、ご神木の前へたどり着いた。


「ランカは下がっていて」


「でも……」


「大丈夫だから」


いつもと違うリリーの声に、ランカは黙って数歩後ろへ下がった。


リリーは懐から白い鉢巻きを取り出し、額へ巻く。


大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


そして、拾ったドラゴンの毛を藁人形の中へ押し込む。


藁人形を幹へ押し当て、その胸へ五寸釘を添えた。


その瞬間――。


ご神木の根元から、青白い光が立ち昇った。


青い炎のような光が幹を這い、枝先へ広がっていく。


少し離れた場所にいるランカの顔まで、冷たい青色に染まった。


やがて時計台の鐘が、午前二時を告げる。


ゴーン。


重い鐘の音が、町中へ響き渡る。


「リリー……?」


ランカが声をかけようとした、その時だった。


リリーの足元から、巨大な魔法陣が広がった。


白く輝く円の中を、墨で描いたような黒い文字が次々と走っていく。


リリーは微動だにしない。


その瞳から白目が消え、すべてが漆黒へ変わっていた。


口元からは、冷たい煙のような息が漏れている。



ドラゴンが大きく翼を広げた。


「飛ぶ気だ!」


アルスは走り出し、ドラゴンの首へ飛びつく。


「止まれ!」


しかし、ドラゴンはアルスをぶら下げたまま、ゆっくりと地面を離れ始めた。



リリーは左手で藁人形を押さえ、右手で木槌を振り上げる。


そして、五寸釘へ叩きつけた。


ドォン――!


町全体が震えるような轟音が響く。


五寸釘が、藁人形の胸へ半分まで食い込んだ。


その瞬間、飛び立とうとしていたドラゴンの動きが止まる。


巨大な体が地面へ落下し、首にしがみついていたアルスも石畳へ投げ出された。


「ぐっ!」


ドラゴンは苦しそうに体を震わせる。


リリーは再び木槌を振り上げた。


ドォン――!


二度目の轟音。


五寸釘が、根元まで藁人形へ沈み込む。


「ギャアアアアアアッ!」


ドラゴンは絶叫を上げ、石畳の上を激しくのたうち回った。


やがて巨大な体から力が抜ける。


地面へ横たわったまま、二度と動かなかった。


アルスたちは、何が起きたのか分からず、ただ立ち尽くしていた。



翌日。


城下町では、朝から壊れた家屋や瓦礫の撤去が行われていた。


ギルドの中では、多くの冒険者たちがアルスを取り囲んでいる。


「さすが勇者だ!」


「またドラゴンを倒すなんて、王国の誇りだ!」


次々とかけられる称賛に、アルスは困ったような顔をした。


「いや、俺は何もしていない」


ガイルも首を傾げる。


「あいつ、急に落ちて死んだんだよな」


「もともと弱っていたのかしら」


マリアが呟いた。


そこへ、ランカとリリーが小走りでやってくる。


「昨日のドラゴンを倒したのは、リリーです」


ランカがはっきりと言った。


三人は同時に振り返る。


「……は?」


リリーは少し照れたように藁人形を抱えた。


「丑の刻参りで倒しました」


アルスたちは、しばらく無言でリリーを見つめた。


やがてマリアが小さく笑う。


「ギルドを追い出されそうだからって、そんな嘘をつかなくてもいいのよ」


「嘘じゃありません!」


ランカが声を上げる。


「私、全部見ました。リリーが釘を打った瞬間、ドラゴンが落ちたんです」


ガイルは困ったように頭をかいた。


「でもなあ。あのドラゴンは、もともと弱っていたんだろ?」


アルスだけは笑わなかった。


昨夜、ドラゴンが突然動きを止めた瞬間を思い出している。


周囲の冒険者たちは笑いながら、再び勇者を褒め始める。


結局、リリーの言葉を信じる者は誰もいなかった。


アルスたちがその力を思い知るのは、もう少し先のことだった。

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