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<27・Family>

「このたびはどうしても、陛下にお許しを頂きたいことがあって参りました。わたくしは……」


 このあたりの台詞は、ローラがゲームで聞いたのとさほど相違ないもの。

 このあとアンディは「ローラを婚約破棄して、マリーと結婚したい」という旨を陛下に伝え、許しを貰う。シナリオ通りならばそうなる。


「わたくしは、聖女マリー・ゴールドを」


 そう、そのはず。


「養子として迎えたいと考えております」

「……え?」


 そのはずだった。

 ローラはあっけにとられて目を見開く。結婚ではなく、養子?一体どういうことだろう。


「……アンディ・ベリル少佐。すまないが、まったく予想の範疇外で、余も混乱している」


 何がなんだか、となっているのは陛下も同じだったようだ。困惑したようにアンディとマリーを見比べている。


「余はてっきり、そなたがローラ嬢を婚約破棄してマリーを嫁に貰うので、その許可を貰いに来たと思っていたのだが」


 そうだ。自分もそう思っていた。そもそも通常、養子にするだけならば国王陛下にお目通りを頂く必要はないはずである。いや、聖女マリーのことだから、一応許可取っておこうと思うのもありえなくはないことだが――。


「順を追って説明いたします、陛下」


 口を開いたのはマリーの方だった。


「ここ最近、あたし達の周りではいろいろ事件がありました。事件というか、流れというか。あたし、マリーの結婚相手を見つけようと、陛下がいろいろ頭を悩ませてくださっていたことは存じております。政府のエライ方々からも意見が出て、騎士団のメンバーから決めるのがいいということになってたってことも」

「ふむ、まあ、その通りだが」


 あまり丁寧語が得意ではないため、マリーの言葉遣いはやや砕けている。幸い、陛下はマリーの出自がこの世界でないこともわかっているし、そこまで厳しくものを言う人ではないが。


「その候補として、アンディさんの名前が挙がってたんですよね。アンディさん、優秀だし。でも、アンディさんには別の婚約者がいるので正式に婚約破棄手続きを踏まないとあたしの結婚相手にはなれません」


 ちらり、とマリーがローラを振り返る。


「そんな時、アンディさんの婚約者であるローラさんに、妙な噂が立った。家で世話してるあたしや、長年世話になった使用人さんたちを虐めてる……ローラ・スピネルは悪女である、という噂が。その上で、虐めてるっぽい現場が新聞にすっぱ抜かれることになって、信憑性が増してしまいました。このあたりのことは陛下もご存知だったと思います」

「そうだな。故に、アンディにはローラのことをどう対処するべきか、意見を伺うつもりではあった」

「はい。……ですが」


 おかしいと思いませんか。とマリー。


「アンディをあたしの結婚相手にするのがいいんじゃ?って話が出た直後に、その婚約者であるローラさんの悪評が広まるって。なんか、誰かがあたしとアンディを結婚させるために、ローラさんをハメてるみたいじゃないですか」


――まあ、確かにタイミングはあからさまだったかもね。


 心の中で呟くローラ。誰かがローラをハメようとしている、のかもしれない。マリーの視点ならばそれが見えるのはなんらおかしなことではないだろう。実際、マリーは自分がローラに虐められていないことを知っているし、使用人をいじめているという話が嘘であると気づいてもおかしくはない。なんせ、同じ屋敷に住んでいるのだから、誤魔化すのも限界がある。

 が、仮にマリーがいくらローラの潔白を訴えたところで意味などないのだ。彼女はローラに虐められて脅されて潔白を証言させられている――周りにはそう見えるはずなのだから。


「わたしは、ローラさんにずっと世話になってきているし、自分がいじめられてなんかいないこともわかっています。だから、ローラさんをハメようとしている者がいるなら、とっちめてやらなきゃ気が済みませんでした。だからアンディさんと協力して、その犯人を捕まえようとしたんですけど」

「ほう、その犯人はわかったのか?」

「ええ」


 マリーはアンディと顔を見合わせて、頷き合う。そして同時に、ローラをまっすぐに見つめた。


「ローラさん。貴女が全部、自分でしたことですよね」


 その目は、明らかに確信をもっている。辿り着かれる可能性はあるにはあった。しかしまさか、それを陛下の前で断言されようとは。


「一体何のこと?マリー。いい加減なこと言うのやめてくれる?」


 だが、自分にも意地がある。

 何より証拠がなければ、状況はそう覆らない。


「私が私をハメた?自分で自分の悪評を流した?そんなことして、何の意味があるの」

「一見意味がないように思えますね、実際。でも、わたくし達は既に予想がついているのですよ」


 マリーの言葉を引き継いだのはアンディだ。そして、あまりにも予想外のことを告げるのである。




「ローラ・スピネル。貴女もまた、〝聖女〟……異世界転生者ですね?」




 何を、言われたのかわからなかった。

 完全に凍り付いたローラに、マリーが言う。


「ローラさんの魔力だけ、この世界の他の人と違うことに気づいてました。最初はただの個性だと思ったんですけど……でも、あたし自分が異世界転生者だし、自分の世界に戻る方法があるかどうか調べてて、いろいろ知っちゃったんです。この世界には、前にも異世界転生者が来たことがある。聖女だとか神子だとか言われたその人達の中には……あたしと違って、魂だけこの世界の住人と入れ替わっちゃうタイプの人もいたってこと」

「……確かに、そういう記録があるにはあるが」


 理解が追い付かないのは陛下も同じなのだろう。困ったように、マリーとローラを見比べている。

 ローラに至っては言葉も出ない。絶対にバレない、そう思っていたのだ。確かに八歳で性格が変わったのは事実だろうが、八歳の頃のことなんてそうそう覚えている人もいまい。何より、アンディやローラと出会う前のことなのだ。


「ローラは、八歳の時に記憶を失い、性格が大幅に変わってしまったと聞きます。わたくしが出会う前ですので、わたくしが出会った時にはすでに転生者だったということになりますね」


 静かな声でアンディが告げる。


「異世界からやって来た者には、特殊な能力が宿ることが多い。マリーが魔法が使えたように、過去の転生者もそういった者ばかりだった。ならばここにいるローラにも、特別な力があってもおかしくはないでしょう。例えば、未来予知とか」

「未来がわかった。だから、より良い未来にするために、今まで行動をしていたと?自分を貶めたのもそのためであったと?」

「わたくしはそう考えています。わたくしとマリーが結婚すれば、わたくし達が幸せになれる未来が来ると確信していた。そのためには、自分が婚約破棄される必要があった。ゆえに、自分で自分の悪評を流すように仕向けたと考えれば全て辻褄が通るのです」

「む、無茶苦茶だよ!」


 思わずローラは声を上げていた。未来予知の能力なんてない――ただゲームをプレイしていて、正しいシナリオを予め知っていただけだ。それなのに、筋が通ってしまっているのが恐ろしいところではあるが。


「お、王様、こんな出鱈目信じないでください!わ、私は転生者じゃないし、み、未来予知の能力なんかないし!」


 駄目だこれ、と自分で言っていて焦る。動揺がまったく隠せていない。これでは、ほぼ肯定しているも同じではないか。


「じゃあこれはどうです?ローラさん」


 ぎろり、とマリーがこちらを睨んでくる。


「あたし、使用人さんたちにお話訊いたんですよねー。……新聞からすっぱ抜かれて写真載ったライラさんとロワさん。貴女に依頼されて、お芝居の練習してたら写真撮られたんですって。おかしいですよねー?貴女の高校、調べたらお芝居のオーディションの予定なんかなかったんですけど?なんで、それをマスコミが写真撮りやすいお庭でやってたんですかねー」

「そ、それは」

「しかも例の新聞社さん、匿名のタレコミがあったから屋敷に来てたんですってー。あれれーおかしいなー?誰が連絡してたのかなー?」

「え、えっと……」

「ついでに、使用人が虐められてるって噂、トルコ公爵が発端で広まったらしいですけどね。そのトルコ公爵に情報流したメイドさん……ナンシーさんって言うんですってね。そのナンシーさんは、この屋敷の使用人であるシューラさんから話を訊いたそうですが。……ちょっと脅したらシューラさん簡単にゲロりましたよ?お嬢様から頼まれたって」

「そ、それは、出鱈目、で」


 もう、なんと言い訳すればいいのかもわからない。思わず後退るローラの手を、アンディが掴んだ。そして。


「陛下、御前での無礼、失礼します!」

「っ!」


 次の瞬間、頬に灼熱が走った。アンディにひっぱたかれたのだと、すぐに気づく。

 おかしい。なんで、涙が出るのだろう。婚約破棄されて、自分が喚いて、一発殴られるくらいのことは多きると思っていた。むしろそうなれば万々歳だと思っていたのに。

 頬が、熱い。自分が想像していたのは、こんな形ではなくて。


「ローラ。貴女が初めて会った日、わたくしに言った言葉を覚えていますか。貴女は、わたくしに朗読を頼みましたね。そして、その本の感想を、このように言ったのです」




『そうだねえ。ドラゴンを倒さずに、友達になることで世界に平和を齎した……ってのが私的には凄くポイント高いかな。本当の意味で、みんな幸せになった結末だもの』




「あの時貴女が言った言葉でわたくしは……わたくしは貴女しかいないと思ったのです。本当の意味で、わたくしと同じ価値観を共有し、未来を導いてくださるのはわたくしだけだと。悪役を倒して、正義の者達だけで笑う結末じゃない……友達になってみんなで幸せになる未来がいいと、そう言ったのは他でもない、貴女でしょう!なのに!」

「あ、アンディ……」

「誰かがいなくていい世界なんて、必要ないんです。みんなで幸せになるのでは何がいけないのですか!悪役令嬢なんて、私達の世界には必要ないんです!!」


 次の瞬間、ローラは思い切りアンディに抱きしめられていた。


「貴女がいない世界で、わたくしとローラがどうして幸せになれるというのですか……」


 知らない。

 何で自分が転生者だってバレたのかも。なんで、こんなシナリオにはありえない結果になっているのかも。

 わからない、知らない、何もかも。

 こんな、こんな。


「なん、で」


 こんな風に涙が出るのなんて――知らない。


「……アンディは、マリーと、結婚して……幸せになるの。それが、一番だって……私、知ってるんだよ。本当なんだよ、なのに」


 ああ、これは、自白以外の何物でもないのに。


「陛下!」


 マリーが声を張り上げる。


「あたし達、三人で家族になります!あたし、アンディさんとローラさんの養子になります!あたしのことを……世界で一番幸せにしたいと願ってくれる二人と!どうか、お許しをください!!」


 そのあとのことは、泣きすぎてよく覚えていない。

 ただこれだけは知っている――その場にいた陛下にも、お后様にも、他の人たちからも盛大に拍手をされたことだけは。




 ***




 どうしても理解できなかったことがある。

 それは、ローラがやろうとしていたこともそうだが――ローラが異世界転生してきた偽物かもしれないとわかった上で、なんで彼らがあっさりその事実を受け止めたかどうかだ。

 あれから一週間後。

 マリーからも一発食らったし、ライラたちや相談していたソキア、両親にいたるまで多方面から御叱りを受けたローラは、しょんぼりと応接室でアンディと向かい合っている。アンディは「自業自得です」と言わんばかりにそっぽを向かれているが。


「……普通、拒否感ない?」


 とりあえず、これだけは尋ねておかなければいけない。ローラは一週間過ぎてもまだヘソを曲げている様子のアンディに言う。

 真実は既に、観念したローラの口から語られていることだ。八歳の時に、別の世界のOLがローラに成り代わってしまったことも含めて。


「私が本物のローラじゃないかもってなったんでしょ。転生してきた別人が成り代わってるだけかもって。……気持ち悪いとか、騙してたのかとか、本物のローラを返せとか思わなかったの?」

「思うわけないでしょ」


 即答だった。アンディは怒りを飲み込むように深呼吸すると、そっとローラの額にでこぴんをかましてきたのだった。


「貴女が成り代わったのは、私と出会う前でしょうが。……私が知ってるローラ・スピネルは最初からアナタなんです。それから十年。ずっとアナタが……ローラでしょう?」

「それ、は……」

「元のローラが亡くなってしまったのはとても気の毒だったとは思います。でも、私が愛したローラは、貴女だけなんですよ」


 だから、彼はでこぴんしたローラの額にキスを落として言うのだ。


「だからもう二度と、自分を蔑ろにしないでください。今度は、殴るだけじゃ済ませませんからね。マリーと二人で二十四時間お説教しますから」

「……うん」


 そのマリーは、現在お仕事中である。何やらアンディの部下であるタスカーとお見合いをすることになっているらしい。本人は「イケメンだからアリです」とわりと乗り気であるようだ。うまくいくかは、神のみぞ知るところだが。

 アンディ的にも、「タスカーならまあ及第点ですねえ、ギリギリ」とのこと。万が一何かやらかしたら、タスカーは間違いなく消されることだろう。不憫だが、まあ仕方あるまい。


――ホンモノの、ローラ。


 アンディに抱きしめられながら、ローラは思う。


――私は貴女には、なれない。でも今の私がいいって、そう言ってくれる人たちがここにいるから。


「私は、生きるよ。……もう、ごめんなさいは、言わないでおくね」

「?……なんですか、ローラ」

「ううん、なんでもない」


 いつか、彼女の魂もまた報われる日が来ることを。

 今度こそ正しい祈りで、自分はそう願い続ける。

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