<24・Inference>
できればこの話は、ローラがいないところでした方がいいだろう。アンディはマリーのラボを訪れて、話を訊くことにした。彼女の貴重な休憩時間を潰してしまうのは申し訳なかったが、事は一刻を争うと判断したためである。
話がしたいのは、マリーも同じだったのだろう。アンディが来訪すると、すぐに応接室の準備をして待っていてくれた。
「マリー。君は、どこまで状況を把握していますか?」
アンディが尋ねると、マリーは険しい顔で「多分殆どわかってるかと」と答えた。
「本当に、ここ最近急に、なんですよね。ローラさんの悪評が急に広まったんです。ローラさんがあたしを虐めてるってことになったり、使用人さんたちに酷いことしてるってことになってたり、さらにはアンディさんとあたしが実は恋仲だって噂まで流れてて。それで、アンディさんがローラさんを婚約破棄して、あたしと結婚するんじゃないかって言いだす人もいて」
「……あー」
そういう噂になるのは、まあ流れとして理解できる。
聖女マリーに相手をあてがいたいと思う人間は、それを都合よく解釈する方向に向くだろう。
相手にするなら優秀な騎士団の人間がいい、といったところでさらにアンディが相応しからぬ相手を婚約者にしている――ともなれば「じゃあアンディが婚約破棄してマリーとくっつくのがベストだ」と思う者がいるのもわからないではない。
そしてそれならば、アンディとマリーが恋仲であった方が〝都合がいい〟。元々自分達はローラを通じて交流があるし、三人で仲良く出かけることもあった。二人で会うこともないわけではない。良からぬ噂を立てるには充分な要素と言えるだろう。だが。
「わたくしとあなたって、いつそういう関係になったんです?」
「デスヨネー……」
ないない、とマリーが手をひらひら振った。
「あたしが恩人であるローラさんとアンディさんを裏切るなんて、天地ひっくり返ってもあり得ないですし。アンディさんがそんな甲斐性無しなはずないでしょ。とんだ侮辱ですよ、侮辱。大体、あんな可愛いお嫁さんがいて他の女の子に目なんかいきます?」
「そうですね、ローラは世界一可愛いです」
「流れるような惚気ありがとうございますですのー」
こんな冗談まじりのやり取りができるくらいには仲良しであるのは確かだ。しかしその関係はぶっちゃけ、兄と妹の関係に近いものである。大体、自分達の仲は全部ローラを通じて形成されたもの。その彼女を無視してこの二人で恋仲になる?――もはやなんかのギャグだとしか思えない。
「ただ、アンディさんがローラさんを婚約破棄して、あたしとくっつくのが都合がいいと思っている人間がいるのは確かです。そういう人達が面白がって尾ひれつけて噂を広めているのは想像がつきます」
ただ、とマリーは渋い顔をする。
「そもそもローラさんの悪評がどっから湧いたのか、誰が湧かせたのかが問題です。わかってればあたし自らその馬鹿をギッタギタのメッタメタにするんですけど」
「どこのジャイアンですか。そして貴女が言うとだいぶ洒落になりませんが」
「とりあえず頭の上から隕石降らして丸焼きにしようかなって」
「周囲への被害が甚大じゃないのでやめなさい」
まあ、それくらいマリーも怒髪天をついている、ということだろう。
今回の件、どうにも話がおかしいと思っているのはお互い様であるようだ。
聖女であるマリーに婚約者を、というのはわかる。そのマリーの相手を騎士団から選びたいというのも、まあわかる。その騎士団の中にアンディがいて、アンディがローラを婚約破棄してマリーとくっついてくれないかなーと思う輩がいるのも理解はできる。だが。
この噂が妙に信憑性を持ってしまったのは、アンディがローラに愛想をつかすのでは?と周囲に思われるようになったことだ。つまり、ローラが聖女マリーや使用人たちを虐待しているらしいという悪評が流れたからである。そのような女、アンディの婚約者としても、マリーの後見人としても相応しくないいから婚約破棄して追放してしまうのがいい、と。
だが、自分達は知っている。ローラがそんなことをする女ではない、ということを。実際。
「あたしいつ、ローラさんに虐められたんですか」
これである。マリー本人がきょとんとしている。
「そんな記憶これっぽっちもないです。虐められたことはありましたけど、それやったのローラさんじゃなくて一部の使用人さんですし……今は時々悪口言われる程度ですし」
それに、と彼女は続ける。
「あの時大人しくしてたのは、あたしもまだこの世界に来たばっかりで遠慮してたからってのが大きいんですよねー。もし騒ぎを起こして、ローラさんに迷惑かかったら嫌だなあって。今はもうそんなことローラさん気にしないだろうなってのがあるんで、万が一ムカつくやつがいたらどつくくらいのことはしますもん」
「具体的には?」
「髪の毛燃やしてアフロにしたります」
「強い」
なおこのマリーという娘、魔法以外でも結構身体能力が高いと知っている。ドジっ子属性なのでよくずっこけてはいるが、多分根本的に身体能力が高い種族なのだろう。ローラが前に「うっかりマリーが階段の手すり壊したんだけどどうしたらいい?これで十二本目なんだけど」と死んだ目で相談してきたことがあるからお察しだ。あんなもん、簡単に折れるはずがないというのに。
「あたし自身がそんなことリークするはずがない。でもって実際根も葉もない。ローラさん、最近ちょっと距離置かれてる感ありますけど、でもあたしに特に冷たくしたとかそういうこともないんですよね。ほんと普段通りです。ただ、二人で一緒にお出かけしようと言われると、理由付けて断られますけど」
「貴女もですか。距離を取られてるというのは……」
「噂が流れ始めた頃くらいからですから、自分と一緒にいるとあたしまで迷惑がかかると思ってるのかも。アンディさん相手も同様に」
「それはありえますね」
とすると、まあローラの態度がちょっと冷たいのはわからないでもない。
問題は本当に、一体誰が「ローラがマリーを虐めている」なんて言い出したのか、といいうことだ。
ローラの家は侯爵家。侯爵とは、貴族の中でも上から二番目の地位に当たる。はっきり言って、そうそう敵に回したくない家柄であるはずだ。元よりスピネル侯爵家は歴史も長く、かなり大きな家であるから尚更に。
――噂を流した人間は、スピネル家と敵対するのが怖くなかったということか?
思い当たる相手といえば、あのトルコ公爵くらいしかいない。公爵の方が侯爵家よりさらに身分が高いはずだ。ただ、特にスピネル侯爵家と敵対関係にあるなんて話は聞いたことがないのだが――。
――わたくしに婚約破棄させたくて、ローラの悪評を流した?そう考えるとつじつまが合うことは合うが……。
だが、わざわざアンディに婚約破棄させてまで、マリーとくっつける意味はあるのだろうか?マリー自身の意志はひとまず置いておくにしても、マリーの婚約相手候補は何もアンディだけではないのである。他にも貴族階級で、優秀な騎士団のメンバーなんぞいくらでもいる。あのタスカーだってその一人だろうに。
これはまるで、マリーの結婚相手は絶対アンディでなければいけない、だからローラが邪魔で排除しようとしているようではないか。
「……もう一つ、ヘンなことがあるんです」
マリーは応接室の棚からファイルを取り出した。そこに入っていたのは、あの新聞の切り抜きだ。どうやらマリーがあの記事を取っておいたということらしい。
「あたし、ローラさんの家にお世話になってますから……使用人さんたちもみんな顔見知りなんですけどね。この写真……」
彼女は、新聞記事に載っていた写真を指さす。ローラが執事見習いの少年を突き飛ばし、その少年を別のメイドが庇っているように見える写真だ。
「この二人。突き飛ばされてる男の子、髪型的にロワくんだと思うんです。庇っているメイドさんは、ライラさんかなって。……この二人、特にローラさんと仲良しのメイドさんと執事さんなんですよね」
「なんですって?」
「でもって、あたしの目から見るに、二人ともすっごく優秀なんです。そんな大きな失敗なんかするかなってのが本当のところだし……失敗したところで、ローラさんが二人に乱暴なことしたり、怒鳴ったりするなんて想像もつかないっていうか。それなのに、この記事では、この写真通りローラさんが二人を殴ったり怒鳴ったりしてたってことになってるんです。これ、どういうことなんでしょう?」
「…………」
アンディはもう一度、写真をまじまじと見た。
ずっと感じていた違和感。それがさらに強くなる。――マリーには、正直に言った方がいいだろう。
「……スピネル家の庭の構造は把握しています。ここ、バラ園の近くなんですよね。植え込みから隠し撮りするにはぴったりの場所なんです」
写真をなぞる、アンディ。
「なんでこんなところで二人を恫喝していたのでしょうかローラは。しかも、それを随分都合よくマスコミが撮影しているものだなあと」
「言われてみれば……」
「それに、会話が聞こえるほどの距離でシャッターを切ったのなら、はっきり音がしたような気がするんですよね。三人とも、撮影されたことに本当に気づかなかったんでしょうかね……」
「……アンディさん」
恐らく、同じ発想に至ったのだろう。マリーが、さっきよりも困惑した色を瞳に乗せた。
「これ、本当にその……あたしの考えが飛躍しているだけ、かもしれないですけど。ひょっとして、ローラさんを嵌めた人間って……ローラさん自身ってことは?わざと、この写真を撮影させて、自分で悪評をバラ撒いたんじゃ」
「……そんなことして、一体本人に何の得が?」
「あたしもそう思います。でも、そう考えると辻褄があっちゃうっていうか」
それに、とマリーは少しためらったあとで、思いがけないことを言うのである。
「その、初めて出会った時から、ローラさんにはちょっと違和感があったんです。……なんだか、あたしと似た空気があるなって。まるで、異世界から転生してきた人……みたいな」




