もう、限界
リーリエ視点です。
今日もグレイス様と二人だけのお茶会だ。
「大丈夫ではありませんよね?」
大丈夫ですか、ではなく大丈夫ではないと心配そうに訊かれる。
大丈夫ではないと確信して訊いているのだろう。
それほどひどい顔をしているのだろう。
家族からも度々心配そうな視線を送られていた。
きちんと見ればわかるのだろう。
だけれど、つい昨日、フワル侯爵家に行き、侯爵夫人に夫人教育を受け、ノークス様ともお茶を飲んできたが、二人とも特に何も言わずいつも通りだった。
つまりは、そういうことなのだ。
それにもまた心を殴られる。
わたしの心はもう満身創痍だ。
これ以上は耐えられない。
もう一人で抱えておくのも、限界だ。
「聞いて、いただけますか?」
「ええ、勿論ですわ」
グレイス様が手を振ると、侍女たちがすっと下がっていく。
何回か訪問しているからか、目に見えるところにいる侍女は一人だけだ。彼女にしてもよほど大きな声を出さないと聞こえないところまで下がっている。
「お話しください」
「ありがとうございます」
視線を手元に落とす。
顔を上げて話すことなどできなかった。
それからぽつぽつと二人を見かけた時から先日の夜会で二人が踊っていたことまでを話す。
グレイス様は余計なことはおっしゃらずに静かにわたしの話を聞いてくださった。
だからわたしは全てを吐き出すことができた。
ぎゅっとハンカチを握る。
そして、最後に弱音をぽろりとこぼしてしまう。
「こんなにつらいだなんて、思っていませんでした……」
本当に。
大丈夫だと、思っていたのに。
全然大丈夫ではなかった。
自分はこんなに弱い人間だった。
ただノークス様が彼女と親しい様子で二人で出掛けていただけ。
ただわたしには見せたことのない微笑みを彼女に向けていただけ。
ただ楽しく踊っているのを見ただけ。
ただお互いの色を密かに身に着けあっているのを見ただけ。
ただ、ノークス様の心が彼女に向いている、と、知っただけなのに。
本当にただそれだけだ。
それだけなのに、わたしの心は限界を迎えてしまった。
本当に何て弱いのだろう。
サージェス様とグレイス様の前であんなに豪語したというのに。
自分が情けない。
手が白くなるほどハンカチを握りしめる。
指先が冷たい。
気づけば深くうつむいていた。
そこへグレイス様の声が降ってくる。
「リーリエ様、よく頑張りましたね」
優しい声だった。
その声には労わりがあった。
ああ、駄目だ……。
ぽろりとこぼれた涙が手に当たる。
一度こぼれたらもう駄目だった。
ぽろぽろと涙がこぼれる。
これでは顔を上げられない。
泣いているところを見られるわけにはいかない。
早く止めないと。
そう思っても涙は後から後からこぼれて止まらない。
泣くのは、あの時に最後にしようと思っていたのに。
唇を噛んで嗚咽は堪えられても、涙だけは止められない。
グレイス様はわたしが泣いていることに気づいているのだろう。
ただ何も言わないでいてくれた。
動いたら侍女にも気づかれてしまうから、席を立つこともハンカチを差し出すこともない。
だけれど優しく見守っていてくれる気配を感じる。
一人じゃない。
そのことに救われる思いだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。




