そこまで愚かだったとは
サージェス視点です。
屋敷に帰ると、グレイスが部屋を訪ねてきた。
頼まれて人払いをする。
今日はリーリエ嬢とお茶会だと言っていたが、何かあったのだろうか?
「それでどうした?」
「リーリエ様、相当参っておいででしたわ」
一つ呼吸を挟んで言う。
「そうか」
それだけしか言えない。
今さら止められないし、止めるつもりもない。
止めたところでノークスの恋はもう止まらないだろう。
恋とはそういうものだ。
ここで手を引けば、リーリエ嬢一人をその苦しさの中に残すことになる。
そんなことはできるはずもなかった。
リーリエ嬢には耐えてもらうしかない。
グレイスを利用してでも耐えてもらいたい。
そうしてもらうしかないのだ。
それはグレイスもわかっている。
それでもグレイスが言いにきたのだから、余程、なのだろう。
視線で先を促す。
「フワル侯爵令息は浮かれきっておりますね」
グレイスは苦い顔だ。
そう言うからには具体的に何かあったのだろう。
「……何かあったのか?」
思わずといった様子でグレイスの眉間に皺が寄る。
とても珍しいことだ。
それだけのことがあったのだろう。
何とか感情を抑えている様子でグレイスが口を開いた。
「夜会で楽しそうに踊っているばかりか、こっそりとお互いの色を身につけていたそうですわ。それもリーリエ様の前で」
「……確かに浮かれ過ぎているな」
堪えきれずに顔が歪む。
ここにいるのがグレイスだけでよかった。
「ええ、信じられませんわ。あまりにもリーリエ様を軽んじています」
私も頷いた。
どういうつもりなのだろう。
気づかれないと思ったのか。
気づかれてもいいと思ったのか。
どちらにせよ、あまりにもリーリエ嬢を軽んじている。
恐らくはそんな自覚もないのだろう。
それとも気づかれてもリーリエ嬢なら弁えて何も言わないとでも思ったのだろうか。
その可能性はある。
ノークスはリーリエ嬢のことを分を弁えた令嬢だと思っている。
だから気づいたとしても飲み込むとそう思っているのだろう。
身分差もある。
表立って非難などできない。
それもわかってのことだろう。
彼女の心の内を推し量ることはしない。
これからもしないだろう。
「結婚前でよかった、と思いましたわ」
「そうだな」
結婚してからでは助けられなかった。
一人で抱え込んで、やがては心を壊してしまったかもしれない。
そうなったらノークスは躊躇いもなくリーリエ嬢と離婚して捨てただろう。
ノークスにとってリーリエ嬢はその程度の価値なのだ。
やはりノークスのもとではリーリエ嬢は幸せにはなれない。
その認識を強めた。
それならば、躊躇う必要は欠片もない。
婚約解消は何があってもやり遂げる。
そうさらに決意を固める。
リーリエ嬢は幸せになるべき人だ。
ノークスのように軽んじる輩はそもそもリーリエ嬢に相応しくない。
リーリエ嬢に相応しいのは彼女を尊重できる者だ。
「リーリエ様はそのように軽んじられていい方ではありません」
珍しくもグレイスが怒りを声に乗せている。
「私もそう思う。ノークスは彼女に相応しくない」
「同意します。あの方にリーリエ様は勿体ないですわ」
リーリエ嬢にノークスが、ではなく、ノークスにリーリエ嬢が勿体ない、か。
そう言うグレイスの気持ちもわかる。
ノークスは馬鹿だな、と思う。
愛情深いリーリエ嬢と一緒ならばこの先何があっても孤独にはならない。
彼女は沈みかけていようが最後まで一緒にいてくれるだろう。
それがどんなに有り難いことか、きっと今のノークスにはわからないだろう。
一時的な恋に浮かれて手元にある宝が見えていない。
それを仕掛けたのが私であっても、乗ったのはノークス自身だ。
だからノークスに同情はしない。
だがリーリエ嬢のことは心配で思わず尋ねる。
「リーリエ嬢は、大丈夫なのか?」
「……大丈夫、ではありませんわ」
「そう、だよな……」
今の私ではリーリエ嬢に何もしてやることができない。
してはならないのだ。
もどかしい。
だが堪えなければならない。
人払いしているにも関わらずグレイスは声を落として告げてきた。
「内密にしてください。リーリエ様は泣いておられましたわ」
息を呑む。
彼女が人前で泣くなど相当なことだ。
ノークスの本音を聞いた時でさえ、一雫の涙をこぼしただけだったのに。
それだけ、傷ついたのだ。
手を強く強く握りしめた。
ぐっと堪える。
今の私に彼女のためにできることは何もない。
何もしてはならない。
もう種は蒔かれて芽は出たのだ。
あとは成長し、望む収穫を待つばかりだ。
余計なことをすれば望む収穫を得られないかもしれない。
万が一瑕疵にでもなるのはよくない。
それではリーリエ嬢の苦しみが無駄になる。
それは駄目だ。
それだけは駄目だ。
今の私にできることは一つだけ。
ただ祈ることだけ。
リーリエ嬢が耐えて乗り越えられるように祈ることだけ。
それだけなのがつらい。
無意識に両手を祈るように組んでいた。
強く。強く。
そんな私をグレイスが観察するように見ていたことには、気づいていなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




