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砕け散った初恋の後に、最後の恋をあなたと  作者: 燈華


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22/85

さて協力してくれるといいのだが

サージェス視点です。

屋敷に帰った私は妹が在宅していると聞き、早速訪ねた。


「あらお兄様、珍しいですね。どうかなさいましたか?」


妹のグレイスは波打つ黒髪と神秘的と言われる紫色の瞳を持つ。

顔立ちも整った大人びた顔をしている。

リーリエ嬢とは正反対だ。


「少し相談があるんだがいいか?」

「勿論ですわ。どうぞ」


向かいのソファを示されたのでそちらに座る。


「お茶だけお出ししますね」


それまで話すのは待て、ということだろう。


「ありがとう」


グレイスが壁際に控えている侍女に合図を出すと彼女は一旦退室していった。

当たり障りのない話をしているうちに先程の侍女が戻ってくる。

ティーカップにお茶を注いで私の前に置き、グレイスのお茶も入れ替えた。


さっとグレイスが手を振れば、彼女を含め部屋にいた侍女たちは一礼して出ていった。

部屋には私とグレイスだけになった。

私の様子を見て人払いをしてくれたようだ。

有り難い。


香りを嗅いでゆっくりと一口飲んだグレイスがティーカップを置き、真っ直ぐに視線を向けてきた。


「ではお話を伺いましょう」


私もティーカップを持ち上げ、一口飲む。

その間にどう切り出すか頭の中で算段をつけた。

ティーカップを静かに置き、口を開いた。


「リーリエ・ユフィニー子爵令嬢を知っているか?」


グレイスはゆっくりと(まばた)きをした。


「お話をしたことはありませんわね」


そこは彼女の認識と同じだったようだ。


「彼女がどうかしましたか?」


探るように見られる。

これは小細工なしに言ってしまったほうがいいだろう。


「グレイス、悪いが、ユフィニー子爵令嬢に話があるんだ。この屋敷にお前の名で呼んでくれないか?」

「彼女はフワル家嫡男の婚約者ですわよ?」

「知っている」

「何か事情があるようですね。話してくださいな。それによっては彼女を呼んで差し上げてもよろしいですわよ」


やはりすんなりとは呼んではくれないか。

できれば彼女の事情は伏せておきたかったのだが仕方ない。

ここで話さなければ先に進まない。


妹は社交界でかなりの情報通だ。

協力者として引き込んでおきたい。

幸いにも人払いしてくれたお陰で他に聞かれる心配もない。

妹には口止めしておけばいい。


「他言しないように」

「ええ、勿論。お約束致しますわ」


一つ頷き、端的に先程の一件を話した。

聞き終えたグレイスはほぅっと息を吐く。


「ユフィニー家と言えば家族仲がよいことで有名ですね」

「そうなのか」

「ええ、お相手はフワル家の嫡男ノークス様」


グレイスは呟き一つ頷く。


「家族仲のよい温かい家庭で育ったなら、ただの政略結婚の相手と言われてさぞかしショックだったことでしょう。相手のノークス様は《《外面は》》完璧ですもの。でも、何かがあったら簡単に婚約者を切るでしょうね」


やはりそうか。

あの言い(ぐさ)もとてもリーリエ嬢を尊重しているようではなかった。

本人はそれすら気づいていないようだったから普段からそのような考えなのだろう。

それでもリーリエ嬢には悟らせていなかったようなのでよほどうまく隠していたのだろう。

それにしても。


「珍しいな、お前が同情するなんて。政略結婚なんて貴族なんだから当たり前とか言うかと思ったが」

「わたくしは女の子の味方ですわ」


私は思わず胡乱(うろん)な目を妹に向けてしまった。


「というのは冗談ですが、ヒステリックに(わめ)かずに一人で抱えようとする女の子には好感が持てますわ。お兄様が手を差し伸べようとしなければ、彼女は傷ついたまま、どうにか割り切って、いえ、割り切ったつもりになって何事もなく嫁いだのでしょう」

「そうだろうな」


むしろまだ彼女はそのつもりだろう。

責任感が強く貴族の責務や政略結婚の意味をよくよく理解している。

だから傷ついた心を隠して、下手すれば自分自身にさえ偽って何事もなかったように嫁ぐだろう。

そうなれば、いつか彼女は壊れてしまうかもしれない。

それは……忍びない。


「お兄様こそ珍しいですね。そこまで誰かに興味を持つのは初めて見ますわ」

「……ただの気紛れだ」

「そうですか」


何もかもを見透かしているような笑みが居心地が悪い。


「実はお話をしたことはございませんが、何度か彼女のことをお見かけしたことはあるんですのよ」

「そうなのか?」

「ええ。彼女の笑顔は温かくて見ていると何だかほっとしました」

「そうか」


見たこともないのに、彼女らしい、と思った。

きっとそのような温かい笑顔が彼女には似合う。

傷ついたままではそのようには微笑(わら)えない。

きっと仮面のような笑顔に変わっていくだろう。

あるいは憂いを含んだ笑みを浮かべることになるだろう。

そんな笑顔は見たくないとさえ思う。


「あの笑顔が失われるのは忍びないですわ」


思わず頷きそうになって(こら)える。

そもそも私は彼女のその笑顔を見たこともないのだ。

それなのに訳知り顔で頷くわけにはいかない。


「そうか」


辛うじてそれだけ言う。

そんな私をじっと観察するように見ていたグレイスがふと何かを思い出したような仕草を見せた。


「フワル侯爵家といえば、少しきな臭い噂があったと思います」


そう言ってグレイスは少し考え込む。

その言葉に私も記憶を探る。

馬車の中ではそこまで記憶を探ってはいなかった。ただ基本的なことを思い出していたに過ぎない。

私がその記憶を探り当てる前に存外真面目な顔でグレイスが言う。


「フワル家とユフィニー家の契約内容も調べたほうがいいかもしれません」

「わかった」


グレイスが真剣な顔で言う時は従っておいたほうがいい。

グレイスがにっこりと微笑(わら)う。


「では約束通り、わたくしの名で彼女をこの屋敷に招待致しましょう」

「感謝する」

「日時はわたくしにお任せいただけますか?」

「勿論。グレイスに任せる。お前のよいように」

「ありがとうございます」


グレイスは実に貴族的に微笑(わら)ったのだった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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