愚かな心の残骸
リーリエ視点です。
夜。
わたしは眠れないでいた。
何度寝返りを打っても眠れないので諦めて身を起こした。
寝台の端に腰を下ろす。
少しだけ開いていたカーテンの隙間から月明かりが室内を照らしていた。
その光の先には花瓶に活けられた薔薇がある。
ノークス様からいただいた薔薇が。
ノークス様はよく薔薇を贈ってくださった。
わたしは室内に大切に飾って、飽きもせずにそれを眺めていた。
それを知っている侍女が気を利かせていつも寝る時には薔薇を寝室に運び込んでくれていた。
今日はその気遣いが、余計だった。
今はあの薔薇を見るだけでつらい。
窓に背を向ける。
見つめるのは部屋の暗がりだ。
月の柔らかい光が差し込むからこそ浮かび上がる闇がそこにはあった。
それはまるで、わたしの心のようでーー
頬をぽろりとこぼれた涙が伝う。
もう我慢しなくていい。
次から次へと涙がこぼれ落ちる。
枕を手繰り寄せ、そこに顔を埋めた。
涙は全て枕に吸い込ませていく。
嗚咽も、また。
そうやって泣きながらぽつりと言葉がこぼれ落ちた。
「わたしって、本当に、馬鹿……」
そう、馬鹿なのはわたしだ。
だってノークス様は何も悪くない。
わたしが勝手に期待していただけ。
わたしが勝手に思い上がっていただけなのだ。
好かれている、だなんてーー。
何を勘違いしていたのか。
恥ずかしい。
消えたい。
消えてしまいたい。
見えていない薔薇が脳裏に甦る。
背を向けている窓際に置かれ、月の光を浴びている薔薇。
ノークス様から贈られた薔薇。
あの薔薇にだって何の意味もない。
ただ婚約者に贈るのにちょうどいい花だったから。
ただそれだけだ。
そこに彼の心など何もこもってはいなかったのだ。
そこに勝手にわたしが気持ちを読み取ったつもりになっていただけだ。
薔薇は婚約者に贈るのに一般的な花だという事実を無視して。
だって、そう信じたかったから。
そうであってほしいと願っていたから。
それは全て儚く散った。
ノークス様にとってわたしはただの政略の婚約者。
それ以上でもそれ以下でもなくて。
それはつまり、ーーわたしに対して何の感情もないということだ。
きっとノークス様もわたしが彼に想いを寄せているだなんて思っていない。
弁えているーーとはそういうことだろう。
だけど、
だけど、本当に好きだったのだ。
ノークス様にもわたしを好きになってほしかった。
両親のように想い合う夫婦になりたかったのだ。
きっとその考えは幼いものなのだろう。
誰かに言えば嗤われる類いのもの。
それでも、それが、わたしの小さな頃からの夢だったのだ。
ノークス様となら、それが叶うと思ったのに……。
涙が止まらない。
確かに伝えてはいなかった。
だけど態度にまったく出ていなかったか、と言えばそんなはずもない。
それでも気づかれなかったということは、ノークス様はわたしに何の興味もなかったということだろう。
後から後から涙はこぼれてくる。
今夜だけ。
今夜だけ沢山泣いて、ノークス様への恋心を捨て去ってしまおう。
それがノークス様の望み。
そうしなければ、きっとこの先わたしもつらいことになる。
わたしの気持ちがどうであれ、ノークス様といずれは結婚する事実には変わりない。
侯爵夫人としての勉強も順調に進んでいるし、二家の提携事業も軌道に乗っている。
今さら婚約解消など望めるはずもない。
サージェス様が力を貸してくださるとおっしゃってももう確定事項なのだ。
わたしは自らの恋心を捨て去ってノークス様に嫁ぐ。
だからこれからは信頼できるパートナーを目指さないと。
わかっているから。
だから、今だけは。
叶わなかった想いのために泣いてしまおう。
涙がこぼれ落ちるままに。
ああ、でも本当に、夫婦になるなら、相手を想い合う両親のようになりたかったなーー。
読んでいただき、ありがとうございました。




