不審者ではない
莉子は部屋に戻ると、制服を脱ぎ部屋着に着替えた。
部屋着と言っても、莉子の母親が選んだ服なのでとても可愛らしい。
シルクで作られたピンク色のワンピースタイプのもので、スカートの丈は膝ほどまである。
「莉子ちゃん、入ってもいい?」
母親だ。
「うん、いいよ」
部屋に入ってきた母親の手には、大きな紙袋があった。
「ママ、その袋はなに?」
「うふふ、莉子ちゃんのために新しいお洋服を買ったのよ。ほら、みてみて……」
紙袋からでてきたのは、まるでどこぞのアイドルのような洋服だった。
だが、このような洋服は莉子の好みではない。
むしろ嫌いなジャンルなのだ。
「可愛いでしょう? 莉子ちゃんに着てもらいたくって、つい買っちゃったのよ」
「ママ、莉子お洋服はいっぱい持ってるから、買わなくてもいいよ? それに、こんな可愛いお洋服……もったいなくて着られないよ」
莉子は反対したのだが、それは逆効果になった。
「まあ莉子ちゃんったら、そんなに謙遜しちゃって……なんていい子なのかしら。じゃあこのお洋服は、飾っておきなさい」
『飾っておきなさい』
なんどこの言葉を言われたことだろう。
この一言のおかげで、莉子の部屋には着たくもない洋服がたくさん飾ってある。
――こんな生活嫌だなあ……。誰か助けてよ……。
するとタイミング良くインターホンが鳴った。
「あら、誰かしら? 莉子ちゃん、ちょっと待っててね」
部屋を立ち去る母親を見送る。
――誰だろう?
そう思い窓の外に目をやると、あん子が立っていた。
――あん子だ!
赤メガネをポケットに捩じ込み、たった今去ったばかりの母親を老いかける。
あくまでもおしとやかに。
「どちら様でしょうか?」
母親がインターホン越しに冷たい声であん子に言う。
「莉子サンニ、ヨウガアル、マス」
「あの、どちら様ですか?」
「莉子サンニ、ヨウジ、デス」
「だから、どちら様ですか?!」
何度聞いても答えないあん子に、母親は苛立っているようだ。
ここは莉子の出番だ。
「お母さん、どうしたの?」
「莉子ちゃんは下がってなさい。不審な人が来ているの」
――あん子は不審なんかじゃない。
莉子は急に馬鹿にされた気分になった。
半日だが一緒にいた友達だ。
莉子にとって数少ない友達の一人だ。
――あん子を不審なんて言わないで!
「ママ、外にいる人は大丈夫だよ。だから莉子がでる」
「莉子ちゃんは下がってなさいって言ったでしょ! 大丈夫かどうかはママが判断するの! 莉子ちゃんが決めることじゃないのよ! 言うことを聞きなさい!」
母親の言葉が終わると同時に、莉子の右頬に衝撃が走った。
体が左側に揺れる。
意識が遠退く。
何度も経験した感覚だ。
☆★☆★☆
パシーン!
莉子の自宅の中で乾いた音が響いた。
「莉子サン?!」
インターホンの前を移動し、玄関に向かう。
ドアをガチャガチャとやるが、鍵が掛かっているため開かない。
右に目を向けると、出窓を発見し再びガチャガチャとやる。
運がいいことに、窓は開いた。
そこから部屋に入る。
最初にあん子の目に映ったものは、倒れている莉子の姿だった。
「莉子サン!?」
悲鳴にも似た声をあげ、莉子のもとに駆け寄る。
「来るな不審者!!」
しかし、すんでのところで母親に止められた。
「莉子ちゃんに近寄るな!」
「ドウシテ莉子サンハ、タオレテイルノデスカ?!」
母親の目をじっと見つめる。
「うるさい!! でていけ不審者! この家からとっととでていけ!」
だが、母親の気迫に圧倒されてしまう。
――アキラメナイ!
「グ……、リ、莉子サン! ダイジョブ、デスカ?! 莉子サン! 莉子サン!」
必死に莉子に声をかけつづける。
「黙れ!! いいからでていけって言ってんだよ!」
あん子の想いはむなしく母親によって消し去られ、同時に小波邸からも追い出された。




