コンタクト
莉子と帰宅中のあん子は、先に帰った二人のことが気になってならなかった。
本当ならば一人で帰り、部屋の掃除をしてから夏村を迎えに行って驚かせる、という自分が考えられる精一杯のサプライズをやりたかったのだが、家も近所なので莉子と帰るしかなかった。
――夏村サン、オコッチャッタカナ?
「――ない!」
莉子から話し掛けられても生返事でかえし……
「イタッ!」
……ていたが、それがあだとなり電柱にぶつかってしまうという、アニメなどでよくあるパターンが起きてしまった。
「イタタ、オデコ、イタイデス……」
「大丈夫? 危ないって注意したんだけど、ぼーっとしてたみたいだけど、どうしたのさ?」
「ンー、夏村サン、キニナッテマシタ」
「僕さー、怪しいと思うんだ」
「ナニガ、デスカ?」
おでこをさすっていると、意外な名前がでてきた。
「久遠椎菜だよ」
「椎菜サンガ?」
怪しいというなら、夏村の異常なまでのロールケーキ好きかと思っていたが。
「そ。さっきは泣きながらどっかに行ったと思えば、今度はケロッとした顔でなっちゃんのことを誘ってさ。なんか裏があるんじゃないかなーって」
「ウラ、デスカー」
莉子が言っていることはいまいち理解できない。
しかし、あん子がロボットであることは話さないように教え込まれてる&プログラムされているため、ここで莉子が言っている裏がどうこうというのは、隠し事と同じだろうと推測できる。
もし裏を探られ、ロボットだということを知られたら、自分も困るし夏村も困る。
だが、本物の人になるためには色んな人間の隠し事も知らないといけないのだろうか。
「ン、ンー、アマリサグラナイホウガ、イイノデハ?」
「あん子はそう考えるのかー。じゃあおとなしく帰ろ」
「ソウシマショ」
そんな会話をしてるうちに、自宅前に着いた。
☆★☆★☆
あん子を見送り、特徴である赤メガネを外し、ポケットに忍ばせておいたコンタクトを装着する。
鏡でしっかりと自分の姿を確認し、家モードの小波莉子であるかを見る。
「これで、いい」
外門を開け、飛び石を歩く。
いくつかの飛び石を歩くと、玄関につく。
小波家では、帰宅する者は必ずインターホンを押すという決まりがある。
莉子を溺愛する母が、莉子かどうかを入念に確認するためだそう。
しかし、溺愛しているとはいえ、莉子の母は暴力を振るう人である。
自分の思う通りに莉子が成長しなかったら、莉子を殴るのだ。
ピンポーン。
莉子がインターホンを鳴らす。
「はい」
母がでた。
「お母さん、莉子だよ? ただいま」
「あら莉子ちゃん? おかえりなさい。ママね、今日は莉子ちゃんのために、アップルパイを焼いたのよ。うふふ、張り切ったのよ♪」
「そうなんだ。莉子、ママが焼いたアップルパイだ〜いすきだから、早く食べたいなあ」
「そうね、紅茶と一緒に食べましょう。今カギ開けるわね」
莉子は、外モードと家モードとで、性格が全くちがう。
というより、メガネを外すと性格と人が変わる。
メガネをかけていると、運動神経抜群な強気の少女になり、メガネを外してコンタクトにすると、勉強ができて弱気な少女になる。
扉が重たそうに開き、母が出迎える。
「莉子ちゃんおかえり。さ、鞄を貸してちょうだい。リビングに持って行ってあげるわ。莉子ちゃんは手を洗ってきなさいな。ママは紅茶をいれるわね」
石鹸でごしごしと手を洗う。
莉子は紅茶があまり好きではない。
本当ならば飲みたくないが、断ると殴られるため飲むしかない。
「ママ。手洗ってきたよ。莉子ね、しっかり石鹸つけて洗ったんだ」
「偉いわね莉子ちゃん、さ、いただきましょう」
「いただきまーす。はむ、はむ、んー、美味しい! ママ、また腕上げたね!」
「ありがとう莉子ちゃん。莉子ちゃんは世界で一番可愛い娘よ」
莉子は毎日、家に帰るたびに演技をしている。